第10話 革命軍
「タノクラ!」
革命軍で働かされるようになり数日が経った。
魔族の奴隷だったというジャネットの言葉を皆信じて、僕の正体を疑うような人は出てこなかった。どう見ても戦争ができるような容姿をしていなかったのが幸いしたようだ。だが、彼らの話の中に事あるごとにひいじいさんの名前が出てきて、そのたびに僕は肝を冷やした。百年前のことなのに武川京ノ助はかなり皆から恐れられ、恨まれているらしい。僕がそのひ孫だとばれたらどんな目にあうんだろうか。数日とはいえ魔王軍で指揮を執っていたので、ひ孫だけど武川京ノ助とは関係ありません、という言い訳は通用しないだろう。
「おい、タノクラ!」
「えっ、はいっ」
「聞こえているなら名前を呼ばれたらすぐ返事をしろ! それとも自分の名前を忘れたのか!」
「いえ、覚えてます! 僕の名前は田之倉圭太です! 田之倉圭太です!」
「わかったから何度も言わんで良い。それより彼女が来ているぞ」
「え~~~、ま~た~で~す~か~」
「そういやそうな声を出すな、皿洗いはもう良い。デートを楽しんでこい」
体がでかく包丁より剣を振り回す方がに合っているように見える料理長が、僕を背中を叩き笑顔で送り出す。ほかの料理番の仲間もニヤニヤ笑いながら口笛を吹いた。
僕が革命軍で与えられた仕事は料理番だった。野菜を洗い皮を剥く、それを肉などと一緒に細かく刻む。とにかくたくさんの人がいるので材料もたくさんいる。戦場を飛び回る体力のある男の人ばかりなので、とにかくたくさん食べる。幸い量さえあれば味については文句を言わない人ばかりなので、厨房はまわっている。しかし、ここの忙しさもある意味戦場だった。
そしてジャネットが毎日僕の様子を見に来た。彼女の要件はただ様子を見に来るだけではない。
「さぁ、ケイタいくわよ!」
「うわ! ひい!」
「こら、逃げるんじゃなーい!」
僕の仕事の合間を縫って、ジャネットによる剣の稽古が毎日の日課となっている。かなりのスパルタである。木刀とはいえ、当たればいたい。そのせいで僕の体のあちこちに痣ができていた。
「だってケイタ、ほっておくとすぐに死んじゃいそうだもの。せめて自分の身は自分で守れるようにならないと」とは彼女の弁。
「死ぬ~死ぬ~」
「もうへたばったの、情けない」
地面に大の字になった僕に、ジャネットは腕を組んで見下ろした。
「もういいよ、僕のことはジャネットが守ってよ」
「あのねー、女に守ってもらおうなんてあんたそれでも男なの? ちゃんとついてるの?」
「人には向き不向きがあるんだ、男でも剣や戦闘が苦手な人もいる」
彼女が座り込み僕の顔をのぞき込んだ。
「じゃあ、あんたの得意な事って何? 少なくとも料理じゃないわよね。手のひら中にそんなに絆創膏を貼って。それ包丁傷でしょ?」
「それは・・・・・・」
日本でもよく僕にその質問が投げかけられた。親、兄弟、クラスメート、学校の先生に。そしてそれに対する答えはここでも僕にはなかった。
「やってるな、二人とも」
「あ、リー姉様」
勇者チャーリーが僕たちのところへやって来た。今日はいつものように白銀の鎧ではなく、体のラインが浮き出る身軽な服装に彼女は身を包んでいる。そのスカート姿は戦場の先頭に立ち、次々に敵をねじ伏せる戦士にはとても見えない。
「どうだいジャネット先生、彼の腕前は。少しは上達したかい」
「落第です、どうにもなりません。来世に期待しましょう」
「そいつは手厳しいな」
「魔族に殺される前に彼女に殺されます、勇者様助けて」
僕は寝転んだまま勇者チャーリーに助けを求めた。
「よしわかった、私がみてあげよう」
チャーリーさんの微笑をたたえた唇から厳しい言葉が出た。ジャネットから木刀を受け取る。どうやら彼女もスパルタらしい。僕は救済を諦めて起き上がった。
「さぁ、遠慮無く向かって来てくれ」
彼女は僕の正面に立ち、軽く半歩だけ左足を前に出した。木刀を握った右手は力なく垂れ下がっているだけ。構えない、それともこれが構えなのだろうか。
「いきますよ~」
どうせ、僕の剣など当たるわけがない。頭上に振り上げた剣を力一杯彼女に向かって振り下ろした。
「たー!」
僕の気合いと共にはなった第一撃はものの見事によけられた。
僕が右左上下と力一杯剣を振るうも彼女は上半身をひねるだけでかわしてしまう。当たりそうで当たらない。全ての攻撃が紙一重で彼女の体の上を通り過ぎる。その姿は風に舞う蝶のようだ。
「はぁはぁ」
僕はあっという間に息を切らした。
「どうです姉様、見込みはありますか?」
ジャネットがリーさんのそばに寄った。
「ケイタ」
「はぁはぁ、何でしょう、リーさん」
「打ち込むときは本気で打ち込め」
「僕は本気で打ち込んでいます」
「そんなことはない、君はただ剣を振り回しただけだ。どうせ駄目だろう当たらないだろうと考えて本気を出していない。最初から全てを諦めて、次どうすれば良いか考えるのを止めてしまっている。だからいつまで経っても上達しない」
「考えれば、上達するんでしょうか・・・・・・」
「そうだ。諦めなければ、な。私だって最初から剣が強かったわけじゃない。何度も何度も負けて、そのたびに次どうやったら勝てるのかを考えた。上手くなるまで何度も失敗した」
「リーさんでも失敗するんですか?」
「そりゃそうだ人間だもの。失敗しない人間なんていない。良いかケイタ、失敗を恐れるな、失敗を無駄と思うな」
まるで失敗ばかりの僕の人生の全てを知っていて鼓舞しているようだ。
「でもリーさん、取り返しのできない失敗ってあるでしょう」
「それはあるな。失敗により失われ、戻ってこないものも当然ある。時間または命とか」
「勇者様」
男の人がリーさんに近づき何事か耳打ちする。
「わかった、すぐいく。すまん、ちょっと用事ができたので失礼させてもらう。稽古はまた今度みてあげよう」
リーさんは木刀をジャネットに返し、男の人について本部のほうに行ってしまった。
「忙しそうだな、リーさん」
「当たり前でしょ、姉様はこの革命軍の事実上のリーダーなんだから。だから私たちはできるだけ補助ができるようにならないといけないの。あなたも剣が苦手、戦闘が苦手なんて言ってられないわよ。この前の戦闘でタケカワキョウノスケのひ孫が行方不明になったみたいだから魔族より先に見つけなくちゃ」
僕の心臓は破裂しそうな程鼓動した。
「そ、それって見つけてどうするのかな~」
「もちろん魔族の幹部なんだから捕まえたら、これ、でしょうねぇ」
ジャネットは自分の首を両手で絞め、舌を出した。
思わず首に縄を巻きつるされる自分を想像して背中に悪寒が走った。
「どうしたの? 青い顔をして」
「いや、ただ疲れただけだよ」
「仕方ないわね、今日はこの辺にするかな」
僕はその日はそれでジャネットから解放された。
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