第4話 変化

 体が痛い。筋肉痛だ。行きたくない。

 2日目にして部活に行きたくなくて仕方が無かった。部活のみんなにダサい小ちゃい奴と思われてるに違いない。


(どうせいつまで経ってもあそこに俺の居場所は無い。頑張って辞めたいって言おう)


 放課後、プールに向かう。脚が重い、引き返してしまおうかと何度も考えた。


「おう!一緒にいこうぜ!」


 廊下を歩いていると突然後ろから声を掛けられた。

 時政と拓海だ。

 逃げられなくなった。


「松田君て小さいよね。何センチ?」


 時政にデリカシーは存在しない。


「150センチくらいだけど」

「マジで!?うちの弟くらいだわ!」

「松田ドンマイ!ニシシシシ」


(時政の弟が何歳か知らんがなんちゅう事言うんだコイツは。)


 時政の失礼発言に腹が立ったが反論できるほどまだ仲良く無いし俺にそんなコミュ力は無い。

 時政には腹が立つが、悪戯っぽく笑う拓海には不思議と腹が立たなかった。見た目はギャル男で怖いが笑い方に暖かさがある。


 プールに着き更衣室に入ると時政のテンションが急に上がり始めた。


「正俊君!何で昨日いねぇんだよ!」

「うるせぇな用事があったんだよ!」


(正俊?そういえば時政は2年に知り合いがいるとか言ってたな。この人か。)


 ヒョロッとした変な人だった。何が変とかよくわかんないけどそう感じた。

 時政の方に近付いてくると俺に気づいたようだった。


「あれ?新入部員?ラジオ聞く?」

「え??まぁはい。」

「マジで!?何聞いてんの!?」


(何だこの人、いきなり。)


 当時の俺はラジオをよく聞いていたがスタンダードなラジオ番組では無く、声優がやってるラジオばかりを聞いていた。

 だからラジオで食いつかれても正直困る。

 どうせ知らないからだ。


「いや、知らないと思いますけどアニパスとか、ビッグパンとかです。」

「マジで!?ついに来た!コムチェは!?」


(まさか!?)


「聞いてます!」

「おお!将生(時政)!この人俺と趣味一緒だ!名前なんての?」

「何で俺に聞くんだよ正俊君から本人に聞けよ!」

「・・・確かに。名前は?」

「松田健太です!」

「よろしく!鈴木正俊です!君みたいのをずっと待ってた!」


 待っていた。その一言が俺の目の前を一気に明るくした。


(この人ともっと話したい。)


 その気持ちが俺を水泳部に留まらせる事になる。

 その日の練習は疲れているにも関わらず昨日ほどキツくなかった。まぁ当然死ぬ程キツい事には変わりないけど。

 たぶんペース配分と距離感を掴めた事と、正俊先輩が俺のペースに合わせて練習中も話しかけて来てくれた事が大きかったと思う。

 今から思うと正俊先輩も俺に同じ匂いを感じて気を遣ってくれていたのかもしれない。練習をサボりたかっただけと言う説もあるが……。


 その後も筋トレや走る距離とかが追加されていったけど部活に行く事がそこまでは苦じゃなくなって来た。おそらく正俊先輩の存在。そして、正俊先輩と仲良くなる事で時政とも仲良くなった事が大きかった。

 正俊先輩はサボりがちだったが、時政がいる事で辛さは軽減した。

 精神面って結構影響するみたいだ。



 時政と仲良くなってから俺自身に少しずつ変化が起き始めたのを自分でも感じた。


「おう!チビ!部活いこーぜー!」

「チビじゃねぇわ!チビだけども!」


 時政は2つ隣のクラスからわざわざ向かいに来るようになっていた。


「今日知ったんだけどマツケン車崎さんと中学一緒だったんだってな!」

「おう、ついでに言うとクラスもね。まぁ〜喋った事ないけどね。」


 俺と中学同じ人は高校に6人いたが喋った事ある人はいなかった。ましてや女子なんて喋った事あるはずが無い。

 そして時政は俺をマツケンと呼ぶようになっていた。


「言えよ!可愛いよなあの人!」

「まぁそうだねー。」

「マツケン今度うちのクラス遊びに来てよ!話そうよ!」

「おっけー!!」


 以前の俺ならそんな意味の分からない誘いなんてやんわり断っていたはずだ。コイツの明るさが俺をバカにさせてくれる。


「おはよようございます!!!」


 プールに入る時も無駄に元気に挨拶!当たり前と思うかもしれないが俺が声をこんな風に声を張るなんて少し前じゃ考えられない。


「マツケン今日ストレッチ一緒にやろーぜー」

「お前昨日もやったんだろ!今日は俺が松田とやる」

「正俊君は昨日サボってただけじゃん!」

「分かったから!サボりとかあんま大きな声で言うな駿介(宗馬先輩)とか石川先輩に聞かれたらまたネチネチ言われる」


 焦りながら正俊先輩は俺を時政に譲る。どうやら正俊先輩は宗馬先輩と石川先輩に苦手意識を持っているらしい。


「俺は村井で我慢するかー。村井!やるぞー」

「なんですか我慢て。まぁいいですけど。」


 その頃村井はしょぼいけど愛される、そんなイジられキャラになっていた。

 その日も楽しく辛い部活を終え、同時にオフシーズン最後の練習となった。つまり陸でのトレーニングは終了するのだ。

 明日の土曜はプール掃除で練習も無いし楽しそうだ。今日は何だか気分が良い。


 が、次の日俺は風邪をひいて寝込んでしまった。初めて休んだ部活はプール掃除の日だった。


(練習の日であれば喜んで寝込むのに……。でもまぁ、月曜からは競泳練だ。泳ぎの方が陸より自信あるし、これからは大丈夫!)


 と俺は横になりながら検討違いの考えをしていた。本当の地獄はここからだとも知らずに。

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