Fade in
花山パンダ
第1話 15歳春
「松田キャラ変した!?」
成人式の後、小学校の同窓会で女の子にそう言われた。
恥ずかしくもあったが、嬉しくもあった。
暗くて、人見知りで、ろくに女の子と喋る事が出来なかった俺がこうして対等に喋ってるのだから。
暗かった性格が徐々に明るくなっていき、今の性格にたどり着いた。
その経緯は夏の照りつける太陽が知っている。
松田健太15歳150センチ49キロ。
中学時代はパソコン部。
趣味は漫画、読書。
苦手な事は運動、目立つ事。
得意なスポーツは一応水泳。
そんな俺は小平南高校に入り2週間ちょいたった今、寺島進の前にいる。
いや、寺島進似の強面先生の前にいる。
非常に怖い。緊張で手足が硬直している。
俺がなぜ職員室に、ましてや強面先生の前にいるのかには理由がある。
時は前日に遡る。
*
「武井帰ろうぜ〜」
「ごめん俺掃除当番だからちょっと待ってて」
武井とは眼鏡をかけたヒョロっこい奴。入学式の前に話しかけ、今では普段から一緒にいる友達。
なぜ人見知りの俺が入学初日に話しかけたのか。
簡単に言うと陰キャラは同類を探し出すのが上手いのだ。地雷を踏まないための危険センサーが発達している。
「早く終わらせないと俺は君を殴らなければならない」
「掃除が遅いだけで!?キツっ!」
陰キャラは仲間内では明るいのだ。そして眼鏡はツッコミになりがち。
まぁそんな事はさて置き、武井の掃除の邪魔をしつつ下らないやり取りをしていると何やら背後に気配を感じる。
振り返って見ると、担任のお節介おばさん先生、佐々木先生が呆れた顔でこちらを見ている。
「楽しそうだなぁ。お前ら。」
掃除しろと副音声が聞こえる様だ。そして同時に俺の危険センサーが反応し始めた。
(何かマズい事が起きる気がする、早くこの状態を終わらせなくては)
瞬時にそう思った俺は当番でもないのに置いてあったチリトリを手に取り、武井に早く入れるように促す。これから掃除するから邪魔しないでくれと言わんばかりに。
しかし、時すでに遅し。佐々木先生はお節介を発揮する。
「お前ら部活まだ決めてないだろ?なんか入りなよ」
出た。学生は部活をやるべきだという押し付けがましい理論である。帰宅部を心に決めており尚且つ気弱な生徒にとっては迷惑以外の何物でもない。
俺は武井を見て喋るよう促す。
「いや〜入りたい部活が無くて帰宅部で良いかなーって思ってるんですよ〜。な?松田、な?」
「あ、はい。そうですねー」
(馬鹿野郎。このタイプの相手にそんな曖昧な言い方をしたら・・・)
「私顧問なんだけど剣道なんかどうよ?武井はなんかスポーツやってなかったの?」
佐々木先生が顧問でもある剣道部を武井に勧める。
俺では無く武井に質問を振ったのがホッとしたと共になんだかもやっとした。構って欲しいわけじゃないが無視されるのは寂しいのだ。
「ソフトテニスやってました。この学校は硬式しか無いのでやる気はないです。」
(はっきりした良い返しだ。自分の意志もはっきりと主張している。見直したぞ武井。だがお前は運動していたのか?超インドア派だと思ったのに…)
物おじせず先生とはっきり対話する武井を見直しつつも何だか差をつけられた気分で少し嫉妬してしまう。ただスポーツをしていただけなのだが。
「そうなの?勿体ない。入ってみれば良いのに・・・。松田は?」
「水泳を中学卒業までやってました」
そこで正直に答える必要は何もなかった。しかしちゃんと自分にも話を振られた安堵、そして『スポーツやってたのは武井だけじゃないぞ』という無駄な対抗意識が自然と口を動かした。
(やっちまった!)
我に返ってそう思った時にはもう遅い。
「水泳やってたのか!水泳部入りなよ!」
「あ、いや、その・・・」
断るという行為が非常に苦手なのだ。特にガンガン来るタイプに対しては。所謂流されやすいというやつだ。
「顧問の先生同じ教科だから話しといてやるよ。しっかり掃除やれよ!」
そう言って先生は去って行った。
「マジで?俺どうしたら良いの・・・?」
「はい松田終わった〜!」
手を叩いて笑う武井。本気で焦る俺。
「バカだな〜正直に答えて。無視していいんじゃない?一緒に帰宅部ろうぜ」
本気で心配している事に気付いたのか、武井は俺にそう声をかけてくれた。
「そうだよな!」
と言いつつビビリな俺は、本当に行かなければいけない気がしていた。
今まで良い子で過ごしてきた俺にとって、先生の言葉は絶対なのだ。それに行ってもすぐ辞めればいいし。
*
そして現在、結局入部届けを持って水泳部顧問の寺島進。いや、近藤先生の前に立っていた。
(佐々木先生の紹介だからもっと優しそうな顔で陽気な人かとおっもたらヤクザじゃねぇか…。)
そう、ここから地獄の日々が、そして俺の人生において忘れられない大切な日々が始まるのだ。
が、そんなことその時の俺が知る由もなかった。
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