第25話 錬金の泉
次の日の朝。僕は口の中が傷だらけの所為で食事ができない。スープ一杯を飲むのが精一杯だった。
朝食の後ジェルと一緒に魔王の城に行った。
登城するとすぐさま僕とジェルは玉座の間に通された。
「久しぶりだな、タケカワキョウヤ」
魔王はひな壇の一番高いところにある派手な装飾がされた椅子に座り、そこから見下ろしいつものごとく高圧的な物言いをした。
「お久しぶりです、陛下」
僕とジェルは赤い絨毯の上で横に並び、ひざまついて頭を垂れている。
「何度も反乱軍に捕まっておいて、それでも生きているとは強運にだけは恵まれていると見える」
僕は頭を上げた。
「僕は運に恵まれていたわけではありません。助かったのはジェル・・・・・・ペルコレージさんとクルリーズ村のみんなのおかげです」
魔王はあごのひげをなでた。
「ふむ、弱いものは弱いもの同士心が通ずるものらしいな。一つしか無い自らの命を費やして他人を助けるという行動は予には理解できぬ。そしてペルコレージよ」
魔王はジェルを呼んだ。
「はっ」
ジェルは返事はしたものの、頭は下げたままでいる。
「おまえは決して弱きものではない。なのに放っておけという予の命令を無視して、たかが人間の小僧一人を助けに行った、その行動も予には理解できぬ。自分が罰を受けるのにもかまわず弱きものを助けに行くとは本当に物好きなやつよ」
ここでジェルはやっと頭を上げ、魔王を見上げた。
「陛下、私はどんな罰でも受ける所存であります。ただ他の者は私の命令でやったことです。どうかお許しください。責任は全て私が追います」
「残念だがペルコレージ、ことは重大だ。おまえの首一つでは済まぬ」
「軍は陛下の物。それを勝手に動かしたおまえは陛下の物を盗んだということに等しい」
大臣は説明する。
僕は立ち上がり陛下を見上げた。
「陛下、お願いです。ペルコレージさんを罰しないでください。全て僕を助けるためにやったことです。だから僕が代わりに罰を受けます」
大臣は杖を僕に向けた。
「これタケカワキョウヤ。おまえではペルコレージの代わりにはならぬ。人間の小僧一人罰したところで・・・・・・」
「僕は陛下に話してるんです」
僕は大臣の言葉を遮った。
「なんと! 人間の小僧風情が生意気に! 陛下に一万年仕えているこのわしを愚弄するというのか!」
大臣は激高した。
「爺の言うとおりだ、タケカワキョウヤ。お前ではペルコレージの代わりにはならぬ」
僕は立ち上がり、下から魔王の顔を見据えた。
「ならば、ペルコレージさんの代わりになる価値のある人間になります。陛下は百年前、ただの人間の小僧である武川京ノ助を重用しています。それが人間の小僧でも陛下の役に立つという証明です。でも聞いたところに寄ると、京ノ助は最初は失敗続きだったと言います。それでも京ノ助を使い続けたのは彼が将来役に立つという可能性があると陛下は最初から看破していたからじゃないですか?」
僕は言いたいことを全て言うと、陛下をにらみつけた。
魔王は僕の失礼な物言いを怒りもせず聞いていた。玉間には静寂が訪れ緊張感が漂う。
「くっくっく」
その口から低い笑い声が漏れた。
「わーはっはっはっは!」
やがて大口を開けて笑い出した。
「確かにキョウノスケは予の役に立った。しかし、キョウヤよ。そんな奇跡何度も起こるわけがないであろう」
「それは僕にもわかりません。だけど可能性がないわけではありません。後一年あります。その間に弱きものでも強気ものになれる可能性があることを証明して見せます」
「言うようになったな小僧。これまでの敗戦は多少おまえの成長の糧になったようだ」
魔王は玉座から立ち上がり、ひな壇を降りると僕の前に立った。近くで見るとその身長は僕の数倍あり、手足は大木のように太く、目と全身から発せられる圧迫感で僕はそのまま後ろに倒れそうになったが下半身に力を込めなんとか踏ん張って耐えた。
「小僧、そこまで言うのなら証明をして見せるがいい、予についてに来い。ペルゴレージはしばらくここで待て」
「はっ」
跪いたままの状態でジェルは返事をする。
僕は魔王と大臣に続いて玉間をあとにした。
「今日おまえを呼び出したのは、良いものをやろうとおもったからだ」
歩きながら魔王は僕に話しかけてきた。
「いいもの?」
「いや、良いものかどうかはおまえ次第ということだ。一つ聞きたい。人間のおまえが人間主体の反乱軍と戦えるのか」
「フェリル達クルリーズ村のみんなの敵を討ちたいです。少なくともクルリーズ村のみんなは平和に暮らしていました。そんなみんなを反乱軍は襲ったのです。どんな大義名分があろうともそれは許しておけないです」
クルリーズ村と僕の口からその言葉が出た途端、怒りがわき上がってきた。
「その事について陛下にも言いたいことがあります」
「いいだろう、なんでもいってみよ」
「なぜクルリーズ村が襲われたとき助けてくれなかったんですか、同じ魔族の仲間でしょう」
「そのことか、たかが娘二人助けに行くのに軍隊を動かすことはできぬ。反乱軍と戦うことになれば二人どころの犠牲ではすまぬだろう。現に弱きものおまえ一人を助けようとして大きな被害を生んだだろう。少数の弱気ものを助けるために社会全体に余計な犠牲を強いることがある。おまえが体験したとおりだ」
大臣が魔王の言葉のあとを追った。
「自分の身は自分で守れぬものなど必要が無い。それを助けるために軍など動かせぬ。弱きものが死んだのはそれがそのものの寿命だからだ。何もせずともいずれ死ぬ、守る価値などない」
僕は反論した。
「最初から切り捨てられていたら弱い立場の人はいつまで経っても弱いままじゃないか」
「何者も産まれながらにして運命は決まっておる、タケカワキョウヤおまえもそうであろう」
僕は日本で住んでいる大きな家、広い庭、外国車が数台と専属の運転士、欲しいものは何でもそろう環境を思い出した。これらは僕が努力したから得られたものではない。全て曾祖父である武川京之助が作り、その子孫である祖父や父が守り育ててきたものだ。僕は武川家で産まれたと言うだけでこの幸福を授受している。
「どうだ、キョウノスケのひ孫に産まれて良いことがあっただろう」
「そんなことはない、キョウノスケのひ孫だから酷い目に遭ったこともある」
「それは持つものの贅沢な悩みというものよ」
「タケカワキョウヤ、いつまでも無礼な口を陛下にむけるではないを」
「よいよい、爺。虫みたいな存在がいくら吠えようともなんとも思わん」
二人のあとをついて廊下を進み、階段を降りるうちに周りの様子が変わってきた。
レンガでできた壁と階段はやがてただの岩肌になる。湿度が高く壁や床には所々こけが生えている。
洞窟の奥深くに進むと泉が有り。その前で二人の足は止まった。ここが目的地らしい。泉の水は淡く光っていて洞窟の岩肌を青く照らす。
その泉の前には岩でできた台があり、その上にボーリングの玉ぐらい大きい透明なオーブがのっている。
「これは錬金の泉という。このオーブに願いをかけると泉からその者の願いを聞き届けたアイテムが出てくるという。おまえのひいじいさんもここでほれ、おまえが右手につけている指輪を生み出したのだ」
大臣が振り返り僕の左手にしている指輪を杖で指し説明する。
「この指輪をここで?」
僕は左手につけた指輪を右手でなでた。
「そうだ、キョウノスケはそれを努力の指輪と呼んでいた。その指輪の効力はつけている間は眠くもなく疲れもしないという。それを手に入れたキョウノスケは不眠不休で学習し、訓練を受け、すばらしい軍師になったのだ。おまえも今こそ、曾祖父のように予の役に立つ力を手に入れるのだ」
「そんな不思議な力を僕なんのかのために使って良いんですか? 自分で使った方が良いと思いますけど」
「かまわぬ、これを発動できるのは人間だけなのだ、それも一生に一度きりだ」
「人間だけ? なぜそんな物が魔王城の地下にあるんですか?」
「単なる失敗作だ。しかし壊すのにはその能力は惜しいのでとってあるだけだ」
僕は前に出てオーブを触ってみた。表面はなめらかでなきれいな球形をしている。見かけはボーリングの玉の大きさのただのガラス玉だがわずかに手の平に温もりを感じた。透き通っている中をのぞくと泉を上下逆に映し出しているのが見えた。
「強い願い、特に負の感情で発動するらしいぞ、やってみろ」
僕はオーブに両手をかざした。
泉にもオーブにも何の変化も現れない。泉は穏やかに水をたたえている。
「もっと強く念じてみろ。できぬでは済まぬぞ、ペルコレージの命がかかっていることを忘れるな」
僕は両手をオーブにかざしたまま、大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。
何を念じていいのか分からず、とりあえず目をつぶり今までの人生を回想した。
ちょっと思い出してみてもろくな思いではない。
僕の人生はえらいひいじいさんと兄たちに比較され周りに馬鹿にされ続けてきた。
成績は悪く、運動神経も鈍い、スポーツは苦手、そしてやることなすこと全て裏目にでてしまう。
この世界に来ても僕の駄目さは同じだった。同じどころかさらに悪かった。
自分の駄目さを覆したくて魔王の誘いに乗り戦争をしてみた。その結果たくさんの人を死なせた。
この世界に来て知り合った多くの人々の顔が浮かぶ。
クルリーズ村での日々の生活、フェリルの月の光を浴びて青白く映える翼。
ジャネットの怒り顔と赤いチリチリ髪、リーさんの優しい微笑み。
次から次へと思い出される。皆僕の所為で失われたものばかり。
そして、今僕を助けるためにジェルがその命を犠牲にしようとしている。
僕はこの世に必要ではないのだろう。今すぐ消えてしまいたい。
僕の頬に熱い何かが止めどなく流れる。
「おお」
大臣が小さく声を上げた。
その声に僕は目を開けると手を翳していたオーブが強くひかっていて、泉に変化があったのが見えた。
泉全体が光、鼓動するようにそれが明滅している。さっきまで穏やかだった水面は波が広がっている。明滅は次第に早くなり次第に光は中心に集約される。そして中心から泉の光を一身に集めたような光の玉が飛び出した。光は宙に浮き、ゆっくりと僕の所まで飛んでくる。
僕は両手の平を上に向けてその光の玉を受け取った。重さも熱さも感じない。光が消え、手のひらの上に残ったのは一個の大きめの指輪だった。
「また指輪のようですな」
僕の手のひらをのぞき込んだ大臣が言った。
「そのようだな、キョウヤそれをはめてみろ」
僕はそれを左手には努力の指輪があるので右手の中指にはめた。
「どんな感じがする」
大臣に言われ僕は右手をかざし強く握ったり開いたりしてみた。
「特に何も感じません」
「取扱説明書はない、それの使い方はおまえ自身で見つけろ」
三人で玉間に戻ってきた。魔王が玉座に座ると別室に控えていたジェルが呼ばれる。
ジェルが魔王の前で跪き、神妙に沙汰を待った。
大臣が沙汰を言いわたす。
「ジェルマーノ・ペルゴレージ、おまえの処分が決まった。心して聞くが良い」
「ははっ」
「私事で陛下の兵を動かした罪は重い。本来なら死刑だがそれは保留する。おまえの身の救済を申し出たキョウヤがさきほどあたえられた試練を乗り越えたからだ。だが罪が消えたわけではない。おまえは兵千人を連れて直ちにエルブレイムの攻略に出発せよ」
「ははっ」
「キョウヤ、お前もペルゴレージについて行くが良い。おまえが役に立たないとわかったときはペルコレージ共々城門の前に首をさらしてやる」
「はい、陛下」
僕たちは城を後にした。
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