第20話 武川京矢
夜が明け夕方になり、待ち合わせ場所の丘の上に来た。フェリルは両手を手錠にかけられ、その両隣に屈強な男がいて両側から捕まえていた。僕も相変わらずジャネットと手錠で繋がれている。
陽はだんだんと山の向こう側へと隠れ、空は夕焼けとなり辺りを赤く染める。
向こうから馬車がこちらに近づいてきているのが見える。
「来たか」
リーダーがつぶやいた。
誰が乗ってるんだろう。武川京矢はここに居る。
御者は黒いマントに身を包んでいる。御者は馬を下りた。
こちら側に歩いてくる。
リーダーのそばまで来た。顔はマントを深くかぶっているので見えない。
「タケカワキョウヤはいるのか」
御者は頷き馬車を指さした。
リーダーがあごをしゃくると数人の部下が馬車に向かう。後ろの荷台の幕をあげ、中に入るとすぐに出てきた。
「中には誰もいません」
御者はマントを脱ぎ捨てた、その手には光るものがあった。リーダーの後ろに回り手にしていた短刀を首筋に当てる。
「皆動くな、動くとこいつの命はないぞ」
マントを脱ぎ捨てた少女は精一杯に声を張った。
「カリーナ・・・・・・」
それはメッセンジャーとして解放されたカリーナだった。
「やれやれ」
リーダーは自分の首筋に刀が当てられているのも意に介さず、その短刀をつかんでいる彼女の右腕をつかんだ。
「こら、何をする離せ!」
彼女は身もだえするが捕まれた右腕は自由を失った。
彼女は投げ飛ばされ地面にたたきつけられた。
すぐに部下がやってきて彼女を取り押さえた。
「やはり来なかったか」
彼の右手には今まで自分の首に当てられていた短刀がある。
「日は沈んだ。こいつもこの場で処刑する。羽根の子もここへ連れてこい」
フェリルが数人の男に連れてこられ、カリーナの横に座らせられた。
「フェリル、ごめん」
カリーナはフェリルに謝った。
「謝らなくて良いの、カリーナちゃん。そのまま逃げてくれれば良かったのに」
二人をそこへ座らせ前屈みにさせた。首をはねるつもりなんだろう。
「見ない方が良い。向こうへ行こう」
ジャネットが見てられないという風にその場を後にしようとする。だが僕はそこを動かなかった。手錠で繋がれているので彼女も移動できない。
剣が大きく振り上げられ彼女たちの首へと振り下ろされようとしていた。
「待ってください」
振り上げられた剣が止まった。
「なんだね、ケイタ」
リーダーは言った。
「その子達を殺さないでください」
「君にそれを決める権利はない」
「権利ならあります」
「やめて、私は良いの!」
僕の決意を悟ったフェリルは叫ぶ。
「タケカワキョウヤを連れてこなかった以上彼女たちにはここで死んでもらう」
「武川京矢ならいます」
「なんだね、君が連れてくるというのかね」
「何を言ってるんです、武川京矢は最初からあなたの目の前にいるじゃ無いですか」
「ケイタ・・・・・・」
僕が発した言葉の意味を理解したジャネットが驚きの声を上げ、僕から離れようとしたが手錠で繋がれているのである程度の距離しか取れない。
「ふむ、彼女たちを助けようと面白くもない嘘をついてるんじゃないかね」
「嘘じゃありません、本物ですよ。彼女たちに聞いてみてください」
リーダーはフェリル達に向き直った。
「おい、娘達。本当にこの男がタケカワキョウヤなのかね」
彼女たちを押さえていた男達が顔を上げさせた。
しかしカリーナは口を固く結び顔を背け、こちらを見ようとしない。フェリルは大粒の涙をぽろぽろこぼしている。その彼女たちの沈黙が僕の言っていることが本当だということを証明している。
「どうやら本物のようだな」
リーダーも雰囲気で察知したようだ。
「いいだろう、二人を離してやれ」
部下に命令するとカリーナを羽交い締めにしていた男達は彼女から離れ、フェリルの手錠も外された。
「フェリル、カリーナ、ごめんよ怖い目に遭わせて。最初からこうすれば良かったんだ」
「おまえ馬鹿だよ、キョウヤ」
「キョウヤ様・・・・・・」
フェリルが僕に抱きつく。
僕もフェリルの背中に手を回す、彼女の白い翼が静かに震えていた。
「ごめんね、二人を助けようと乗り込んだはいいけど、結局僕には何もできなかった」
「キョウヤ様・・・・・・キョウヤ・・・・・・」
フェリルは何度も僕の名を呼んだ。
「カリーナ、フェリルを連れて行って」
「わかった、さぁフェリル」
カリーナが僕からフェリルを引き剥がそうとする。
僕の胸に顔を埋めていたフェリルが顔を出す、二人は自然見つめ合う形になった。彼女が目をつぶる、僕はその額に口をつけた。
「さよならフェリル、元気でね」
「さよならキョウヤ」
二人は手を繋いで馬車の方に歩いて行く。フェリルは何度も立ち止まりこちらを振り返る。そのたびにカリーナに強く手を引かれる。カリーナはこちらを振り返ったりしない。
二人は馬車に乗り込み、馬車をたたせる前にフェリルが立ち上がり大きく手を振った。
僕も彼女たちに大きく手を振った。彼女たちは見えなくなった。
「ありがとう」
フェリル達との別れを邪魔しないでくれた、リーダーにお礼を言った。
「気が済んだなら来てくれるか」
「ええ、その前にこの手錠を外してもらえませんか。今更逃げたりしませんよ」
リーダーは僕とジャネットをつなげていた手錠を外すよう部下に命じた。
僕は今まで手錠がはめられていた左手首を右手でさすりながらジャネットの前に向かい合った。
「ジャネット・・・・・・」
僕の左頬に彼女の平手打ちが飛んだ。口の中にさびた鉄の匂いが広がる。痛い、ヒリヒリする。そういえば僕は叱られるのは良くあったが、誰かに殴られるのはこれが初めてじゃないだろうか。
「あんた、よくも私を今までだましていてくれたわね」
「ごめんね、ジャネット」
もう一度彼女の張り手が飛んだ。今度は右頬を打つ。右耳の鼓膜がむわーんとする。
「許さない、絶対にあんたを許さない」
ジャネットの目には涙が浮かぶ。彼女が泣いているのは僕の所為なんだろうか。
「だますつもりはなかった、ただ死にたくなかっただけなんだ」
「うるさい! おまえなんか吊されてしまえ!」
ジャネットは走って行ってしまった。
「さぁ行こうかケイタ、いやキョウヤ」
リーダーに連れられて僕は連れて行かれた。束縛される事は無かったが、フェリルやカリーナとは比べものにならないくらい多くの見張りをつけられた。
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