第6話 サボり

「本日神保はケガで欠席です」

「ケガ?なんかあったの?」

「さっき私にメールで来て詳細はしらないですー」


 小沢先輩からの神保欠席報告に皆んな心配そうにざわつく。


「時政なんかしらない?」


 神保と中学校が同じで同じクラスの時政に質問が飛ぶ。


「なんか中学の時やってたテニスの古傷が痛んだとかいってましたよ」


 半笑いで時政が言う。

 これはサボりだ。

 皆口にしなかったが心の中で感じていた。

 以外の皆んなが心配そうな顔をしている中、俺は思ってしまった。


(羨ましい、あの練習をやらなくて済むのか)


 その瞬間、腹痛、熱、通夜。様々なサボりの理由を考え始めていることに気付いた。


(いかんいかん。サボりなんて。でも一回くらい良いかな。神保いなくてもみんな怒って無いし)


 そんな考えが頭をよぎる。

 コース分けが発表され、俺は今日から入部した2年生の女性2人と同じコースになった。

 1人は目がくりっとして可愛らしい鈴木先輩。もう1人はぽちゃっとしてこれまた可愛らしい成田先輩。


「私たち遅いからよろしくお願いします」

「松田君早そうですもんね」


(デジャブかな?なんかこんな流れ昨日聞いた気がする。と言う事は・・・)


「いえいえ、僕すごく遅くて昨日も足引っ張っちゃってるんで、抜かしてくれて良いですよ!」


 なんて謙遜のし合いをしているうちに練習が始まり、押しに弱い俺が先頭を泳ぐ事になる。


 アップを泳ぎだし昨日との違和感に気付く。


(あれ?後ろから来ないぞ?)


 彼女達は本当に遅かったみたいだ。

 といっても俺と同じくらいなのだが。

 俺はその事に気付かず、いや、気付こうと思えば出来たのだが、そうせず何故かプラス思考に考えた。


(今日の俺調子良い?昨日は緊張とか寒さに慣れてかなったとかだけじゃね?俺今日はイケる!)


 お門違いだった。昨日より断然緩いメニューのはずだ。全然ついていけない。

 鈴木先輩と成田先輩と励まし合うが、だんだん口数も無くなっていく。

 他のコースはもう終わって俺ら遅い組が終わるのを待ってる。そんな状況がメニューをこなす度(正確には俺らはこなせていないが)起こっていた。

 そのいたたまれない空気感。練習もキツい。新しく入った先輩達も辛そうな顔をしていたが、俺はもう自分の事しか考えられなくなっていた。

 俺は決意した。


(よし、明日サボろう)


 そう決めてからのその日の練習はただひたすら辛かった。

 もう部活に陸トレの頃の様な楽しさはない。ただ無心で泳ぎ続けるだけ。

 その日も時政とはあまり話さず帰った。


 次の日、俺はサボると決めたもののマネージャーの小沢先輩にメールを送るのに躊躇していた。

 葛藤していたわけじゃない。ビビっていただけだ。

 そうこうしている内に放課後になり時政がくる。前と違って神保を連行している。俺は休むと言えず部活に行く。

 あれだけ嬉しく、楽しかった時政との関係が鬱陶しく感じ始めてしまっていた。


(時政がいなければ・・・)


 嫌だ嫌だと思いながら歩く廊下、先輩への挨拶、部活の準備、着替え、ミーティング、練習。全てが辛く感じた。

 そして時政が掃除で遅れる日、俺は思い切って体調不良のメールを送り急いで武井と一緒に下校した。

 人生初めてのサボり。

 罪悪感は無い。今日は練習しないで帰れる。それだけしか考えなかった。

 その日はマックへ行き、バッティングセンターで遊び笑って帰る。


「松田良かったの?部活行かなくて。」

「良いの良いの!今日体調不良って事になってだから俺!」

「だはは!最低だなーお前ー!」

「1日くらい良いんだって〜。」

 

(これが俺だ!ダラけて遊んで笑って帰る。これが俺の入学時に描いていた生活だ!そもそも運動部なんて柄じゃなかった。何のために走って泳いでしてたんだろ!)


 解放感が異常に気持ちが良い。

 しかし、その開放感の裏で少しづつ積み上げていた何かが崩れる音がした。


 次の日の朝、恐怖感が突然襲ってきた。部活の人に会ったらなんて言おう、サボりってバレてるんじゃ無いか、もう居場所はないんじゃ無いか。そんな恐怖感だ。


 重い足で自転車を漕ぎ学校へ行き、部活の人に会わないよう気を付けながら教室へ。

 休み時間も廊下に出なかった。誰かに会ったらどうしたらいいか分からない。そして俺はその日一日中、放課後の教室へ向かいに来るであろう時政へなんて言い訳するか、ビクビクしながら過ごしていた。


 放課後、時政と神保が来た。


「まつけーん!」


(来たっ)


「おう。」


 俺は少し怠そうに返事をした。


「昨日休んでたけど大丈夫?」

「あぁ寝たら少し良くなったよ!」


 予想に反し時政は心配そうに俺に声を掛けた。

 それに対し俺は笑顔で嘘を付いていた。

 心が痛む。でも仕方なかった、俺にはみんなと違って体力が無いんだからと自分を必死に正当化する。


 今日の部活は神保、村井と同じコースだった。入水するとさっそく神保が話しかけてきた。


「松田、昨日のサボりだろ?」

「違ぇよ。体調悪かったんだって」

「いやいいって、分かってるから。羨ましかったぜ。俺もまたサボりたいわ」


 恥ずかしかった。やっぱりバレていたようだったが俺は必死に否定する。


「だから違うって。頭痛かったんだよ」

「なになに?昨日の話?明らかにサボりだろ〜。いいなー。」


 村井が入ってきた。ナヨっとしててネチネチしてて俺は正直コイツが気に入らない。


「違うっつってんだろ!もうそんなんどうでもいいから誰先泳ぐ?」

「俺は後ろが良いな。ちょっと古傷が痛むから」


 出た神保の古傷。でも気持ちは分かるので受け入れることにした。


「松田が先頭だろ。昨日サボってんだから。」


 半笑いで村井はそう言ってきた。もう一度言う、俺はコイツが気に入らない。

 俺は軽く舌打ちしてキレ気味に受け入れる事にした。

 これ以上村井と会話をしたくなかった。


 その日の練習中俺は終始不機嫌で、村井から周りへサボりの事言われないかビクビクしながら泳いだ。

 いつも以上に体だけでは無く心も重かった。


 これがサボりの代償か。

 でも俺は次はいつサボるかという事ばかり考えていた。

 苦しい思いをしたはずなのに、あの快感が忘れられなくなっていた。

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