第16話 平凡な日々

 僕の仕事は女性達に交じって畑仕事や家畜の世話に精を出すことだった。男達は森の中に入り薪拾いや猟をするがそれはやらせてもらえなかった。

 最初はVIP扱いだった村の人もだんだん打ち解けてきて、特別扱いをする人はいなくなった。


「よう、キョウヤ」


 いきなり、カリーナに背中を叩かれた。この人は最初から自分を特別扱いにしていない。


「で、伽をしているのかい?」


「ぶっ、してないよ」


 結局、フェリルは言葉の意味をこの子に聞いてしまったのか。


「無理矢理だったら、許しておかないけど恋愛の末でなら自由だ。祝福するよ」


「自分は一年でこの村にいなくなるのにそんなことはしないよ」


「それはさみしいな、ずーとこの村にいろよ。もしくはフェリルをおまえの国に連れていけばいい」


「帰るよ、一年経ったら。フェリルも僕に付いてこないよ」


「そんなに帰りたいのか。やっぱりかーちゃんのおっぱいが恋しいのか。キョウヤ」


 そういえばどうしても向こうに帰りたいと言う理由はないな。家族は冷たいし、浪人で無職だし。それに対してこちらでは特別扱いしてくれるし。でもじいちゃんだけは別だ、もう会えないのは寂しい。


「今、一瞬こっちにいても良いかと考えただろ」


「人の心を読まないでよ」


「わたしはず~といてくれても良いんですよ」


 いつの間にかフェリルが現れた。どこから話を聞いていたのだろう。


「ありがとう、フェリル」


「いい子だろ、もらってやれよ」


 正直ちょっと心が揺らいだ。


「フェリルだってほかに好きな人の一人や二人はいるだろう」


「そんな人いません」


「そういえばこの村若い男の人がいないね」


「若い男の人はみんな戦争にかり出されている。私たちみたいな下っ端は真っ先に最前線に送られる。死んだという人もちらほら聞いているな」


「そう・・・・・・なんだ」


「強いやつこそ最前線に立つべきだと思うけど、実際は弱いやつ程最前線に送られる。そして真っ先に死ぬ。そういうやつは大体立場も弱いから文句のつけようもない」


 言われてみれば僕のでた戦争でもあまり強そうな魔族はいなかった。


「これ言ったらまずいんだけどな」


「そうだね、聞かれたらまずいね」


「だからキョウヤ様、もう一度復帰してえらくなって私たちみたいな弱い魔族を保護してくれよ」


 カリーナが悲しい顔をして僕を見つめている。なんとかしてあげたいけど魔王軍を首になった僕には無理、僕もただ彼女を見つめ返す事しかできない。


「カリーナちゃん、キョウヤ困ってる」


 カリーナはぱっと笑顔になった。


「冗談だよ、冗談。何マジな顔してるんだよ。失敗してここに流されてきたあんたに何も期待なんかしてないよ」


「それはそれでちょっと傷つくなぁ」



 その夜、フェリルと夕飯を共にしていた。最初は彼女が僕の家まで食事を届けていたが今は彼女の家まで僕が出向いている。と言ってもお隣さんだけど。

 彼女も一人暮らしだ。


「フェリルももずーと一人暮らしなんだ」


「ええ、ちょっと前まで私を育ててくれたおばあさんと二人暮らしだったんだけど去年亡くなってしまって」


「それは寂しいね」


「ええ、でも今はキョウヤがいるから寂しくないです」


 胸にツーンとくる。本当にフェリルは良い子だ。カリーナの言うとおりここに居ようか。


「僕にもっと力があれば、この村の人によい暮らしをさせられるのに」


「昼間カリーナちゃんに言われたこと? そんなこと気にしなくても良いですよ」


「なんとかできないかなとは思っている」


「私この暮らしが気に入ってるんです。貧しくても、村の一員としておいてくれるだけでも感謝しないと。昔人間の村にいたときには私魔族の血が半分入っていたので迫害されました。気がついたら森の中で泣いていました。そこをおばあさんに拾われてこの村に来たんです」


「そうなんだ、お父さんは魔族じゃないの」


「誰だかわかりません」


「探したりはしないの?」


「今となってはどうでも良いです。お父さんとお母さんが本当に愛し合って私を作ったのかわかりませんので」


「そんなことないよ、無いと思うよ」


「だといいんですけど」


 食事が終わって僕は彼女の家を後にした。


 次の日、狩りにつれてもらえることになった。


「やった! 村の外に出られる」


 僕はウキウキした。


「くれぐれも無理はしないでください、キョウヤ様」


 喜ぶ僕を長老は心配そうに見つめる


「わかってるよ長老」


 無理をしたくても、僕の腕では矢を獲物に当てることができない。槍を投げても届かないだろう。

 村の男衆と一緒に村を出た。


「狩りと言っても前もって仕掛けていた罠に獲物がかかっていないか確認するだけです」


「罠ってどのくらいの数?」


「全部で二十くらいです。急がないと全部見て終わる前に日が暮れてしまいます」


「それは大変急がないと」


 一つ目の罠は落とし穴だった。何もかかっていない。

 二つ目の罠は網だった。何もかかっていない。

 三つめの罠は箱形の罠だ、獲物が中に置いてある餌を食べると入り口が閉まる仕掛けだ。


「何も入っていないね」


「全部見て終わって一個でも入っていたら良い方でさぁ」


「二十個も仕掛けて罠にかかっていないときもあるんだ」


「そっちの方が多いですよ」


「あまり、ここら辺は獲物がいない地域なんだね」


「あっしらみたいな弱い魔族が住むのを許されているのはこういう痩せた土地なんですよ」


 話を聞いてちょっと悲しくなってきた。彼らの立場に同情する。僕はこの間までの城暮らしや、日本での暮らしを思い出した。メイドがいて一日三食におやつまである。なんと贅沢な暮らしだったんだろう。今は生きていくだけで精一杯だ。


「しっ、キョウヤ様。隠れて」


 慌ててその場でうずくまる。


「なになに、なんかいた?」


 ひそひそと話す。何か獲物になりそうな動物がいたんだろうか。

 全員が態勢を低くとり木や草の物陰に隠れる。そのうちの一人がこそこそと斥候にでた。

 しばらくしたら戻ってきた。その顔は獲物を見つけた喜びはなく、かなり真剣な表情を浮かべていた。


「そーと頭を上げてみてください」


 木陰から頭を出しみると、誰かがいた。


「人間です」


 数人の武装した男達がいる。


「何をしているんだろう、狩りにきたのかな ?」


「辺境とはいえ、ここは魔族の勢力下だから普通の人間は入ってきません。おそらく反乱軍です。見つかるとやっかいだから引き上げましょう」


 狩りは止めにして村へ帰ることにした。

 村に帰ってこのことを長老に報告した。


「ううむ、こんな辺境になんのようだろう。重要な施設があるわけではないし、とりあえずお城に報告しておこう」


「今夜は寝ずの番をする」


 男達が言った。


「キョウヤ様は危ないので別の村にお行きください」


「え、みんなを置いていけないよ」


「キョウヤ様は重要人物。何もなくても守らないといけません」


「ささ、荷物をまとめて。念のためです、二,三日お過ごしください。キョウヤ様に何かあったら我々がお叱りを受けます」


「僕はそんな重要人物じゃないよ。でもわかった、二,三日だけだから」


 僕は、フェリル達に見送られて馬車に乗った。


「二,三日で戻るからね」


 馬車の荷台から僕はみんなに手を振った。

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