第2話 出会い

「水泳部に入りたいんですが・・・」


 俺は勇気を振り絞り入部届けを渡しながらそう言った。


「うん。松田くんね。君仮入部してたっけ?」


(ん?仮入部?そういやそんな仕組みあったな)


 もともと高校で部活に興味がなかった俺は仮入部などは当然していなかった。


「いえ、してません。」

「してなくて大丈夫なの?大変だよ?まぁ仮入期間昨日で終わってるけど。」


 先生は俺の雰囲気を見てか不安げに、そして少し優しそうな笑みを浮かべてそういった。

 確かに運動には自信がない、しかし水泳は小さい頃からついこの間までやっていたんだ。

 そして俺は断るとか出来ない。それに強面の先生の優しい笑顔のせいで「なんか行かんじゃね?」って気にもなっていた。


「大丈夫です」


(言ってしまった・・・。大丈夫か?とりあえず家帰ったら『運動部 過ごし方』で検索しよう。)


「石川!ちょっと来て」


 先生はいきなりそう言うと俺の後ろから小太りで見るからに優しそうな生徒がやって来た。

 いつからかは分からないが後ろで近藤先生が空くのを待っていた様だ。

 赤い上履きを履いている。3年生だ。


「この子入部希望者だからプールまで連れてってあげて」

「本当ですか!?わかりました!先生これ僕が預かった新しい入部届けです。」

「おう。じゃあ松田の事頼んだわ」

「はい!松田くんでいいのかな?よろしくね。部長の石川です。じゃあ行こうか!」

「よろしくお願いします・・・」


(なんだこの展開は!!確かに入部するって決めたけども!ちょっと待ってくれ!)


 正直今日は入部届けを出して帰ろうくらいに思っていたため、何の心の準備も出来ていなかった。それに家で運動部について検索せねば!


「そういえば今日から練習する?」

「はい」


 断れないのだ。しかも体育があったため体操服も持っている。靴もみんなローファーの中、昔から使ってる運動靴で登校するタイプだった為運動靴も持っている。断る理由を作れない。


「オッケー!ちょっとプールの場所分かりづらいんだよねー。水泳やってたの?」


 緊張してる俺を気遣ってか色々話しかけてくれる。やっぱ見た目通りいい人だ。


「水泳はちっちゃい時から中学卒業までやってました。でも自信ないです」

「結構やってんじゃん!大丈夫大丈夫!ウチに針岡って2年いるんだけどそいつ泳げなかったけど今はもう速いから!選手コースだったの?」


(そっか泳げない人もいるくらいなのか。ところで選手コースって何だ?)


「あの、選手コースって?」

「何ていうのかな。ただ泳ぐ方法じゃなくて早く泳ぐクラス?っていうの?」

「タイムは測ってました」

「じゃあ選手コースかな〜。あ、この階段登ったらプールだよ」


 体育館の上に伸びる暗く狭い階段。不安感が押し寄せる。階段を登る足が震える。


「入ったら部活始まるまで更衣室で着替えて待っててね」


 そう言うと石川先輩はプールのドアを開けた。


「おはようございまーす」

「おはようございまーす」


 石川先輩の挨拶に呼応し様々なところから挨拶が飛んで来た。

 運動部とは縁遠かった俺には未知の景色が広がっていた。

 と言いたいが正直良く覚えてない。怖くて顔を上げることが出来なかったからだ。

 俺はそのまま上履きを脱ぎ更衣室に逃げるように直行した。

 更衣室に入ると1人先客がいた。眼鏡をかけ、小柄で細身。彼は壁に向かい携帯をいじっている。


「すみません。本日から入部しました松田です。よろしくお願いします。」

「あぁ。よろしく」


 思い切って声をかけたものの反応は素っ気ない。でもその時の俺は挫けなかった。

 何故ならその反応で確信した。この人は俺と同類、人見知りだと。


「何してるんですか?」

「テトリス」

「何年生ですか?」

「1年」


(同期かい!!)


「そうなんだ!思い切って入ったものの知り合い居なくてどうしていいか分からなくて。1年同士よろしく!」

「あぁ。兄貴ここの水泳部だったから俺は知ってる顔あるけどね、よろしく。」


(どゆこと?何だこいつ、地味に腹立つな)


 それが初めて出会った同期村井との出会いだった。ちょっと気に食わないけど心細いし一緒にいる事にした。

 と言ってもテトリスやってる村井を側で眺めているだけだったのだが。


「おはようございまーす。あれ、知らない人がいる」

「え、本当だ。新人さん?」

「おはよー!!お!良いね〜よろしく!」

「うぃっすー。これで新入部員何人だっけ?」


 デカい人、ふわふわした人、ヤンキー、怖そうなイケメンがやってきた。


(あ、やべぇ・・・関わった事ない人種の人達だ)


 その時自分は運動部に入ってしまった事を実感した。そして酷く後悔した。

 ここは俺の様な人間がいるべき場所では無い。

 かなり居心地が悪い。

 緊張して何も言えずに固まってしまった。そんな俺を横目に普通に着替え出す部員達。


(失敗したなぁ…。印象最悪だろうな。)


 その時元気な声が入り口の方から聴こえて来た。危険センサーが反応している。


「おはようございます!」×4

「疲れたー!今日メニューなんだろ」

「縄跳びと外ランじゃね?」

「マジ陸トレ嫌いだわ」

「・・・はぁ」


 また関わった事のない人種が追加された。ワックスたっぷりの3人。そしてもう1人はその輪の中にいるが俺サイドの人種っぽい。


「初めまして、松田と申します。今日から入部しました。よろしくお願いします。」


 ついさっきの反省を生かし頑張って声を出した。が、我ながら固すぎる挨拶。


「おう!仮入いなかったよね?無しで入ったんだ。よろしくー。まぁ俺らも1年だけどね」


 ギャル男の様な男が返事をしてくれたが、余計に緊張が悪化した。


(この風格で1年なの!?やっぱ馴染めねぇわ)


「おい村井!何やってんだよ。着替えて準備するぞ!」

「はいはい。」

「何だこのやろ!」


 なんだか和気あいあいとしている。村井よ、お前はそっち側の人間にも馴染めるタイプだったのか…。

 初めて出会った同期男子たちへの第一印象は全員決して良いものではなかった。

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