第4話 Imprinting
弟が死んだ。全身青い結晶に変質し、人型の結晶体へとなってしまった。その最後が苦しいものではなかったのがせめてもの救いだった。
私の左手も肘から先が青い結晶へと変わり、感覚が全く無い。
他の同胞は人間達と戦っているが、私は、私達は違う。ただ、静かに暮らしていたかった。
だというのに、人間達は必要以上に追いかけて来た。だから逃げなくてはいけない。人間達が追ってこれない所まで。
弟の御守りを握りしめる。遺体を埋めてあげられなかったから、代わりにこの御守りをどこか安全な場所に埋めてあげたい。
陽が沈む。それと同時に気温も急激に下がっていく。身体が体温を上げようとするが、ここ数日は何も口にできなかったせいで、体内エネルギーは貯まっておらず、体温はどんどん下がっていく。
初めてだ、寒いと感じたのは。私達の身体は痛覚には鈍感だが、身体への変化は敏感だ。だから、自分の身体が危険な状態なのはすぐに分かった。
凍てつく砂を舞い上げる風の音に混じって聞こえるエンジンの音が私の長い耳に届いた。
人間達だ。
ずっと追われ続けたせいで、この音を聞くと身体が勝手に動く。
見つからないように、フードをさらに深く被り、身体を丸め、小さく岩のようにじっと無人偵察機〈鴉(カラス)〉が去っていくのを待つ。
見つかればあの機銃で体を細切れにされてしまう。そうなった仲間を何度も見た。
あれは地獄だった。無慈悲で無感情で救いはなかった。あるのは暴力だけ。
抗う力の無い私に出来ることは、ただ恐怖を噛み殺しながら地獄が去るのを祈るしかない。
震える体を必死に抑えていると、突然音が消えた。
それから間を置かずに足音が聞こえてきた。
見つかった。顔を上げた瞬間撃たれる。
「――大丈夫かい?」
聞こえてきたのは銃声ではなく、優しげな声だった。
久しく聞いていなかった言葉に、私は顔を上げていた。
そこには白を基調とした服装の人間がいた。顔はフルフェイスマスクで分からないが、軍人では無いことはたしかだ。
「その腕を診てあげる。おいで」
白い人間が手を指し伸ばす。
不思議と警戒心はなかった。そのせいか、緊張が解け、意識が沈んでいく。
周期的に響く機械の音で目を覚ました私は、自分は死んでしまったのだと思った。
清潔感と暖かさに包まれた薄緑色の部屋は、砂漠とは大きくかけ離れていて、現実味を感じない。
「おはよう、よく眠っていたね。体調はどうかな?」
壁の一部分が開くと、白衣を着た人間の男が入ってきた。
私はベッドから飛び起き、身構える。そこで気付く、左肘から先が無いことに。
「ア、アッ、私に何をした!」
この男が、私が眠っている間に何かをしたのはたしかだ。
人間は悪だ。どんなに願い、祈っても奴らは私達を殺しに来る。だからこの男もそのつもりなのだろう。
「落ち着いてほしい。僕は君に危害を加えるつもりは無い」
両手を挙げ自分は無害だと訴えるが、そんなものを信じる道理は無い。
ベッドから跳ね飛び、3メートルはあった距離を一瞬にして詰め、男の首を掴み、両腕を脚で押さえ付ける。戦闘向きのキメイルでなくても、人間よりは十分身体能力は高い。
だから、こんな細い首をへし折るなんて簡単な事だ。
人間は残虐で卑怯者だ。どんなに私達が犠牲を払っても、赦しても奴らは追うのを止めない。だから奴らは殺さなくてはいけない。これはそういう戦いなのだ。
「違う!」
ナニかが頭の中に響く。それは怨嗟なのか恩讐なのか、私の心を黒く染めようとしてくる。
男から離れ、私の中のナニかを吐き出すように叫ぶ。
「私は、違う!」
「待て、アルシア!彼女は混乱してるだけだ!」
男が叫ぶと同時に部屋の四隅から無色のガスが吹き出す。
ガスは部屋を満たしていないにもかかわらず、わずかに吸っただけで私の意識は再び水底へと沈んだ。
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