第3話 一人の復讐者

 砂嵐が画面を被い視界を奪っていく。飛んでくる砂粒がBLFの装甲にぶつかり、パチパチと騒ぎ立てる。動体センサーにも熱源センサーにも反応はない。耳障りな音を無視し、集中する。

 無闇に動いても敵に狩られる。大斧の柄を握り直し、どの方向からでも対応できるよう身構える。

 音は砂嵐によって聞こえず、風が足跡を消していく。

 全方位に設置してある動体センサーが5時の方向をけたたましく警報を鳴らす。

 視界の端に映る影、この方向、この距離では迎撃は間に合わない。

 瞬時に回避行動に移り、前方へ転がる。すぐに起き上がると先程まで立っていた地面が抉れていた。

 この距離ならばいかに視界が悪くても相手の姿が見える。

 籠手を着けながらも地面を抉るほどの剛腕、堅牢な城壁を思わせる体躯、百獣の王のような金髪、そして一番特徴的な人間の耳と獣の耳を持つその姿。

 〈合成人間(キメイル)〉

 獣と人が合わさった“怪物”。

 人類の敵であり、父の仇。

 柄を握り直し、身体を捻りながら距離を詰め、その首を斬り落とそうと刃を振るう。

 だが、振り切る前に柄を押さえ付けられ、動きを一瞬止められた。

 無意識に頭部をガードした瞬間、視界がでたらめに暴れる。

 吹き飛ばされた。BLFの重量とパワーをものともしない膂力。この圧倒的な身体能力こそ、キメイルの最も恐ろしい力だ。

 どうにか受け身をとりながら攻撃態勢に移る。だが、左腕が上がらない。さっきガードした腕が動かない。歪んだ装甲は内部の機器と配線を押し潰し、小さな火花をあげていた。

 動かなくなった腕に一瞬思考が止まるもすぐに敵へ意識を注ぐ。

 獅子は突っ込んでくる。右腕を振り上げ私の顔を上から潰そうとする。

 だが、振り下ろされる前に柄の穂先をその軌道上に向ける。

 鋼鉄同士がぶつかり合い、火花を散らす。軌道がそれた剛腕の下を潜り抜け、獅子の懐に潜り込みその胸に手を当て、右腕の機銃を展開し、全弾撃ち込む。肉を抉り、血を焼き、骨を砕いた。だが心臓には届かなかった。右腕を捕まれ、機銃と一緒に捻り潰される。と同時に頭部も捕まれる。全方位を映し出していたディスプレイにひびが入る。

 脱出をしようと脚部のブースターで焼こうとするも、メキメキと装甲が潰れ、視界が暗転する。


 仮想訓練用のBLFの胸部ハッチが開き、中から這い出ると胸中渦巻く感情を抑えきれず、壁を殴る。

「くそっ!」

 本日8度目の敗北。いくら戦闘データから作られた仮想敵とは言え、こんなものに負けていては本物には絶対に勝てない。

 BLF(Blight Link Frame)、神経と直接接続することで四肢の可動をタイムラグなしで行うことができるバトルスーツ。換装することで多くの環境、状況に対応できるように設計されている。

 私のBLFは反射速度と柔軟性に特化してチューニングされている。キメイルと近接戦闘を行うために、この手で仇を取るために最高の機体に仕上げている。

 なのに勝てない。焦燥だけがつのっていく。私は勝てるのか?父の仇を取れるのか?

「精が出ますね。ウィクトール少尉」

 柔らかな笑みを浮かべ一人の女性士官がタオルを差し出してきた。

「あ、シェーフェン中尉。ありがとうございます」

 敬礼をし、受け取ったタオルで汗を拭きとる。BLFの中は気密性に優れているとは言え、熱がこもらないように作られている。だが、5時間以上もぶっ続けて動かしていればさすがに熱を持ってしまう。

 けれど、シェーフェン中尉にタオルを差し出されるまで自分が汗をかいていることに気づかなかった。これで熱中症になってしまっては今後に差し障ってしまう。気を付けなくちゃ。

「アルマちゃん、訓練もいいけれど少しは街に出てはどう?ずっと訓練ばかりでは気が参ってしまわない?」

 この人が私のことを心配してくれていることはわかる。でも、止まることはできない。止まってしまったら私はもう前に進むことができない。

「いえ、少しでも訓練してないと落ち着かないんです」

「そう、わかったわ」

 シェーフェン中尉は困ったような笑みを浮かべる。言葉ではそう言っても納得などできていないのだろう。

「それで、私への要件はそれだけですか?」

「—、いえ、大佐がお呼びよ」

 わずかな間を置いて、複雑な笑みをシェーフェン中尉は浮かべる。

「了解です。すぐに向かいます」

 敬礼をし、大佐の執務室に向かおうとする私をシェーフェン中尉が呼び止める。

「待って、アルマちゃん。シャワーを浴びてからでいいから、20分後に来てちょうだい」

 どうしてそんなことを言うのかは私には分からなかったが、もう一度敬礼をし訓練室を後にする。

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