第15話 白い翼の少女
僕は意識を戻した。僕は冷たく固い地面ではなく、柔らかくて温かいところで寝ていた。頬に風が当たって気持ちよい。歌が聞こえる。
「気がついた、キョウヤ?」
フェリルの声が聞こえる。暗くてよくわからないがここは僕に与えられた家のようだ。そのベッドに僕は寝ている。どうも頭が温かくて柔らかいと思ったらフェリルに膝枕されていた。フェリルの背中の翼がゆっくりと大きく羽ばたき、僕に風を送っていた。窓の隙間から漏れ出る月の光を反射して羽が薄い青に光る。
「僕は倒れたのか、フェリル」
「ええ、サジク酒を飲んで酔っ払ったの」
「僕が飲んでたあれってお酒だったのか」
「ええ、あんなに飲んで大丈夫かなって思ってたら、案の定でした。カリーナちゃん、じゃんじゃん飲ませて、こうなることがわかっていただろうに。お酒弱いんですね」
彼女が口に手を当てクスクス笑う。
「弱いも何も、飲むの初めてだよ。僕産まれた国ではお酒は二十歳以上じゃないと飲んじゃ駄目なんだ」
「二十歳? それじゃ自分の結婚式でお酒は飲めませんね」
ということはここでは二十歳以前に結婚するのが当たりまえなのかな。
「フェリルは歳いくつなの?」
「十五歳です。カリーナちゃんも同じ」
「じゃあ同い年だね。こちらの世界は結婚は早いのかな」
「魔族は寿命が長いからそうとも言えません。でも私たちはほぼ人間と同じ、だから結婚も早い」
「フェリルは結婚相手がいるの?」
「この村には若い男の人がいないから、今のところはありません」
そういえばさっき村人を紹介されたとき、若い男性はいなかった。男性は全て既婚らしい年齢に見えた。
「もうちょっと休んだ方が良いです」
外は騒がしい、どうやら宴会はまだ続いてるようだ。
フェリルの歌声が流れる。子守歌のようだ。
「子守歌?」
「あ、ごめんさい、うるさかった?」
「そんなことはないよ、続けて」
フェリルの歌が再び始まった。
「この歌、母の思い出なんです」
「?」
「母の顔も覚えていませんが小さい頃母がベッドに入る私に歌ってくれたこの歌だけを覚えています。私に残された唯一の家族との思い出です」
「ほかに覚えていることはいないの」
「ほかには何も、気がついたら私は一人で森の中で泣いていました、きっと捨てられたんだと思います」
「そんなことはないよ、子供を捨てる親なんていない」
「いますよ、現実に食い扶持に困って捨てたり、お金に困って売ったり、魔族との混血児がやっかいになって捨てたり」
「子供のことを嫌う親なんていない。きっと何か理由があったんだよ。フェリルのお母さんも何か理由があって手放したんだ。僕はそう思う」
そうは言ったけど僕も親のことを思い出した。幼い頃から何をやっても駄目な僕に、親も興味を示さない。親の愛情は二人の兄に向かっていた。捨てられはしなかったけど。おじいちゃんがいなければ僕はどうなっていたんだろう。
「キョウヤは優しいね」
そう言ってフェリルは再び子守歌を歌い始めた。
目が覚めると今度はフェリルはいなかった。彼女の子守歌をきいているうちに再び眠っていたようだ。僕の体に毛布が掛かっていた。窓の隙間から月の光ではなく日の光が零れる。日が昇っているようだ。窓と言ってもガラスははまっていない。窓の覆いの板を上げてつっかえ棒をした。日の光を僕は全身に浴びる。外を見ると村人が忙しそうに働いていた。
僕は布きれを出して顔を洗いに井戸に向かった。
井戸にはフェリル、カリーナと数人の女性が話しに花を咲かせていた。
「おはようございます」
僕を見つけたフェリルが挨拶をした。ほかの女性も挨拶を口にし深々と頭を下げる。
「おはようフェリル」
「おはようございますキョウヤ様、夕べはお楽しみでしたね」
とカリーナがどこかの宿屋の親父みたいなことを言う。この世界にテレビゲームがあるとは思えないので偶然の一致か。フェリルはカリーナの言ったことが理解できずにきょとんとしていた。
「皆さんかしこまらないでください、僕もこの村の一員です。敬語も無用です」
「わかった。これからもよろしくな、キョウヤ」
僕の肩をバシバシ叩くカリーナ。
「君は最初からかしこまってなんかいないよ」
「そだっけ? まぁ気にするな」
豪快に笑うカリーナ。
こういうタイプはクラスに一人ぐらいいる。心に垣根がなく男女の分け隔てもない。僕はこういう女の子が実は苦手だ。
「あとで、朝ご飯お持ちしますね」
「ありがとうフェリル、でもご飯ぐらい自分で作るよ」
「でもそれが私の仕事ですから」
「いいさいいさ面倒なことはしないで」
カリーナが近づいて口を僕の耳に寄せる。
「だまって世話になっとけ、でないと怒られるのはフェリルなんだぞ」
彼女はドスの入った低音でささやく。
僕は言われたことの理由を少し考えた。
「わかった、しばらくお世話になるよフェリル」
フェリルとカリーナはほっとした表情を見せた。
「朝ご飯を食べたら、バリバリ働こう」
そう言うとそこにいた女性達はまたまたぎょっとした表情を見せた。
「あのなぁ、キョウヤ」
カリーナがまた何か言おうとする。
「長老に何か仕事をもらえるよう話してみるよ。みんなには迷惑をかけない」
顔を洗って家に帰るとすぐにフェリルがお盆に載った朝ご飯を持ってきた。
食べ終わるまでフェリルは待っていた。
食べ終わるとフェリルと一緒に長老の家にいった。
「おはようございますキョウヤ様。夕べはお楽しみでしたね」
長老は僕の姿を見るなりどこかで聞いたようなことを言った。
「この村ではそういう挨拶が流行ってんの? それに僕は別に何も楽しんでなんかいないけど」
長老は僕の言葉にぎょっとした。
「えっ、夕べフェリルをキョウヤ様の家にやったんですが。これはどういうことだねフェリル」
「ええ、夕べはキョウヤ様とベッドを共にしてお慰めしろと言われたのでその通りにしました」
「具体的にどういうことをしたのじゃ?」
「だから、酔いが覚めるまで膝枕をして子守歌を歌って、お休みになられたので自分の家に帰りました」
「それだけか?」
「それだけです」
「なんと・・・・・・」
長老は天を仰いだ。
「申し訳ありませんキョウヤ様、教育が成ってなかったようで。あとでこのものには教育を十分にして今夜こそ伽を努めさせます」
トギって言葉の意味はわからないが彼がフェリルに何をさせようとしているのかはわかった。
「長老、今日来たのはその事だよ」
「やはりそうですか、このものにはあとで罰を与えます。キョウヤ様自身で罰を与えたいのならそのようにします」
「違うって、その特別扱いを止めて欲しいと言いに来たんだ」
「特別扱いを止めて欲しいですか」
長老は意外だという表情を浮かべた。
「そう、僕は救世主を首になって今はただの小僧だ。村の一員として扱って欲しい」
「いえいえ、とんでもない。そんなことをしたら我々が怒られます」
「誰が怒るのさ。僕はすでに魔王に見捨てられてるのに。危うく罰を受けることになるところだった。でもひいじいちゃんがえらい人だから助かった。それに気を遣って疲れるだろう」
「そうは言っても・・・・・・」
「長老が敬っているのは僕じゃなくてひいじいさんの武川京ノ助なんだよ」
「はあ、わかりました」
「わかったのなら僕に仕事ください」
「仕事と言っても、キョウヤ様に何かありましたら私どもが怒られます。簡単な仕事で良いですか?」
「ん~あまり困らせてもしょうがないから、それでいいよ」
「では、フェリル。おまえ達の仕事をお教えしなさい」
「はい、長老」
話はついた。僕たちは長老の家を後にした。
「キョウヤ、私は夕べ、何かを間違えたのかな?」
「そんなことは気にしなくて良いよ」
「トギってなんでしょう? キョウヤもそれをお望みですか?」
「いいから忘れなよ」
「キョウヤが教えてくれないなら、カリーナちゃんにあとで聞いてみよう」
「駄目だって聞いちゃ」
あの子はきっと言葉の意味を知っているだろう。
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