第5話 異端の獣
私達の住むSEarthは不要な資材を流用して武器や道具などを作成し、人間と戦い続けている。そのせいで、この船は至るところが穴だらけになっている。
最上部、ドームに覆われた元市街地はその八割を食料生産の工場と畑に変わり、地下1層から3層は武器を含んだ物資の生産を行っている。地下4層は私達の簡易住居があり、その下、地下5層はドクターたちの医療区画になっている。そして、今私が目指している最下層、地下11層へエレベーターで降りている。
空気が次第に冷たくなり、吐き出す吐息が白くなる。このままでは持ってきたシチューが冷めてしまう。少し息を深く吐き、意識を僅かに沈める。腰の剣が微かに震え、周囲の温度が上がる。
エレベーターはゆっくりと速度を落としながら静止し、扉を開ける。その瞬間、冷気がエレベーター内に入り込み、足元を冷やす。もう少し温度を上げ、床も壁も天井も霜で覆われた通路を進む。
私の熱で溶けた天井の霜が滴り落ち、私の肩に堕ちる前に蒸発する。足元の霜も同じく、私が歩むたびに溶け、蒸発していく。私は未だに衰えることないこの力に嫌悪と同時に安堵を覚え、その感情に気づき、また嫌悪する。
そんな自己嫌悪を繰り返しているうちに私は異端のキメイルの前に立っていた。
「ゼノ。ゼノ、起きて」
氷ついた部屋。そこでパイプやケーブル、不確かな装置が武骨に取り付けられた槍を抱え座り込む灰色の獣の肩をゆする。白く氷ついたゼノの身体はまるで屍のように冷たく、血の気がなかった。
「———イラ?」
深い眠りの底からまだ覚醒しきっていないゼノの瞳が私を捉える。
「食事、持ってきたわ」
お盆の上のパンとシチューを見せる。まだ身体中の筋肉が解凍できていないのか、ゼノはぎこちない笑みを浮かべる。
シチューをスプーンで掬い、ゼノの口へ運ぶ。彼女は僅かに口を開け、その隙間にスプーンを入れる。シチューを呑み込んだゼノは深く息を漏らす。
「フー。フフッ」
長く伸びる白い息とともに、なぜかゼノは笑う。
「あー、フフッ。なんでもないよ、ただ君のそばは温かいなと思っただけ」
雪のように白かったゼノの頬に血色が戻ってきた。
シチューを数口食べさせたあと、パンを小さくちぎり食べさせる。その繰り返しの間、ゼノと私の間には会話はない。あるのは、ゼノのそしゃく音と食器のこすれる音だけ。ここはとても静かで、隔絶されている。
ここには誰も来ない。この区画に入った瞬間に身体を氷つかされるからではない、皆ゼノを恐れている。だから私以外誰もここには来ない。
彼女は私達、いや同士達とは異なる。私と同じように強い力と資質を持ち、私と違って自身の意思を持ち、そして私以外を同士とは考えていない。私達キメイルが当たり前のように持っている仲間意識が彼女からは欠如している。私達が生まれた時から備わっている種としての繋がり。それを彼女は、ゼノは持たずに生れ落ちた。
周りとの繋がりがなかったゼノは別の繋がりを求めた。それが私。
私と彼女が持つ、剣と槍。これはただの武器ではない。私達の敵、人間の軍隊ユースですらその機能と目的を解明できていないオーパーツ。
私達はこれらを“遺物”と呼んでいる。測り知れない力ではあるが、私達の一部はこの力をある程度操ることができる。なぜ操れるかはわかっていない。
私とゼノはこの“遺物”を十全に操ることができる。
これがゼノが求めた繋がり。
そしてそんなゼノの孤立に私は逃げ込んでいる。
「ゼノ。少しずつ前線が後退してきてる。毎日、仲間たちが傷ついて帰ってくる。どんな時でも自分たちは勝ったのだと、そう私に笑いかけてくれる。私にそんな資格はなのに」
「イラ、言って。僕が何とかしてあげるから」
ゼノの瞳が私を覗き込んでくる。銀色の瞳に呑み込まれそうになる。
「———、もっと南に逃げないと。そのための時間が欲しいの」
そう私は懇願する。戦場から逃げた卑しい私はこうして誰かに頼るしかない。本当になんて浅ましいのだろう。
僅かな笑みをこぼし、ゼノは私の首筋に口付けをする。それは了承の合図だった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
私はゼノを抱きしめ謝った。何度も何度も。
方舟の夢 夜表 計 @ReHUI_1169
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