第26話 二つ目の指輪
その夜、僕はベッドに横になっていた。
両手を広げて上に上げた。左手の中指にはひいじいちゃんの形見の指輪「努力の指輪」がある。この指輪にはつけているものが眠りも休息も必要とせず働くことができるという。
確かにひいじいさんは二十四時間働いていたという伝説があるけど、それは比喩ではなく、実際二十四時間働いていたのだろう。この指輪をお守り代わりとして肌身離さず身につけるようになってから大分経つが、ぼくは普通に睡眠もとるし休息も必要だ。指輪の効能はこの指輪を生み出したひいじいちゃんにしかないのだろう。
右手を見る。そこには今日錬金の泉で錬成したばかりの指輪がある。努力の指輪によく似ているが大きく違うのは薄く透明な石がはめ込まれていることだ。無色なその石は時々周りの光を反射していろいろな色に輝く。
取扱説明書はない。この指輪の力は僕自身で解明して使わなくてはならない。この指輪の力を使いこなすことができれば僕もひいじいちゃんのように大活躍できるかも知れない。
バン!
何の前触れもなしに勢いよく部屋の廊下につながる扉が開いた。
このジェルの屋敷の作りはしっかりしていて隙間風によって勝手にドアが開くようなことはない、何者かによって開けられたのだ。そんな乱暴なことをするのはこの屋敷の主とその家族しかいない。
「入るぞ」
彼女はノックもせず部屋に入ってきてから、入室を宣言した。後ろ手で閉められたドアは再びバタンと大きな音を立て閉まった。
「まだ起きてたか? まぁ寝ていたら起こすがな」
ずかずかと部屋の中に入ってきた彼女はベッドに乗り、僕の寝ている横であぐらをかいた。
「ほんと、おまえは疫病神だな」
僕は彼女の顔を見た途端、忘れていた夕べ彼女から受けた傷がうずき、思わず頬を押さえた。
「なんだいイレイン、今度こそ僕を殺しに来たの?」
「そうしたいのはやまやまだが、事今日に限ってはおまえを殺しても事態は変わらない」
「ごめんイレイン、今の僕の力じゃジェルが罰を受けるのを先延ばしにするのが精一杯だった」
「ああ、陛下の前で俺が役に立つ人間になるって啖呵切ったんだって?」
彼女は肩を揺すって愉快そうに笑った。その明るい笑顔はぼくとそう年が変わらない女の子に見え、とても昨日僕を殺しに来た人と同一人物には思えなかった。
「どうせ殺されるんだから言いたいこと言ってやろうと思ったんだ。でも陛下には単なるギャグとしてしか受け止められてなかったみたいだ」
「陛下のご機嫌を損ねなかったのは奇跡だな。それにしても人間というのは姑息でずる賢い生き物だと聞いた。てっきり自分の保身に一生懸命になるはずだと思った。放っておけば自分だけは助かるだろうに、余計なことをして自分の命も顧みずパパを助けようとしたのはなぜだ」
彼女は僕を見下ろしながら言った。
寝転んだまま僕も彼女の顔を初めてまともに見た。よく見ると右の瞳は輝くような銀色だが左のは全てを吸い込む闇のように黒い。右目は父親譲りで左目は母親譲りでひいじいちゃんの血のせいだろう。その黒目はその息子、見ているとじいちゃんを思い出す。元気にしているだろうか。こっちの世界に来て大分経つけど、僕がいなくなってきっと心配しているだろう。
「そうだね。二度の戦い、クルリーズ村の人達、僕の所為でたくさんの人が死んだ。そしてジャネットも傷つけた。救世主と呼ばれて少し浮かれていたんだ。そんな僕がのうのうと生きていていいはずは無いだろう」
彼女は何も言わず僕を見ていた。その瞳は少し哀れんでいたように見える。
「なんでジェルはこんなに僕を助けてくれるんだろう」
僕は視線を彼女から外し、天井へ向けた。
「パパとおじいちゃんはすごく仲良しだったんだそうだ」
静かに彼女はつぶやくように言った。
「人間と魔族の友情って成り立つんのかな。寿命も力も違うのに」
「そうだな、私にも四分の一人間の血が混じってるが、はっきり言って人間の事とはきらいだ。人間は五,六〇年しか生きられないですぐに死ぬし、おまえみたいに自分一人では何もできない、群れないと何もできない、魔法も使えない。まったくの下等生物だと思っている。そもそも大体の魔族は人間が嫌い、もしくはただの餌だと思っている。でも、パパとおじいちゃんは違ったらしい。違ったらしいと言うのは他の人からそう聞いているだけであってパパからは直接おじいちゃんの話を聞いたことがないからだ。なぜかその事を聞かれるのをパパはものすごく嫌う」
彼女の口からひいじいちゃんの話題が出てきたので左手を上げ、そこにはまっている形見の指輪を眺めた。
「それがじいさんの形見の指輪か。見せて見ろ」
僕は左手から指輪を取り外し彼女に渡した。右手の指輪も外して一緒に渡した。
受け取った彼女はそれを左右の手の指にはめ、手のひらを裏と表に交互にひっくり返し眺める。
「君がしている左手の指輪がひいじいちゃんの形見、右手が今日陛下からもらった指輪」
「ふむ、何も起きないな。なんの変哲も無いただの指輪に見える。だがじいさんはこの指輪を使って魔族を勝利に導いた。おまえにもその可能性があると言うことだ」
「可能性だけ、なんだけどね」
「まぁ、そう弱気になるな。少しは期待している。私はパパを死なせたくはないからな」
彼女は自分の両手の指から指輪を外し、僕に手渡すとベッドから降りた。
「一度はおまえを殺そうとした身だが、しばらくは弱いおまえを私が守ってやる。今となっては簡単に死んでもらっては困るからな。だが覚えとけ、逃げようとはするな。おまえが逃げだしたそのときは陛下に処刑される前に今度こそ私が殺してやる」
そう言い残して彼女は部屋を出て行った。
僕は視線だけで彼女を見送ると再び二つの指輪を左右両手の中指につけ、それを目の前にかざした。
今イレインに言われたように僕は弱い。頭もよくない。手先も不器用。
そんな僕がジェルを助け、反乱軍を退けるにはこの指輪に秘められた力を一刻も早く見つけ出し、自分のものにしなければならない。
どんな力があるのかわからないが、せめて早くわかるように二十四時間身につけていよう。
あれ? 今指輪が光ったような気がする。ひいじいちゃんの形見ではなく、今日魔王からもらったもののほうだ。それにはめられている宝石が一瞬青くきらめいたように見えた。
なんらかの能力が発動したのか、ただ単に何かの光が反射したのか。
指輪をしばらく凝視したがそれきり何も起きなかった。
やはり気のせいだったのだろうか。
ひょっとしたらこの指輪の力は努力の指輪と同じかも知れない。とりあえず今夜は寝ないで頑張ってみよう。
・・・・・・しかしいつのまにかぐっすりと眠ってしまい朝の光で目が覚めた
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