第2話 最初の1つ

 それは私が5歳の頃に落ちてきた。

 私はそれを天蓋を通して見ていた。

 黒く燃えながら、それは小高い山に落ちた。

 母が言った。あれが奴等を殺してくれると楽なんだけど、と感情のない声で言っていたのを今でも覚えてる。

 ❬擬似地球(Simulated Earth )❭の天蓋は耐衝撃強化ガラスによって守られ、爆弾でも壊せないが、隕石が落ちたら一溜まりもない。

 隕石が頭上に落ちてくることは減ってきたが、それでも小さい物なら年に300は降ってきている。今では自立式レーザー砲が備わり、隕石を迎撃出来るようになっている。

 だがそれは人間が住む❬擬似地球(SEarth)❭だけで、私たちの住む❬SEarth ❭には存在しない。

 私たちはいつ宇宙服に穴が空くか分からない状態でいる。

 けれどそれを心配しているのは私だけだろう。他の皆は人間との戦いに夢中でいる。だから、もう1つの心配事にも気付いていない。

 最近、体が結晶へと変わる奇病が流行っている。何人かはその所為で亡くなってしまった。

 本当にこの世界は私たちに優しくない。

「姫、皆が戻って来た」

 静かな声で赤いフードを被った女性が開けっ放しにしていたドアをノックする。

「直ぐに行くから待ってて、リレイ」

 もう一度星空を見上げ、目に焼き付ける。

星を見ているときだけ、私を縛るものから解放される。

 外していたネックレスを首に掛け、仲間達の元へ向かう。


 元は貨物室だったここは、多くの同胞達が赤く染まった包帯をまとっていた。

「姫様、今回も我らの勝利です」

 片目を負傷した、年若い戦士が私を見つけると大声で叫ぶ。その声に怪我を負った戦士達も、看病している女性や子供達も喜びの歓声を上げる。

 だが、私は喜ぶ事ができなかった。

「皆、ありがとう。ゆっくり休んで」

 皆を安心させる為に、私はぎこちなくも笑顔を作る。

 それから彼らの間を手を振りながら、重症者のいる部屋へ向かう。

 扉を開けた瞬間、目眩がしそうなほどの血の臭いが鼻孔を襲う。

 私達、合成人間〈キメイル〉は獣と人間が合わさって作られた存在だ。故に、人間の何倍もの身体能力、感覚器官を持っている。だからこそ、この臭いをより強く認識してしまう。

「姫、これを」

 リレイが保護マスクを渡してくれる。鼻の良いリレイはもう既に着けていた。

「ありがとう」

 マスクを着け、奥へ進む。

 ベッドに横たわる仲間は、一様に屈強な身体を持った戦士達だ。そんな彼らがここまでの怪我を負うのことはほとんどなかった。

「イラ、来ていたのか」

 奥の手術部屋から白衣の男性が出てきた。

「ドクター、これは一体」

 ドクターは私達ロクスの中で唯一人間の医者だ。最初の頃は皆が反対していたが、今では私達になくてはならない存在になっている。

 ドクターは白衣を脇に抱え、マスクを外す。その顔には年相応のシワが彫られているが、そのほとんどがドクターの苦労と苦悩によるものだということを私は知っている。

 知っていてなお、頼らなければならない自分自信が許せない。

「ユースの新兵器らしい。詳しいことは分からないが、キメイルの体表を見事に貫いていた」

 新兵器。それが本当なら私達はもっと遠くへ逃げなくてはならない。

 仲間達は戦う事を望んでいるが、私はそうではない。そもそも、私達が少人数ながらもユースと戦えているのはゲリラ戦と私達キメイルは人間よりも強靭で頑強だからだ。

 だからこそ、今までは重傷を負う者は少なかった。

「イラ。今はまだ均衡を保っているが、それは時間の問題だ。

 近い内に決断しなくてはいけない」

 また決断か。父さんが闘えなくなった時も、ドクターを助けに行った時も、私は決断した。何かを切り捨てる決断を。

「すまない。君にばかり重荷を背負わせてしまって・・・」

 私はドクターのその言葉に首を振る。

「――いえ、ドクターこそ、無理をしないでください。貴方が倒れてしまったら私達は路頭に迷ってしまいます」

 ドクターは人間だ。私達が戦っている敵と同じ、“人間”だ。それでも私達が彼を慕うのは、その医療技術と献身によるところが大きい。今の私達が在るのはドクターのおかげだ。

「また来ます。彼らをお願いします」

 ドクターは腰の銀時計を触りながら、必ず助けるよ、と精一杯の笑顔で答える。


 治療室をあとにした私は、リレイと別れ、地下へと向かった。

 息苦しさから逃げるため、

 現実から目を反らすため、

 私は異端のキメイルに会いに行く。

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