古歌集

芝村裕吏

灯台碑文

 海に水が満ちてウルクがまだ港町だった頃、一人の少女がことざえとしておりました。

 力のないことざえの多くがそうであるように、さえを隠し、顔を隠し、息を潜めて生きていたといいます。

 そのことざえを見出したのはかの青の魔術師。カモメ舞うウルクに来た青の魔術師は、生暖かい風に吹かれながら魚の匂いが残る朝の広場にて言いました。この地の未来を決める未来の夢を見た。ことざえをここへ。

 集められたことざえは無数におりました。それぞれが風を操り水を動かし、広場にてそのさえを見せて人々を感嘆させました。

 しかし魔術師は眉を動かさず、ことざえを次々と家に帰すこと百度、ついには人がいなくなりました。

 いいや、ここに一人。

 広場の隅で小さくなっている少女に青の魔術師は言いました。

 さえを見せてごらん。

 少女は恥じ入ったまま、右手を軽やかに光らせました。

 私のさえはこれだけです。

 野次馬たちは笑いましたが青い魔術師は眉も動かさずに言いました。

 そのさえでお前は沢山の人を助けるだろうが代わりに死ぬ。避けるならばこのまま東の砂漠へお向いなさい。

 青い魔術師は去り、野次馬は少女と残された言葉を互いに比べたあと、嘲笑して去りました。

 その日の夜のこと、ウルクの町は空前の規模の大きな嵐に飲み込まれました。大聖堂の尖塔が次々と折れるほどの暴風雨に、風のことざえ、水のことざえは六列に並んでさえを使い、死力を尽くして街への被害を防ぎました。

 しかし、その一方でウルクの大灯台は倒れ、多くの舟が星も見えぬ海原の上で自らの位置を見失っていたのです。

 多くの船乗りが安全な沖へ逃れる方向も分からず、ただ祈りを捧げていると、大灯台のあった位置で燦然と輝く光を見ました。

 その光は全ての舟が脱出するまで輝きを失いませんでした。


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