第29話 迷いの森

 数日後僕たちは迷いの森の東側に来た。ここを西に進めばエルフ領の首都エルブレイムにいけるはずだ。ここまで難なく進んでこれたのはやはりエルフもここが攻略されるとは思ってはいないようだ。


「この先が迷いの森です」


 コリーンが先頭に立ち目の前のうっそうと茂った木々を指さした。


「ここにはエルフ、我々ダークエルフさえ近寄らない場所です。毎日のように変化を続け目印になるもがない。一説によるとここに入った者は森に喰われるといいます。その真贋は入って出てこれたものがいないためわかりません」


 本当に入るのかと、兵達はざわめいている。


「森は言ってます。帰れ、入ってきた者は容赦しない、と」


 巫女が祝詞を読み上げるようにコリーンは森の意思を僕たちに伝える。

 森は僕たちの前に壁のようにそびえ立ち、中の方は暗くその様子はうかがい知れない。木のざわめきがまるで笑い声のように聞こえ、僕たちを拒否してるというより招き入れようとしているようだ。

 僕は右手を森の方に差し出した。指輪の宝石が青く光る。


「行こうジェル、コリーン、イレイン」


 ジェルは前もって用意していたロープで兵達に体に結びつけるよう命令した。このロープの先端には僕の体が結ばれている。僕が先頭を歩き、彼らを全員無事に森の向こう側まで導かねばならない。

 ゆっくり森へと歩みを進める。最初の木の梢を超えた瞬間僕の周りに冷たい空気がまとわりついた。木々がざわめく。遊び相手が来たことを喜んでいるようだった。

 僕は右手を前に差し出し、エルブレイムへの出口はどこか強く念じた。

 暗闇を探るように全方向に右手を向ける。指輪はある方向に向けたときだけその色を赤ではなく青で示した。


「こっちだ」


 指輪の光が青を示した方向に進む。


「失敗してこの森に永遠にとらわれることになったら、あんたを永遠にど突き続けるからね」


 後ろの方からイレインの文句が聞こえる。

 ある程度進んでは右手を差し出し青い光が示す方向へと進路を変える。それを僕は何度も繰り返した。ジェルもコリーンも文句一つ言わず付いてくる。イレインは時々文句を言いつつながら付いてくる。

 進んでも進んでも景色は変わらない。森の木々は高くそびえ、僕たちの所には太陽の光も届かない。なので太陽を見て方角を知ることも出来ない。先程からなんの生物も見えない。普通の森なら当たり前いる、枝にとまりさえずる鳥達も見えない。目の前を漂い不快な思いをさせる羽虫さえも見ない。ここはあらゆる生物を拒んでいる。もしこの森から出られない理由が、生物を死滅させる毒ガスみたいなものがでているのだとしたら命が危ない。

 与えられる情報が乏しいため感覚がおかしくなり、同じところをぐるぐる回っているように錯覚する。本当に同じところをぐるぐると歩いているのかも知れない。長い行列を作っているので後ろを進む兵に当たらないからそれはないと思いたい。


 進み続ける僕たちに森は新たな試練を与えた。白い霧が辺りに漂い数メートル先も見えなくなる。方向の感覚に続いて時間の感覚もおかしくなる。一度休憩を入れた方が良いのか。


「本当に大丈夫なんだろうな」

「わかんない」


 イレインの問いに僕は正直に答えた。


「わかんないっておまえなぁ」

「イレイン、もうここまで来たら我々にはキョウヤ様を信じるしか道は残されていない、だいたいいまさら来た道を引き返すこともできない」


 ジェルは娘を注意した。

 ひたすら進んだ。木々がざわめいている枝や葉がこすれ合って立てるはずのその音だが僕は風を感じない。音を立てているのは僕たちが地を踏みしめる音と、装備品が奏でる音だけ。それさえもすぐに空にかき消え、後ろから千人の兵が付いているようには聞こえない。

 後ろのほとんどの兵は無言で付いてくるが、中にはひたすらその不安をかき消すかのように呪禁を唱えているものもいる。

 疲れた、足が棒みたいだ。いつまで歩けば良いのだろう。僕は自分自身にも疑問を抱き始めた、だが先導している僕が弱音を吐くわけにはいかない。


 唐突に僕は強い光を全身に浴びた。そのまぶしさに思わず目をつむり全身を硬直させ、再び開けると目の前には何もなかった。今まで視界を邪魔していた幹の太い木々も白い霧も消えて無くなっていた。

 何らかの攻撃かと思って思わず身構えまえさせた強い光は、自然の陽光だったのだ。上には青い澄んだ広い空が見え、そよ風が肌をなでた。背後には森の木々が壁のようにそびえたっていた。


「森を・・・・・・抜けました」


 コリーンが信じられないと軽く首を振りながらつぶやいた。 

 森を抜けたぞ、ロープに引きずられ森から次々に出てきた兵達が言う。彼らも歓声を上げそれぞれのやり方で喜びを表し、あるものはだまってその場にへたり込み、次に森から出てくる兵達の邪魔をした。


「やりましたね、キョウヤ様」


 ジェルは僕の肩を叩いた。

 先導の任をやり終えた僕は体に深く食い込んだロープをほどいた。

 千人の兵が作る行列は長い。全員が森から出てくるのを待たず、その場をコリーンとイレインに任せ僕とジェルは歩き出した。

 目の前の小高い丘を登り頂上に到達した。

 そこから西を見ると遠くに美しい白亜の高い壁が見える。その壁の向こう側にはさらに高い建物がいくつも天に向かって伸びていた。

ジェルがそれを指さした。


「アレがエルブレイム。エルフ領の首都です」


 迷いの森を抜けることには成功した。それが僕たちの目的ではない。それはこれからあの町を攻撃して、反乱軍に参加しているエルフ達に動揺を与えるための通過点に過ぎない。

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