第28話 指輪の力
夜になった、僕は兵達のキャンプの中を歩いている。
ジェルが兵達の鋭気を養うために大量のお酒を差し入れたので、あちこちで乾杯の杯をぶつけ合う音が聞こえる。喧騒の中からはペルコレージ様に乾杯、キョウノスケ様のひ孫様に乾杯という声があちらこちらから聞こえてくる。
彼らはこの時間を純粋に楽しんでいるのか、それとも戦争の恐怖から逃れるために騒いでいるのか、僕にはわからない。
「兵達と一緒に酒盛りをする気か、キョウヤ」
僕の護衛兼逃亡防止の見張りについてきたイレインが、辺りの騒ぎを見回して言った。
「部下と酒を酌み交わして親睦を深めるのは良いことだ。おまえにしては気が利くな」
「ごめん、イレイン。僕はお酒が苦手なんだ」
「なんだ、つまらんやつめ。じゃあ、ここに何しに来たんだ」
僕は辺りを見回しながら歩く。ほとんどの兵はテントからでてたき火を囲み酒を飲み騒いでいる。幸い目的の人物はすぐに見つかった。こちらに背を向け酒を飲みながら、仲間とカードゲームをしているようだ。
その背に声をかけようとして足が止まった。会ってどうしようという考えが有ったわけではなかったからだ。ただ話がしたかった。
僕が話しかけるのを躊躇していると彼の仲間の方が僕の存在に気がつき、カードゲームを止めその場で直立した。僕に背を向けていた彼も仲間の異変に気がついてこちらを振り返り、後ろに僕が立っているのをみて慌てて立ち上がった。
「ごめん、邪魔しちゃったね」
「え~と、イレイン様とキョウノスケ様のひ孫様、我々に何かご用でしょうか?」
クルリーズ村出身の青年と一緒にカードゲームに興じていたものの中で、一番年配そうな兵が代表して僕達に尋ねる。僕の名前は覚えられていないようだ。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だ、大した用があるわけじゃない。ただこいつがおまえ達と一緒に酒盛りがしたいというのでやってきたのさ、邪魔なら向こうへ行ってるが」
答えに困っていた僕のかわりに、イレインが言う。
「なんだそんなことですか、もちろん我々は歓迎しますよ。おい!」
年配に兵の指図で彼らの仲間のうちの一人が酒の入った木のジョッキ、もう一人が椅子を二つ持ってきた。僕とイレインはその椅子に座るよう勧められ、ジョッキを渡された。
「では、ペルコレージ様とタケカワ様にカンパーイ」
仕方なく僕は椅子に座り、なみなみととお酒が入ったジョッキで皆と乾杯した。
ジョッキの縁に口をつけ、ちょっとだけ舐めてみると口の中に苦みと炭酸のシュワシュワとした感触が広がる。これがビールというやつなのだろうか。
「何をちびちび飲んでるんだ、景気悪いぞ」
イレインはジョッキを口につけぐいっと傾けると、その中身を水のようにするするとのどに流し込んだ。
「良い飲みっぷりですね、さすが風剣ペルコレージ様の娘。よくお父様と一緒にお酒を酌み交わしたりなさるんですか?」
年長の兵がイレインにまた新しい酒をついでわたす。
「それが、実はパ・・・・・・父は全くの下戸なのだ」
そういえば知り合って結構経つがジェルがお酒を飲んでいる所を見たことがない。
「それに比べてマ・・・・・・母はウワバミだから、私はそちらの血を強く受け継いだようだ」
そう言って受け取った二杯目もあっという間に空にしてしまう。
ウワバミだというイレインの母親コリーンは、ひいじいちゃんとダークエルフとの間に出来た子供だと聞いている。ひいじいちゃんは自分の娘と嫁を置いて自分の世界に帰ってきて、また別の嫁をもらったということになる。
「二人はお付き合いしているんですか?」
彼らのうちの一人が遠慮がちに聞いてきた。二人とは当然僕とイレインのことだ。
「違う、誰がこいつなんかと付き合うか」
「違うよ、この人は親戚。僕のおばさん」
彼女の手が伸びてきて僕の頬をぎゅーとつねった。
「いひゃいよイレイン」
「今度おばさんと言ったらただじゃ置かないぞ」
僕の頬を解放すると、にらみつけ腰に下げていた剣の握り手を左手でつかんだ。
「ごめんイレイン」
魔族といえども女心は人間と共通するところがあるらしい。
「このお酒は口に合いませんか?」
僕はイレインによって酒盛りをするためにここに来たことにされている。あまりお酒が進んでいない僕を訝しんでクルリーズ村出身の青年が話しかけてきた。
「ごめん、実は僕もジェルと同じでお酒が駄目なんだ」
小声で彼に話した。
「え? じゃあ、なんでここへ?」
当然の疑問を彼は口にした。
「実は僕がここへ来たのは酒盛りがしたくてきたんじゃないんだ。君に用が有ったんだ」
「え、俺に? 一体なんのようです?」
「きみの、名前はなんて言うの?」
「名前ですか? フハールといいます」
僕は立ち上がって頭を下げた。
「フハールさんごめんなさい!」
僕の声が大きかったせいか、その様子を見て周りの人がびっくりして酒を飲む手を止めた。
一番びっくりしたのはいきなり僕に謝られたフハールさん自身だ。彼が持っていた酒のジョッキが大きく揺れ、中の液体が零れた。
「ええっと、いきなり謝られても何のことだか」
彼は一旦ジョッキをテーブルに置くと慌てて立ち上がった。
「クルリーズ村のこと、本当にごめんなさい! 僕のせいでみんなを死なせてしまって」
僕は頭を下げたまま謝罪の理由を説明した。
「ああ、その事ですか。クルリーズ村のことは聞いてます。どうぞ頭を上げてください」
僕は頭を上げた。
「あなたが謝ることはありません。俺の故郷を襲ったのは反乱軍じゃありませんか」
「その反乱軍に襲われたのは僕が村にいたせいなんだ。それだけじゃない、そのあと、捕まった僕を助けるためにたくさんの村の人達が犠牲になった」
「確かに帰る故郷がなくなってしまったのは寂しいことです。でもその事であなたを責めたりしませんよ、我々弱い魔族は助け合っていかねばなりません。ですから強い人に比べてつながりが深い。ただの人間であるあなたを村のみんなが助けたと言うことは、あなたも立派に村の一員として迎え入れられていたということです」
僕は涙を流すと、フハールが僕の肩に手を置いた。
「その事を悔やんでいるのなら、どうかクルリーズ村のみんなの敵を討ってください。俺はしがない雑兵ですが、あなたはあの伝説のタケカワキョウノスケのひ孫、指導者の立場にある方です。あなたならそれができます」
僕は胸がいっぱいになった。今の僕も左遷させられていて成功する確率のない作戦の指揮を任されている身だ。僕はどうなってもかまわないから彼らだけでも助けたいと思った。
「ごほん、ごほん」
イレインがわざとらしく咳をして、こちらをにらみつけた。上の者がみだりに下の者に頭を下げるなと、その目が語っている。
「そんなことよりお酒が飲めないならこれで遊びませんか」
フハールもその事を察してか強引に話を変えた。僕の肩に置いた手をどかし、僕達が来るまで遊んでいたカードを持ってきて見せた。
実はゲームの類いも苦手でほとんど勝った記憶はないが、ここは雰囲気を変えるため、親睦を深めるために彼の提案に乗ることにした。
カードを見てみると数字が書いておらず、絵だけが描いてある。
「カードの見方がわからない、ルールが簡単なのにしてくれないか」
僕が正直に告白すると、イレインが盛大に舌打ちをした。
「では簡単なやつを、これをこうして」
カードを切ると裏側にしてテーブルの上に全部適当に並べた。
「裏側に伏せたカードを二枚めくってください、絵柄が会えばそれを自分の物にできてゲームを続けられます。はずれたらめくったカードを元通り裏に伏せて交代です。テーブルの上のカードが全部めくり終えられて、持っていたカードが一番多い人が勝ちとなります」
神経衰弱のようだ。これならカードの絵の意味がわからなくても遊べる。
「ではタケカワ様からどうぞ」
彼に促され席を立ちテーブルの前に立ち、まずは一枚適当にめくる。伏せられたカードの中からもう一枚これと同じ物を当てないとならないが、適当にめくってもまず当たるわけがない。これは自分または他人のはずしたカードを覚えておいて、自分の番の時にそれらをうまく組み合わせてめくるゲームだ。
「はずした者はバツとしてこれを一杯飲むというのはどうだ」
イレインが僕の横に立ち左肘を僕の肩に置くと、ジョッキを右手で掲げて余計な提案をした。
「こんな子供だましのゲーム、そのくらいしないと盛り上がらないぞ」
彼女が僕に向かって酒臭い息を吐いた。その匂いだけで気持ち悪くなった。
「酔って潰れたらちゃんとイレインが介抱してくれるよね」
「その心配はいらん、私が責任を持っておまえを馬小屋に運んでおく」
どうやら酔い潰れても事実上放っておかれるということらしい。冗談では無く彼女は本当にそれを実行するだろう。タケカワ様が女の尻に敷かれている、と誰かがつぶやいているのが聞こえた。
「馬小屋行きは勘弁」
お酒が苦手な僕は、一ターン目から真剣に次にめくるカードを選ぶ必要が出てきた。右手を伏せているカードの上にかざすとある異変が僕に起きた。
どうせ考えても仕方が無いので諦めて適当にめくろうと、あるカードに手を伸ばした瞬間、右手の指輪の宝石が赤く光った。一度伸ばした手を引っ込めると指輪の光も消えた。僕は顔の前に持ってきて指輪を凝視し、宝石が光って見えたのが錯覚ではないことを確認した。
「どうした、往生際が悪いぞ。いくら考えても無駄だ。最初の一杯は覚悟しておけ」
たかが神経衰弱に、手を止め時間をかけているた僕にいらだったイレインが僕の頭に手を置いて先を急がせた。
「ちょっと静かにしてイレイン」
僕は頭に乗せられたイレインの手を強引に振り払った。
僕は右手を再びカードに手を伸ばし、どれが当たりなのか強く念じた。
さっきと同じカードに手をかざすとやはり指輪の石は赤く光る。赤く光ったのも偶然ではない、きっとこの光には意味があるはずだ。僕は同じように次々と伏せられたカードの上に手をかざした。指輪は光り続けるがある一枚の上だけ違う反応をした。赤ではなく青く光ったのだ。
僕はその一枚をゆっくりとめくるとその絵柄を見たみんなから歓声があがった。
「偶然とはいえやるじゃないか、時間をかけたかいがあったな」
イレインが僕の背中を何度も叩いたが、僕はそれに反応せず次のカードに取りかかった。
まずは適当に一枚めくる。次に先ほどと同じように伏せられたカードの上に手をかざし、指輪が青く光った物をめくる。
再び歓声が上がる。僕はその歓声が止むのを待たずに次のカードに取り組む。
三回目もペアーを完成させた。今度は誰も歓声を上げなかった。
その場に緊張感が生まれ、皆がどよめき始めた。
僕は次々と同じ作業を繰り返し、ついにテーブルの上には裏返しにされたカードは一枚もなくなった。
「おまえ・・・・・・遠見の魔法が使えたのか」
「僕は、一切魔法は使えないよ」
彼女の問いに僕は淡々と答えた。
「そうだろうけど、まさかこれが偶然って言うつもりはないだろうな」
彼女は仕掛けを知りたがった。
「行こうイレイン、ジェルのところに」
僕は立ち上がった。
「え、パパのところに?」
「急ごう。みんな僕たちはこれで失礼するよ、フハール今度ゆっくり話をしよう」
僕はあっけにとられている皆に簡単に挨拶をすると、イレインの手を引いてその場をあとにした。
イレインと二人でジェルのテントに入った。ジェルはまだ寝ておらず、コリーンと二人で何やら話し込んでいた。
「ジェル!」
「何ですかキョウヤ様、イレインまで一緒に。まだ寝ていらっしゃらなかったのですか」
「夜遅いとこ申し訳ないんだけどエルブレイムの地図を見せて」
「ええ、それは別にかまいませんが」
ジェルはエルフ領の地図をテーブルの上に広げた。
広げられた地図の上を僕は指さす。
エルブレイムに進撃するにはどこからが良いか、そう強く念じながら。
人差し指だけでは指輪が見づらいため中指も添えてゆっくり隅から隅まで指を這わせる。地図上に指を置いた途端右手にはめられている薄い宝石は赤く光る。
やはりこの前見た光は錯覚ではなかった。指の角度を変えても赤い光はともったままだ。地図の上に差した指をゆっくりと端から端まで動かした。
地図上のある一カ所をさしたときに違う変化があった、指輪の宝石の色が赤から青に変わったのだ。その変化は何の前ぶれもなく起こったので地図上を通り過ぎてしまった。行き過ぎてしまった指を戻し、指輪が変化したところで指を止めると、そこはエルブレイムの東側だった。
「ここだ、ここから攻めよう」
くまなく地図上に指を這わしてみたが、指輪が青く光ったのはそこだけだった。
「迷いの森、ですか」
僕の作業を黙ってみていたジェルが口を開いた。
「迷いの森に入って出てこられたものはいないといいます。エルフも我々ダークエルフも好き好んで入ったりはしません。だから防衛に配置されているものもごく少数。もし攻略できたら我々の少ない戦力でもどうにかできるかも知れません。でもそれは攻略できたらの話」
「キョウヤ様、あなたがそう考える根拠をお知らせ願いたい」
ジェルが妻の言うことにうなずき、僕に改めて尋ねた。
「この指輪が教えてくれたんだ、この指輪は選択が正しいか正しくないかを光って教えてくれるんだ。ほら」
地図を指さすと迷いの森以外は指輪は赤く光る。
「残念ながら私にはその指輪に変わった様子は見られません」
ジェルはコリーンに引き継ぐ、コリーンは自分にもわからないという。イレインも黙って首を振る。
「光って見えるのはやっぱり僕だけなんだね」
ひいじいさんの努力の指輪の効力は肌身離さず身につけていた僕にはなかった。これがこの指輪の固有の能力だとしたら光は僕にしか見えないし、それ以前に他の人がはめても光を放つことはないだろう。
「それがその指輪の力なんですか?」
「そうだよ。みんなには光が見えてないようだけど、僕を信じてくれる? ジェル」
「ええ、もちろん」
強く頷くジェルに対して、コリーンとイレインは困惑の表情を浮かべる。
「では、迷いの森攻略、という作戦で行きます」
「パパ!」
イレインが抗議の声を上げた。
「イレイン、どのみち我々にはエルブレイムの攻略に一つ一つの砦を落としていく戦力も時間も無いんだ。この賭けに乗るしかない」
「ママは良いの?」
「私はジェルマーノの判断に従う」
コリーンは頷いた。
「ほんと、あんたは疫病神ね」
イレインは諦めたように肩をすくめた。
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