第5話 プール開き

「時政〜!!」


 昼休みに俺は大声をあげてC組へと乗り込む。


「お!来た来た!!声デカイぞチビ!!」

「大きな声でチビは駄目!」


 知らない人達ばかりの教室で少しドキドキしながら時政とふざけ合う。

 1年生で既に他クラスに仲の良い友達がいるという事が、嬉しくて、楽しくて自然とテンションが上がっていた。

 俺は運動に入っている、時政みたいな奴と対等に友達なんだ。そんな事を考えて気も大きくなっていた。

 今までにない感覚だ。


「車崎さん!こいつと同じ中学だったんでしょ?」


 時政はおもむろに近くにいた女子に話しかけた。


「うん!ヤッホー!」


 車崎さんは少し戸惑った顔を一瞬見せたがすぐに元気よく声を掛けてくれた。


「うっす!車崎さんと俺って喋った事ないよね?」

「そうだね!小学校から一緒なのにね!」


 車崎さんはクラスの目立つグループの中にいた。そんな人と俺が喋った事があるはずが無い。それが今は普通に友達の様に会話を出来ている。

 視界がまた少し広がった気がした。


 放課後になりいつも通り時政が迎えに来てプールに向かう。


「車崎さん驚いてたよ!中学の時とキャラが違うって!」

「まぁな〜友達も少なかったし」


 車崎さんの最初の一瞬戸惑った顔は俺の変わり様に驚いていたからかもしれない。


「お前最初暗かったもんな!俺のおかげだな!!」

「それ自分でいうか?でもまぁお前に影響は受けてるかもね」


(俺ってやっぱ明るくなって来たのか)


 そんな実感を感じながら、今日も楽しく部活を過ごせる。

 そう思っていた。


 今日から水泳練の為水着に着替える。皆んなピチッとしたカッコいい水着だ。それに比べて俺はなんだか少し野暮ったい。

 そんな事を気にして恥ずかしがっていると時政が驚いた様に話しかけて来た。


「マツケン筋肉すごくね?マッチョじゃん!」


 意識してなかったが、どうやら陸トレの間に余分な脂肪が落ちて下から腹筋が浮き出て来ていた様だ。

 時政の声を聞きつけ先輩達が寄ってくる。


「おぉー。これは松田Bスタートだな。」


(B?とは?)


 少し不安になったが、初めて自分が輪の中心にいる事が嬉しくて気にしなかった。今思えばしっかり聞いておくべきだったと思う。



「今日から陸トレは終了し、水泳練になります。今日は水が16度しか無いのでストレッチをしっかりしてからプールに入ってください!」


 石川先輩からお話があり、ストレッチをしてそれぞれA・B・Cと振り分けられたコースに入る。それぞれ泳ぐ速さによって分けられ、メニューも違う。

 さっき先輩が言ってたBとはこの事だったのだ。


「うおぉー!冷たっっっ!!」


 真っ先にプールに入った宗馬先輩が雄叫びをあげる。


(何を大袈裟な・・・)


 そう思いつつプールに入る。


(つっっっっっっ!!!)


 大袈裟では無かった。冷たすぎる。

 そして同じコースに振り分けられた加藤先輩と田中先輩もプールに入ってきた。ちなみに2人とも女子である。入って1ヶ月くらい経つが未だに話した事は無い。でも、正俊先輩と仲良さそうな光景は何度も見てるから少し安心していた。


「冷たいね〜。加藤です。よろしくね。」

「真理恵(加藤)〜冷たい?冷たっ!!松田?だよね!よろしく!あ、田中です!私たち遅かったら抜かして良いからね!」

「よろしくお願いします!足引っ張らないように頑張ります!」


 陸トレの時は時政達といることが多かったので他の人とはほぼ喋ってなかった。

 普段メガネで細身のおっとりした人が加藤先輩。色黒で元気、笑顔が素敵で小柄な人が田中先輩。

 記憶完了。


「それではアップ行きます!よーいハイ!ファイトー!」


 マネージャーの小沢先輩が声を出す。

 田中先輩、加藤先輩と出て俺の番。

 筋肉の話の事もあり正直自信があった。それに前は女子だ。

 思春期男子にとってはご褒美だぜ。


「行きまーす!よーいハイ!ファイトー!」


(よし!追いつくぞー)


 が、全く追いつかない。それどころか差は開く。


(あれ?おかしいぞ?)


 その日のアップは200m。

 俺は余裕だと思っていたが追い付こうと飛ばしすぎた。

 キツい。


 (この感じ以前感じたことある……。)


 なんとかアップ終了。俺は相当息が上がる。

 息を整える暇もなく次のメニューへ。

 泳ぐ離される。疲れる。泳ぐ、より離される。疲れる。

 だんだん俺はメニューをこなせなくなってきていた。

 水泳のメニューっていうのは、例えばフリー50m1:30×5てメニューだったら、フリーで50m泳いでスタートした1:30後に2本目を泳ぎだす。早く着こうと遅く着こうとそれは変わらない。

 俺はそれが出来なくなってた。

 着いたらすぐスタート。着いたらすぐスタートの繰り返し。何百mのメニューをやってるのと同じだ。

 メニューの半分くらいでもう限界が来ていた。

 足に何かがあたる。

 田中先輩だ。

 俺は周回遅れになっていた。

 皆んながゴールしても俺はまだあと1周泳ぐ。

 全員待つ。

 それがいたたまれなかった。


(何が先輩達に追いついてやるだ。恥ずかしい。ツラい。)


 ゴーグルの中に涙が溜まる。

 着いてから気付いたが、俺以外にも村井と宮成と神保も周回遅れになっていた。着いた順は村井、神保、俺、宮成。

 

 こんなになって初めて気付いた。おれが通っていたスクールは選手コースなんかじゃなかった。ただ泳ぎを覚える為のコースだったと。


 その日は最後の最後まで足を引っ張った。

 着替えも更衣室の隅でなるべく気配を消して急いで着替えて部屋を出た。

 元気な先輩達を見ていると疲れ切っている自分が恥ずかしくなるし、今日くらいの練習出来なきゃダメだろって言われてる気分になりそうだったから。

 それに何より、今時政のデリカシーのない発言を受け止める自信がなかった。

 その日は時政や正俊先輩ともあまり話さず帰った。


 次の日からは遅かった4人はどこよりも遅いメニューを指示されることになる。

 

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