第24話 オッド・アイの少女
僕は用意されていた馬車に乗りクルリーズ村を後にした。ついた先は城ではなかった。ジェルの屋敷らしい。
屋敷につくと浅黒い肌にとがった耳を持つグラマラスな女性が迎えに出てきた。。
彼女とジェルと抱き合った。彼女はジェルと体を離すとこちらを見た。彼女は次に僕を抱きしめた。普段の僕ならこんな大人の女性に抱きしめられたら泡をふくか逃げ出すところだが、どちらでも無い。僕は緊張も嫌悪もせず彼女の抱擁を受け入れていた。性別も臭いも違うのにこの温もりはおじいちゃんを思い出させた。
「大変な目に遭いましたね、キョウヤ様」
彼女は僕から体を離すと言った。
「私の妻コリーンです」
「初めまして、コリーン・カーです。主人がいつもお世話になっています」
「そしてキョウノスケの娘でもあります」
「ひいじいちゃんの娘? じゃあ、僕の親戚? つまりおばあちゃん?」
おじいちゃんによく似た性質を持っていたのはそのせいだったのか。
「誰がおばあちゃんですか」
ほっぺをつねられた。
「いてて」
本気でつねったわけではなく、その顔には微笑が混じっている。
彼女は微笑を消し、ジェルに向き直った。
「あなた、お城から手紙が来ています」
受け取ったジェルは手紙を読んだ。読んだ後は元通り封筒にしまう。
「そうかわかった」
二人は深刻そうな表情浮かべた。
「とりあえず中に入りましょう」
彼の後について屋敷の中に入った。外見通り中も広いお屋敷だった。
「大きい屋敷に住んでるんだね」
「ええ、百年前キョウノスケと共に手柄を立てたおかげです」
奥さんのコリーンさんの後ろからひょっこり女の子が顔を出した。
「娘を紹介します」
「ふん」
彼女は僕を一瞥しただけで行ってしまった。
「これイレイン、仕方ないな」
コリーンが呼び止めたが彼女は戻ってこない。諦めてジェルに向き直った。
「手紙には明日、お城に来いと書いてありました。キョウヤ様も一緒にとのことです」
「ぼくも? クルリーズ村に流しておいて今更どんな用があるんだろう」
「やはり少人数とはいえ勝手に兵を動かしたことでおとがめがあるんでしょう」
「え、僕を助けたせいでジェルに罰が?」
「気にしないでください、覚悟の上でしたことです」
「なんとか許してもらえるよう、僕が一生懸命謝ってみるよ」
「陛下からそう簡単にお許しがもらえるかしら」
コリーンも困った顔をした。
ふと部屋の中で風を感じた。窓かドアが開いているのだろうか。このジェルの屋敷は作りは頑丈でクルリーズ村の家のように木を組んで作っただけで隙間風が入り放題ということはない。
部屋の中にともっていた三つのランプの明かりが全て消えた。部屋の中をカーテン越しのわずかな月明かりだけが照らす。
三つのランプが同時に消える程の強い風を感じてはいない。同時に燃料の油が切れる偶然も無いこともないだろうが、この屋敷の使用人が油の補給を忘れる事も考えられない。
ランプも消えてしまったのでこのまま寝てしまおうとも思ったが、その前に窓が開いている可能性を考えて、それを確かめるために僕はベッドから降りた。
ベッドから離れ窓に近づき、カーテンを開けるが窓は閉まっている。
人の気配を背中に感じ振り返ると、みぞおちに強い衝撃を感じた。
「ぐふっ」
僕は腹部全体に爆発したような強い衝撃を受けた。下半身から力が抜け、その場に膝を折りうずくまる。
僕のみぞおちに衝撃を与えた主は、さらに蹴りをうずくまった僕の頭部へと振り下ろす。
目に火花が走り、鼻の奥でツーンとした衝撃を感じた。
僕の体は床の上をゴロゴロと転がり、だらしなく四肢を投げ出し部屋の中央で大の字になる。
さらにその者は馬乗りになり、両手で僕の首を締め上げる。
気管が潰され呼吸が止まり空気を求めて僕の口は大きく開く。脳への血流が遮断され気が遠くなる。目は開いているはずなのに徐々に景色が薄れていく。
目は完全に見えなくなり、意識が闇の底に落ちかけたとき、僕ののどを締め上げていた縛めは不意に解かれた。
「グフッ、ゲホッゲホッ」
呼吸が再開された僕の口から小さな悲鳴と共によだれ飛ぶ。目から涙が零れる。
「なぜ、抵抗しない!」
僕の服の襟元を両手でつかみ締め上げ、彼女は言った。
「ゼーゼー」
僕の口は呼吸をするのに精一杯だ。彼女の顔も視界が涙でにじんでよく見えない。
「なぜ、抵抗しない!」
彼女の平手打ちが飛んだ。何度も何度も僕の左右の頬を打つ。
僕の口の中に鉄の味が広がり、鼻の穴から液体状の物があふれだし頬へと伝い落ちるのを感じる。
僕は視界を取り戻した目でただ頬を打つ彼女を見ていた。左右の頬を打たれているので景色も左右に揺れる。
頬への乱打が止んだ。
僕の上に馬乗りになっている彼女と視線が対峙した。暗くてよくわからないが彼女の顔は怒りで所々つり上がっているように見える。
「私は今、おまえを殺そうとしているんだぞ!」
彼女は、ジェルの娘イレインは言った。
僕は何も言わずに彼女の顔を眺めているだけだ。その行為がさらに彼女の怒りを買ったようだ。
再び両手で僕の襟首をつかみ上げ前後に振り、僕の後頭部を床に打ち付ける。何度も何度も打ち付ける。
僕は抵抗せず両手両足を床の上に力なく伸ばしたままだ、彼女の手を払いのけたりはしない。
「・・・・・・殺していいよ」
僕がそうつぶやくと彼女の動きが止まった。
「殺していい・・・・・・だと?」
さらに彼女の目尻がつり上がった。
「楽に死ねると思うな! 痛みと苦しみにのたうちながら死ね!」
彼女は両手を僕から離し、それを上に上げた。両手のひらの間で火球が生まれ、それが時間と共に大きくなる。
彼女は立ち上がり、僕から離れた。両手の平の火球の赤い光が部屋を照らす。
あんなもの僕に放ったら部屋は火の海になるな、ここは彼女の家なのに。僕はぼんやりとそう考えた。
「死ね!」
彼女は叫んだが、いつまでも僕に死はやってこない。
「どうしたの?」
両手を上に向けたまま微動だにしない彼女に僕は尋ねた。
「最後に言い残したいことがあれば聞いといてやる」
僕は少し考えた。
「・・・・・・何もないよ。僕は君のお父さんに迷惑をかけた、君が殺したい程僕を憎んでいるのはわかるよ。クルリーズ村の人達も僕を助ける犠牲になった。ジャネットは僕を助けるために酷い目に遭った。僕は生きているだけで迷惑をかける人間なんだ。本当にごめんよ、イレイン」
彼女の頭上で燃えさかる火球が消え、辺りに暗闇が戻った。
「私は人間が嫌いだ。群れを作らないと何もできない弱い生物だ。その中でおまえは一番嫌いだ。おまえには死という安寧を与えない。苦しみのたうちながら生きろ!」
そう言い残すと彼女は窓ではなくドアから出て行った。
僕は彼女に取り残され、一人血まみれのまま部屋の中央で大の字になっていた。
しばらくするとメイドがやってきて、ランプに火をともし僕の怪我の治療と散らかった部屋の掃除を始めた。
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