第14話 クルリーズ村

 次の日、僕はジェルと一緒に馬車に乗ってクルリーズ村に出発した。飛行魔法がかけられ空を飛んだそれは国の端のほうにあるクルリーズ村に半日で着いた。

 馬車を降りると一人の老人が来た。


「ようこそクルリーズ村へ。私がこの村の長を務めさせてもらっているタールと申します」


「こんにちは、初めまして。武川京矢です、お世話になります」


「この方はどんな方かわかっているな。くれぐれも粗相がないように」


 ジェルは老人にすごんだ。


「も、もちろん存じ上げております。あのタケカワキョウノスケ様のひ孫であらせられる方でらっしゃる」


「そんなにお年寄りをいじめないでよジェル。タールさんもそんなにかしこまらなくても良いよ。所詮僕はひいじいちゃんみたいには成れなかったんだから」


「ではこちらに。粗末な村ですが、必要なものがあったら遠慮無く言ってください」


「それでは私はこの辺で。お元気でキョウヤ様」


「えっ、もういっちゃうのジェル。のんびりしていけば良いのに」


「そうです、ペルゴレージ様。ごゆっくりしていけばよろしいかと」


「残念ながら、私はこの村にキョウヤ様を送ることだけを許されました。村に入る事は禁止されています」


「そうか残念、元気でねジェル」


「ええ、一年後また迎えに参れるよう頼んでみます」


 僕と長老は大空へと飛び去る、ジェルの乗った馬車を見送った。


「ではキョウヤ様こちらへ」


 僕は長老の案内で村に入った。鶏が放し飼いになっていて盛んに地面をつついている。

家は三十件程が通りを挟んで並んでいた。全てあまり上等には見えない。そのうちの一軒の前に止まった。


「こちらでございます。こちらの家をお使いください」


 ドアを開け中に入った。キッチンとベッドルームが一緒の、よく言えば1LDKの部屋だ。但し床はむき出しの地面で。風呂とトイレが無いことが一目でわかる。


「トイレはどこ?」


「便所は共同です、外にあります」


 家というより小屋だ。何もかもこの間まで住んでいた城と違う。僕はこの村で一年間生活しなければならない。


「今夜はささやですがタケカワ様を歓迎する宴をとり行います。」


「そんなかしこまらなくて良いよ。ぼくはもうえらい人じゃないんだから」


「滅相もない。あのタケカワキョウノスケ様のひ孫に粗相はできません。では用意ができたら呼びに来ます。それまでのんびりしてください」


 僕は家に一人取り残された。


「えらいのはひいじいちゃんであって、僕はもうただの無職小僧なのに」


 僕は少し居心地の悪さを感じた。


 日が暮れて空が赤くなった。それまですることのない僕はベッドの横になっていた。


「キョウヤ様。宴の用意ができました」


 白い羽を持つ少女が呼びに来た。


「うん、今行く」


「きれいだね」


「えっ!」


 少女は両手で顔を覆い真っ赤にした。


「いや、きれいといったのはその羽根のことだよ、と言っても君がきれいじゃないという意味じゃないけど」


「ありがとうございます。でもこの翼、背中についているだけで空が飛べないんです。邪魔なだけです」


「飛べないんだ」


「ええ、軽く動かすことぐらいはできるんですけど」


 彼女は羽根を大きく広げ軽く羽ばたかせて見せた。その姿はまるで天使のようだ。


「わたしはフェリルと言います」


「僕は京矢、武川京矢」


 クスリと彼女は笑った。


「もちろんご存じです、キョウヤ様」


「その「様」は止めてくれないかな、京矢で良いよ」


「とんでもない、そんな失礼なことできません」


「いいよいいよ、もう僕は魔王軍に解雇されてえらくもなんともないんだから」


「それでもキョウノスケ様のひ孫とあらばそんな失礼なことはできません」


「それだってえらいのはひいじいちゃんであって僕じゃない。」


「でも、そんな失礼な事をしたら私が怒られちゃいます」


「お願いフェリル、僕を見て。今の僕を見て欲しいんだ」


 フェリルは目を丸くした。


「わかりました。二人きりのときだけキョウヤと呼ぶ、でいいですか?」


「うん、それでいいよ、あと敬語もいらない」


「分かり・・・ええ、キョウヤ。皆待ってるから広場に行きましょう」


 村の中心が開けた場所になっていた。そこに円形に皆が集まっていた。

 フェリルのあとについて広場に行くとすでに皆集まっていた。酒を飲み踊っているものもいた。


「ああ、来なすった、キョウヤ様。ささ、ここに座ってください」 


 僕の姿を認めた長老は、中央の席を勧めた。


「さぁ、フェリルもカリーナもこちらに来て座りなさい。トラムは一旦踊るのを止めなさい」


 長老は僕のとなりにフェリル、反対側にもう一人彼女と同い年ぐらいの別の女の子を座らせた。若い女の子に左右に挟まれて僕はちょっと居心地が悪かった。そんな僕の心境を知らずに長老は音頭をとる。


「キョウヤ様、何もない村ですができる限りのご馳走を集めました。舌に会えば良いんですが、あなたのことは村一同歓迎しております」


 そのとき僕のお腹が大きくグ~と鳴った。慌てて僕はお腹を押さえたがしっかり皆に聞かれていた。両脇の女の子が顔を見合わせてクスクス笑った。


「おお、これは失礼。話は食事をしながらにしましょう。それではクルリーズ村村民一同とタケカワキョウヤ様の平和と健康を祈って、乾杯!」


 そこかしこから乾杯という声と木でできたジョッキをぶつけ合う音が聞こえた。

 僕も目の前のジョッキを持ち高く掲げた。一旦踊るのを止めていた人がジョッキ片手に再び踊り出した。


「さぁさぁ、大したものはありませんが思う存分召し上がってください」


 長老はいう。


「さあどうぞ、キョウヤ様」


 フェリルが適当にご馳走を大皿から取り分けてくれる。


「ありがとうフェリル」


「では、村人を紹介します」


 長老が、一人一人名前を呼ぶ。呼ばれたものは立ち上がって僕に会釈をした、残念ながら僕の頭では全員の名前と顔を覚えることができず、聞いた端から忘れていった。今日は村人全員が集まったようだ。総勢八十人程らしい。


「キョウヤ様の武勇伝が聞きたいです」


 全員の紹介を終わったあと僕の横にいたカリーナが言った。


「これ、失礼なことを聞くでない」


 長老がカリーナを咎めた。彼女僕のことを知らないのか?


「ええとね、僕は負けて反乱軍にとらわれていたんだよ。でもスパイの疑いをかけられて危うく処刑されそうになった」


 僕はご馳走を食べながら言った。


「ええ、それは大変でしたね」


 フェリルが素直に驚く。


「武勇伝と言ったってそのくらい。あとは魔王に怒られて首になったと言うだけ」


「あんたちっともえらくないんだね」


「そう、えらいのはひいじいさん。僕はあんぽんたん」


 カリーナの物言いに、脇で聞いてる長老がハラハラしている。


「じゃあ、この村のことを教えて」


「このクルリーズ村は魔界の外側にあります。人間界に近いところにあります」


 フェリルが説明した。


「ここには、弱い魔族しか住んでいないと聞いたけど」


「ええ、ですから弱い魔族と言うより人間の血を引いている人が少なからずいます。私もそうです」


「フェリルも人間の血が混じってるんだ」


「ええ、お母さんが人間らしいです。お父さんが魔族と聞いています」


「やっぱり人間の血が混じると迫害されたりする?」


「そんなことはありません。でも人間は純血にこだわるので私みたいのはそちらでは生活できません。昔は人間界で生活してました」


「へーそうなんだ」


 ジョッキの飲み物を僕は飲み干す。ほんのり酸っぱくて飲みやすいジュースだ。カリーナが僕のジョッキが空になったのを見て、ジュースをついでくれる。


「キョウヤ様も踊りましょう」


 さっきから踊っていた男の人が僕のところにやってきて手を伸ばす。


「ちょっとだけだよ」


 立ち上がった。足下がふらふらする。


「おお、うまいうまい」


 踊っているつもりがないのに手足が勝手にふらふらする。

 地球が踊っている。そういえば果たしてここも地球なのか。異次元世界なので地球では無いのかもしれない。気がついたら空を見ていた、星がきれいだ。空がぐるぐる回る。周りの人が騒いでいる。その声もぐるぐる回る。まわっているのは僕の意識のほうだとわかった。

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