第19話 告白

 カリーナが突然牙を剥き、こちらに向かって来た。

 だが足の鎖が彼女の自由を阻み僕に近寄れない。


「うわっ!」


 僕は驚いて尻餅をついた。


「何をしている、人質と勝手に会話をするな!」


 ジャネットと男が一人テントに入ってきた。この男がこの部隊のリーダーなんだろうか。


「ごめんなさい。見た目が可愛かったもので、つい話しかけてしまいました」

「見た目が可愛らしくても魔族、油断すると生きたまま肝を食われるぞ」


 彼女たちはそんなことはしない、と怒鳴りつけたいのを我慢した。さっきの凶暴なカリーナは、僕が知り合いだとばれないようにとっさにした演技だろう。


「気をつけます」

「ジャネットから聞いた。君はタケカワキョウノスケの情報を持っているんだな」

「はい、僕はペルゴレージ様のところで働いていました、武川京矢はいまペルゴレージ様のお屋敷にいてこんな田舎にはいません」

「君は魔族の奴隷なんだってね、そんな人間の言葉を信用するわけにはいかないな」

「僕の言葉を信用しなくてもいいです。でもこれだけははっきりしています。武川京矢様は重要人物です。彼女たちを人質にとってもそんな交換には絶対に応じないでしょう」

「ふむ」


 リーダーらしい男は考え込んだ。


「では、最終決定だ、二人のうち一人を解放する。解放した方は伝達者となってもらう。残った方はキョウノスケのひ孫が来なかった場合本当に処刑する」


 リーダーは折衷案を出した。


「どちらにメッセンジャーを頼むかな」

「私が残ります」


 フェリルが手を上げた。


「いや私が残る、フェリルが行ってくれ」


 リーダーはこのやりとりに興味なさそうに言った。


「どちらでも良い、それじゃ羽根のある方が残れ」

「しかし・・・・・・」


 カリーナが何か言いたそうにしている。


「いいの、カリーナちゃん行って」


牢番を連れてきてカリーナの足かせを外した。


「明日の夕方までにキョウノスケのひ孫を連れてこなかった場合、この子を処刑する。待ち受け場所は村の北にある丘の上だ。このメッセージを持っていけ」

「かならず帰ってくる、それまでフェリルを頼んだぞ」


 最後の「頼んだぞ」は僕に向かって言ったんだろう。彼女たちが僕を差し出すとは思えないのでこのままだとフェリルが処刑されてしまう。それまでになんとか彼女を助けなくては。

 カリーナは名残惜しそうに何度もこちらを振り返りそして闇の中に消えた。

 フェリルの命は僕にかかっているのだ。


「では、君にはいろいろ聞きたいことがあるのでこちらに来てもらおう」

「わかりました、知ってることをお話しします」


 僕は出て行くとき、フェリルの顔を見て大丈夫と目配せした。

 僕はリーダーのテントに連れて行かれた。ジャネットも一緒だ。


「君の名前は」

「田之倉圭太です」

「ではケイタ、君の知っていることを話してもらう」

「はい、なんでもどうぞ」

「君はタケカワキョウノスケのひ孫の世話をしていたんだな」

「僕は彼のお世話をするようになって、まだ一ヶ月しか経っていません」

「どういう人物だ」

「歳は二十代後半、身長はあなたと同じくらい。武道の心得は無いと言ってました」

「彼はどこからやってきたんだ」

「こことは違う世界、日本という国です」

「こことは違う世界とはどういうことだ」

「よくわかりません。魔族の魔法によって彼の意思とは関係なく、この世界に召喚されました。彼のいた世界には種族は人間しかおらず、ドワーフもエルフもいないそうです」


 一旦出て行ったジャネットが戻ってきた。木のコップに何か飲み物を持ってきて僕とリーダーの前に置いた。お礼を言って一口飲んでみたがただの水だった。


「種族は人間しかいないのか、それじゃ魔族は?」

「魔族もいないそうです、だから魔法というものが存在しません」


 僕は虚実まぜこぜにして嘘を並べた。


「う~む」


 彼は考え込んだ。


「僕からも聞いて良いですか?」

「なにをだ」

「なぜそんなに武川京矢様を恐れるんです? 彼は戦争なんてしたことがない、普通の若者です。こちらに無理矢理召喚されていやいや戦争をさせられている。できれば今すぐ自分の世界へ帰りたいとさえ思っています」

「百年前タケカワキョウノスケが何をしたか知っているな」

「いえ、全然」


 ジャネットが僕の頭をはたいた。


「知らないものは知らないんだからしょうが無いだろ」


 僕は頭をさすりながらジャネットに文句を言った。


「今から百年前、今と同じ革命が起こったの。革命軍はあと少しというところまで魔王を追い詰めた。でも一人の人間が現れ魔族の味方となり、革命軍を追い返したと言うわ。弱体した革命軍はそのまま自然消滅したというわ」

「ひいじいさん・・・・・・京矢様のひいじいさんはすごい人だったんだね」

「ええ、だから皆は恐れてるの。今は私たち革命軍が優勢だけど。そのタケカワキョウヤに戦況をひっくり返されるんじゃないかと」

「大丈夫じゃないかな。ひいじいさんが優秀だからといって、そのひ孫も優秀だとは限らないよ」


 そこまで僕とジャネットのやりとりを見ていた、リーダーが口を開いた。


「どんな人物かはわからんがとにかく先に手を打っておこうとして勇者チャーリー自らタケカワキョウヤのいる部隊を襲ったんだが、あと一歩のところで逃げられてしまったらしい」

「つまり、京矢様は負けたんでしょう。たいしたことは無いな」

「タケカワキョウノスケも最初は連戦連敗だったらしい。ところがあるときに急に変わったという」

「なぜ変わったのでしょう」

「魔王から力をもらったからだというもっぱらの噂だ」

「そんな力があるなら最初からあげればいいのに」


 少なくとも僕はもらっていないので、それは単なる噂だろう。それで肝心なことを聞いた。


「もし、もしもですよ。取引に応じて武川京矢様が現れたらどうするんですか」


 リーダーとジャネットは顔を合わせた。


「本部に連れてこい、とのことだ」

「本部に連れていって、その後は?」

「多分、生かされたままでいることは無いだろう」


 僕のときもそうだけど、ここの人は残虐だな。話し合いの余地もない。


「話合って味方になってもらうとかいろいろあるでしょう。残酷すぎる」

「そんな簡単な話じゃないの。キョウノスケは百年経った今でも恨まれているんだから。そのひ孫で恨みを晴らそうとしても不思議じゃないでしょう」

「だって・・・・・・」

「そろそろ夜も遅い。寝よう」


 リーダーが僕とジャネットの会話を遮った。


「で、君の処遇だが、ジャネットの知り合いらしいが、魔族のところにいたんだな。このまま解放するわけにも行かない」

「ケイタなら大丈夫。何かあったら私が責任をとります」

「確かに人畜無害のように見えるので、明日のタケカワキョウヤと人質の交換まではここに居てもらう」

「ええ、わかりました。その代わり人質交換の場所に連れて行ってください」

「いいだろう。こっちに来い」


 リーダーは人を呼び何か黒い重いものを持ってこさせた。

 その黒くて重い物は手錠だった、彼は手錠を僕の右手にかけた。そして空いている一方がジャネットの左手にかけられた。

 彼女が目を丸くする。


「文字通りジャネットには責任をとってもらう。逃げないよう、変な行動は取らないようしっかり見張っていてくれ」

「変なことしないでよね」


 彼女が横目で僕を見た。彼女が僕を一人の男としてみていたのは意外だ。


「ジャネットのほうが強いから何もできないよ」


 その夜僕とジャネットは同じテントで布団を並べて寝た。

 僕はなかなか寝付けなかった。


「戦争って嫌だね、ジャネット」


 僕は布団に入ってるだけで、まだ寝ていないであろうジャネットに話しかけた。


「もうすぐ戦争は終わるわ、そしたら平和な世の中になる」

「どうかな、僕には魔族も人間も同じに見える。人間が勝利したからといって平和な世の中になるとは思えない」


 僕は自分のいた世界を思い浮かべた。そこには魔族はいないが身分差別も貧富の差も存在する。そして魔族対人間では無く、人間対人間の戦争がある。


「良いから寝ましょ」


 ジャネットに強く言われ、僕は黙った。

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