第12話 牢獄

「あんた一体何やってんのよ!」


 鉄格子の向こうからジャネットが僕を怒鳴りつけた。


「夕べこの近くにやってきた魔族とは関係ないんでしょ。そうでしょ、はっきりとみんなに説明しなさいよ!」


 夜が明けると事の顛末を聞いたジャネットが飛んできた。リーさんも一緒だ。


「関係ないよ、ジャネット。でもね誰も僕の言うことを信用してくれないんだ」


 僕は牢の中で膝を抱えて座っていた。足下では夕べのネズミが、僕が朝食に残したパンをかじっていた。今はただのネズミだ、何度も話しかけたがチューチューと鳴くだけ。夕べは誰かに操つられていたらしい。


「ジャネット、その辺でいいだろう」


「お願い、リー姉様。ケイタに酷いことをしないで」


「わかってる、悪いようにはしない」


 ジャネットは衛兵に連れて行かれた。その場には僕とリーさんが残った。


「改めて聞く。君は何者だ」


 リーさんが鉄格子越しに僕に話しかける。


「僕はタノクラケイタ。物心つく前から魔族の奴隷でした。親の顔も知りません」


 僕は嘘をついた。正体がばれたら命はないのでしょうがないけど、お世話になっている人に嘘をつくのは心が痛い。


「奴隷になっていた魔族は?」


「ジェルマーノ・ペルゴレージ様です」


 ほかに魔族の貴族を知らない。それにジェルなら奴隷だからといって人間に酷いことはしないだろう。


「何の仕事をしていた?」


「主に屋敷の掃除と庭園の手入れです」


「その家政婦みたいなやつがなぜ、戦場に出てきたんだ。ペルコレージのやつは君に何をさせようとしていた」


「それは・・・・・・武川京矢様のお世話です。同じ人間ですし」


「タケカワキョウヤ・・・・・・それがタケカワキョウノスケのひ孫の名前か」


「そうです」


 よくこんなすらすらと嘘が言えるな。僕は自分に意外な才能があるのを見つけて驚いた。


「タケカワキョウヤ、それはどんな人物だ。全て話してもらおう」


「それはいえません。ペルゴレージ様を裏切ることはできません」


「君は今自分がどんな境遇にいるか判っているのか」


「判ってます、でも言えません。ごめんなさい」


 ハワードさんがやってきた。


「何かしゃべったか、リー」


「いや肝心なことはしゃべらない」


 ハワードさんはあごに手をやり僕を見回した。


「ふーん、こいつが魔族のスパイね~。リーを疑うわけじゃないが全然そうは見えないな。何もしゃべらないなら気が変わるように手足の二,三本折ってやれば良い」


 彼は両手の指をポキポキ鳴らした。


「まぁ、待て。まだ疑いと言うだけだし、ジャネットにも手荒なことはしないと約束した」


「恋する女はけなげだねぇ。じゃあ、どうする?」


「タケカワキョウノスケのひ孫の情報を持っているようだ。簡単に解放できない。頭が冷えるまでしばらく独房に入っててもらう」


 リーさんは僕を見た。


「ジャネットを悲しませるな、ケイタ」


 それだけを言い残して、二人は行ってしまった。代わりに衛兵が来て牢の前に立った。



「お昼ご飯でーす」


 ジャネットが食事が乗ったプレートを持ってきた。もうそんな時間か。


「衛兵さん達もどうぞ」


「ありがたいですけど、まだ交代ではありません」


「そう、じゃあここに置いときますのでお腹が空いたらつまんで下さい」


 ジャネットは近くのテーブルの上に食事を乗せたプレートを置いた。


「はい、ケイタの分」


 鉄格子の隙間からプレートを牢に押し込んだ。朝の剣幕はどこかへ行ってすごく機嫌が良さそうだ。


「ごめんね、ジャネット」


「なぜ謝るの? 私はあなたがどうなろうとも知ったことではないわ」 


 用事を済ませると彼女は立ち去った。

 食事はゆでたジャガイモと焼いた干し肉、野菜の煮物のスープだった。食事の匂いを嗅ぎつけて、今までポケットでおとなしくしていたネズミが、もぞもぞと動き出した。


「とうとうジャネットにも見捨てられてしまったな」


 あまり食欲がわかないので、ぼくはもそもそと食事に手をつけた。それに対してネズミは猛烈な食欲を見せる。少し取り分けて床に置いたジャガイモを、あっという間に平らげた。さらにこちらを見上げ、ひげをピクピク動かしておかわりを要求する。


「呑気だなおまえは」


 干し肉も少しちぎって与える。それをネズミは床に置くやいなや飛びつき、齧り付いた。このままでいくと僕の食べる分がなくなりそうだ。


 バターン。何かが倒れた音がする。外を見ると二人の衛兵が折り重なるように横になっていた。


「どうしたんですか?」


 鉄格子をつかんで問いかけるけど返事はない。大声を出して人を呼んだ方が良いかなと思ったらその前に誰かが来た。


「あ、ジャネット」


 来たのは赤髪でくせっ毛の少女だった。


「その人達急に倒れちゃったんだよ」


 状況を説明したけどジャネットは僕のいうことに耳を貸さず、衛兵の体をまさぐる。


「あった」


 ジャネットが手にしてるのは牢屋の鍵だった。それを使って僕の牢の扉を開けた。


「出て、ケイタ」


 彼女は開いた扉の向こうから僕を手招きする。


「え、まずいよジャネット。僕がここから出たら大騒ぎになる」


「良いから逃げて、誰かくるわ」


 ネズミが自分も連れて行けとばかりに甲高い声で鳴いた。僕は床の上のそれを拾ってポケットに押し込み、牢の外に出た。

 テーブルを見ると彼女がその上に置いた食事には手をつけられた痕跡がある。彼らは一服盛られた食事に手を出して倒れたようだ。


「こんな事してジャネットは大丈夫?」


「大丈夫じゃないけど、これからあんたが遭う目に比べたらどうということもないわよ」


「駄目だよジャネット、君が酷い目に遭うなら僕はここから出られない」


 僕は牢の中に戻ろうと彼女に背を向けた。


「あんた高いところから吊されたいの!」


「えっ」


 僕は彼女の剣幕に驚いて振り返った。彼女の顔を見ると目には涙が貯まっている。


「冗談だよね、僕はただ魔王軍との関わりを疑われているだけじゃないの?」


「革命軍には余裕がないの、鉄の掟を保つため裏切り者は見せしめで処刑される。疑わしいというだけでそれは十分な理由なの」 


今彼女が言ったことはうそではないようだ。


「わかった、いくよ。僕もまだ死にたくないから。ねぇジャネット、きみも一緒に来ないか」


 僕は彼女に右手を差し出した。彼女は僕の右手をチラリと見ただけでつかむことはなかった。


「あんたの後についてってもどこかで野垂れ死にするのが落ち。だったら多少の罰があってもここに残ったほうがましね」


「そうか、わかった。またどこかで会おう。そのときはこの恩、きっと返すからね」


「良いからさっさと行って、元気でね」


 僕は彼女に手を振りながら牢のある建物から出た。僕のことを知っている人間に出会うことなく昼間で人の往来が激しいが誰かに咎められることもなくキャンプの外に出た。

 走りながらジャネットのことを心配した。僕の代わりに彼女が吊されたりしなければ良いんだけれど。でも勇者チャーリーと親しいから何かあっても彼女が守ってくれるだろう。


「キョウヤ様、キョウヤ様」


 聞いたことがある声が僕をポケットの中の主が呼ぶ。

 ポケットに手を突っ込みネズミを取り出し手のひらに乗せた。その目は昼間でもわかる程赤く光っている。


「危ないところでしたね、キョウヤ様」


 ネズミは再びしゃべり始めた。


「ジャネットが助けてくれなかったら、危うくてるてるボーズになるところだったよ」


「少し遠いですが仲間がいるところまで歩いて下さい。私が道案内をします」


「なぜ僕を直接助けに来てくれないの?」


「失礼ですが何の実績もないキョウヤ様を救出するのに割ける人数はわずかなんです。反乱軍のキャンプを奇襲するには戦力が足りません。それに夕べ見たとおり、勇者には我々魔族がいるところを察知できる能力を備えています。奇襲をかけてもその前に察知されて待ち伏せをされるでしょう。あなたを助ける前に我々が全滅を食らいます」


「そうなんだ。ごめん、責めるようなことを言って。元々僕の失敗したせいだったのに」


「いえいえ、お気になさらずに。それではまずは北に向かって下さい」


 それにしてもこのまま魔王軍に戻って良いのだろうか。そうするといつかジャネットと戦うことになるだろう。しかし魔王軍にいないと日本に帰れない。

 僕は考えがまとまらないまま、ネズミの指示する方向に歩いた。

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