第3話 地獄の陸トレ
部活の時間になると、着替えて前庭に全員集合した。女子もいる。尚更緊張。
皆んな談笑している中、俺は1人端っこで佇んでいた。
村井はというと例のイケイケ1年グループの輪の中にいる。
(ちんちくりんな俺とは違うと言いたいのか!お前もちんちくりんなくせに。)
つまらない事でもやっとする。
石川先輩がみんなの前に立ち話し始めた。
「みんな輪になって〜。今日から仮入部期間が終了し本格的に練習を始めます。初めての人もいるので自己紹介から始めます!」
1年男子から自己紹介スタート。端っこにいた俺からだ。
「松田健太です。いきなり入部しましたが頑張ります。よろしくお願いします。」
自己紹介なんてした事がない。まぁこんなもんで良いだろう。
「村井勇助です。兄もこの水泳部でした。よろしくお願いします。」
兄も水泳部というのがあってか周りの反応が良い。そしてイケイケグループへ。最初は同じ匂いを感じた小太り色黒天パの奴からだ。
「えー。神保直己です、よろしくお願いします」
「時政将生です。エスワンはブレです。今日は来てないですが、2年の鈴木正俊という人と同じスクール通ってました。よろしくお願いします!」
(ん?エスワン?ブレ?)
知らない専門用語が飛び出し戸惑った。俺のやってたスイミングスクールでは聞いた事ない。まぁとりあえずこの170センチくらいの元気でアホそうなのが時政とインプットした。
そのあと残りの1年男子2人女子4人、2年15人、3年12人の自己紹介が終わったが1年以外は全く名前を覚えられなかった。関わって来た人間が少ない俺は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
「じゃーストレッチするから2人1組になってー」
でた、陰キャが最も苦手な自由に組んで方式。
俺がどうすればいいかキョロキョロしていると、石川先輩が近寄ってきてくれた。
「今日はとりあえず俺と組もうか!」
「お願いします!」
(この人は仏様か何かだろうか!)
そしてストレッチを終わらし、練習へと移ると、マネージャーからメニューが発表される。
「今日はまず外ラン3周いきまーす。」
皆で校門前に出るよう促され出ると、1年男子は気づいたら前の方に位置していた。
「行きまーす。よーいハイ!」
一斉に走り出す。とりあえず俺達は目の前にいた2年の『怖そうなイケメン先輩』と『ヤンキー先輩』について行ってみることにした。
そうすると早々に1年のギャル男、確か名前は堀越拓海。拓海が急にビビり始めた。
「先輩ちょっと早くないっすか!?」
「仮入期間終わったから合わせて走ったりしないよ?自分のペースでいきな。」
「ハハハッ!まだまだだね。頑張ってついて来いよ!!な!松田!」
ヤンキー先輩は何故か俺に振る
「あ、はい」
「松田暗いー!!」
怖そうなイケメン先輩はしっかりしているタイプのようだ。そしてヤンキー先輩は陽気でドSの匂いがする。先輩達の名前を思い出そうとしながら付いていく。
「ちょっと俺らペース落とすわー。」
俺以外の1年はペースを落とす。俺がペースを落とさなかったのには理由が3つある。
1つ目は時政、拓海、そしてもう1人の1年今岡翔太が怖くて一緒に走りたくなかったから。
2つ目はヤンキー先輩の「付いて来い」を間に受け、逆らってはいけないと思ったから。
3つ目は意外と俺いけんじゃね?とか思ってしまったから。
これがとんでもない選択だったと気付いたのは半周ほど走った時だった。
(あれ?しんどいぞ?足が動かん、、、)
その時は知らなかったが、高校の真横には動物衛生研究所があり、外周にはそれも含まれる。その為1周約800m、つまり3周で約2400mもあるのだ。中学時代1500m走を走りきるのがやっとだった俺が体力持つわけが無い。
先輩達は気付いたらはるか先。
4分の3週にしてすでに息は完全に上がり足は上がらず焦りと苦しさで頭が真っ白になってくる。
そうしていると後ろから残りの男子部員が追いついて来た。
「あれ?結構先行ってなかった?やっぱ無理だったか。疲れすぎっしょ」
時政だ。ちょっと馬鹿にしてるようにも聞こえる言い方。コイツはデリカシーが無い。
俺はこの状況が恥ずかしさと疲れで何も答えることができなかった。
男子部員全員に置いていかれた。最初同類だと思っていた村井にも。
そして校門前へ。
まだあと2周ある。泣きそうだ。
「ファイトー!!」
マネージャーから声が飛ぶ。
(いいなぁ。マネージャーは走らないで済んで)
なんて見当違いな考えが出て来たりした。もはや早歩きとどっちが早いかというペース。
そして、女子にも抜かされ始めた。
もう恥ずかしくて恥ずかしくて。抜かされる瞬間手を抜いてますって顔しちゃったりして。
孤独。もう前にも後ろにも人は見えない。
立ち止まって少し歩く。歩くのもしんどい。
(こんな所で何してんだろ。本当なら武井と笑いながら帰ってゲームやって漫画読んで、、、)
涙が出て来た。
男子バレー部が走ってくる声が聞こえ、涙を拭いまた走り出す。歩いてる姿なんて見られたく無い。
「あれ?松田君じゃん!」
「おぉ松D!」
同じクラスの安田と平良だ。そういや男バレ入るとか言っていた。
「頑張ろーう!!またねー!!」
そう言いながら彼らは陽気に飛び跳ねながら先へ走って行く。
なんだか知った顔が現れた事と彼らの陽気さに少し元気を貰い走る。
また泣きそうになりながら角を曲がる。あと一周まだある……。
「ラスト1周ファイトー!!」
ってたぶん言ってたよく覚えてない。自分の呼吸音と心音がうるさい。
もう何も意味が分からない、思考停止し、ただ足を動かす。どんどん距離が伸びていく、ゴールが遠くなっていく錯覚を覚えつつも前に行くしかない。
「松田ファイトー!!」
声が聞こえる気がする。顔を上げると校門から水泳部員達が声を出して応援していた。
(あぁ……やっと終わりか。なんで皆んなピンピンしてんのよ……。)
泣きそうな顔を隠しながらようやくゴール。座り込むと全く動けない、声も出ない。
石川先輩にお茶を差し出される。
「お疲れ様、いきなりだったから大変だったね!宗馬達が最初から飛ばしすぎなんだよ」
ヤンキー先輩は宗馬という名前らしい。
「ファイトー!!」
まだ声が聞こえた。どうやらまだ後ろにいたみたいだ。
俺も重い腰を上げ小さな声で応援に加わる。思った程疲れてないぞ!という無駄な見栄っ張りのために。
やっと来た。小柄な女の子だ。
応援の掛け声から察するに1年生の宮成というらしい。自己紹介にも居たはずなのに覚えてない。
たぶん俺サイドの人間だ。
全員ゴール。
(やっと終わった、、、)
「それでは縄跳びの準備してください!」
「はい!」×俺以外の部員
(え?終わりじゃ無いの?こっから縄跳び!?死んだ、、、)
もう縄跳びの記憶は曖昧だ。途中で石川先輩の指示で抜けて休んだ事は覚えてるけど。
疲れとメンタルのダメージで帰りの自転車のペダルはいつもの10倍いや、それどころではなく重かった。
やっぱ俺に運動部は無理だって……。
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