第22話 移送

 朝になった。

 酔った僕はジャネットが去った後は熟睡した。

 頭がちょっと痛い、これが二日酔いというやつなんだろうか。

 隅々まで探したが目の赤いネズミはいない。少しだけジェルが助けに来るのを期待したんだけど。

リーダーが僕の元へとやってきた。


「今日、本隊に君を移送する。処遇はそちらの方で決める」


 本隊というのはリーさんがいるところだろう。


「ジャネットはどうしてます?」

「酷い二日酔いで寝込んでいる。ここに置いていく後から来てもらう」

「そうですか」


 朝食後、僕は両手に鎖をはめられ馬車に乗せられた。ネズミは現れない。


「本隊に到着するには二日程かかる」

「僕はそこへ送られてどうなるんでしょうか」

「それは・・・・・・向こうに着いたらわかる」


 リーダーは言葉を濁した。あまりいいことでは無いらしい。


 半日程進み陽が高くなった頃馬車は止まった。


「休憩を取る」


 昼食時の休憩のようだ。人間もだが馬にも休憩を与えなければならない。

 僕も外に出るのを要請した。もちろん見張り付きで許可された。


「う~ん」


 外に出て体を伸ばした。皆は昼食の準備を進めている。僕は手錠の先が鎖につながれてお散歩の犬状態である。

 馬車は川の畔に止められた。全部で六両ある。武装した単独の騎馬も十数人いる。休憩中でありながら見張りが立っていて、辺りの警戒を怠らない。

 見晴らしが良く敵の姿は見えない。この場合敵というのは僕にとっては味方となる。

 川の水もきれいだ、底は浅く泳いでいる銀色の魚の姿も見える。

 何人かの兵士ものんびり川を眺めている。

 突然川の水面が盛り上がり、半透明な柱が六本立った。それらの柱ははじけて砕けるとそこには弓を構えた男達が立っていた。その男達に見覚えがある。男達は矢を放った。


「敵襲!」


 矢は次から次へと放たれた。

 矢は兵や馬に次々当たった。僕の繋がれていた鎖を持つ兵が矢に倒れる。

 底が見える程の深さしかないはずの川から次々と男達が出てくる。そのうちの一人が僕に近づいてきた。


「キョウヤ様! こちらへ!」


 川から出てきた男はクルリーズ村の村民達だった。

 僕を川へと案内する。僕は男と一緒に入った。

 見た感じ膝くらいしかなかった川の水に僕の体は吸い込まれ流された。

 溺れると思ったら体は水面からでていた。

 目を開けると僕の顔を心配そうにのぞき込んでいる瞳があった。


「キョウヤ様、大丈夫ですか!」

「大丈夫だよ、フェリル」


 となりにはカリーナもいる。


「助けに来てくれたんだね」

「はい」

「あれ、川の水は?」


 川に入って流されたはずなのに体が濡れていない。


「川の流れその物が幻影なんです。この隙に逃げますよ」


 川は元通り涼やかな流れとなっている。

 彼女に手を引かれて走る。


「ほかのみんなは?」

「戦ってますが戦いには不慣れな人ばかりなので、キョウヤを助けられたので皆早々に逃げ出してるはずです」


 フェリルが僕の前に立ちはだかった。


「危ない!」

 

 小さなうめきを上げてフェリルはうずくまった。

 フェリルの胸に矢が刺さり、赤く服を染めていた。


「よくもフェリルを!」


 カリーナがその弓兵に立ち向かう。彼女が足下の石を蹴るとそれが一直線に飛んで弓兵に当たった。


「フェリル! フェリル!」


 肩をつかんで揺すると、彼女は薄く目を開けた。


「キョウヤ様、お怪我はありませんか・・・・・・」

「フェリルのおかげで僕は無事だよ」

「ここは私が、キョウヤはフェリルを連れて逃げて!」

「わかった! カリーナも無理しないで」


 僕はフェリルを背負って走った。彼女は羽根のように軽い。


「キョウヤ様、足手まといになって申し訳ありません」

「悪いのは僕だよ、良いからしゃべんないで」

「追っ手に追いつかれます。どうか私を捨てて一人で逃げてください」

「君を置いていけるわけ無いだろう!」


 僕はフェリルを馬車の荷台に載せた。

 御者席に座り手綱を取った。

 馬車を操るなんて初めてだが、幸い馬は走り始めた。

 どこに行ったらいいかはわからない。とにかく一刻も早くフェリルを治療しなくては。記憶を頼りにクルリーズ村へと馬車を向かわせた。そこならフェリルの治療ができるかも知れない。

 懸命に馬車を走らせた。幸い迷うことなくクルリーズ村へと着いた。手綱を強く引くと馬車は素直に止まった。誰か人を呼ばないと。僕は馬車を飛び降り、長老の家に向かった。

「長老! 長老!」

 叫びながらドアを開けて中に飛び込んだが人のいる気配がしない。

 全ての部屋を見て回ったが人っ子一人いなかった。

 長老の家を飛び出て、ほかの家も見て回ったが誰もいない。みんな避難してしまったのか。僕にはその避難場所がわからない。

 馬車へ戻るとフェリルの様子を見た。息が荒く顔が真っ青だ。僕は彼女を抱きかかえると彼女の家に向かいベッドに寝かせた。

「家に帰ってきたんですね」

「そうだよ、でも村には今誰もいない」

「そうです、村のみんなはキョウヤ様救出に出かけました」

「みんな? 僕一人のために?」

「そうです、あなたは陛下から預かった大事な人」

「なんでそんな戦いに素人な人ばかりのこの村人だけで救出に来たんだよ」

「陛下にも連絡しました。だけど冷たい反応だったのです。ペルゴレージ様にも連絡をしました。けど、陛下の命令がなければ兵を動かすことができないとのことです。私たちだけで動くしかなかったのです」

「僕一人のために、僕なんか魔王に見捨てられた人間なのに」

「陛下に見捨てられたかどうかなんて関係ありません。キョウヤ様はもう立派なクルリーズ村の仲間なんですから」


 僕には医療の知識は無い。彼女の胸に刺さった矢を抜いていいのかどうかも分からない。抜けばおそらく出血が多くて彼女を死なせてしまうだろう。医療に詳しい誰かが帰ってくるのを待つしか無い。


「好きです、キョウヤ様」


 僕はフェリルの手をとって握った。


「僕もだよフェリル、僕は自分の世界に帰らない。一緒にこの村で暮らそう」

「うれしいです、キョウヤ様」

「だから、そのキョウヤ様は止めてくれって何度も言ってるだろ」


 フェリルからの返事はない。


「フェリル、フェリル」


 さっきまで盛んに上下していた胸の動きは止まり、顔からは怪我の苦悶の表情は消えていた。


「お願いだよフェリル、一人にしないで。また子守歌を歌ってよ、あれ大好きなんだ」


 返事はない。彼女は静かに微笑んでいるように見える。


「ごめんねフェリル、ごめんね」


 僕は彼女の手を握ったまま謝ることしかできなかった。

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