第9話 赤髪の少女

「死んでるのかなこいつ」


 男のダミ声で目を覚ました。

 目を開けると周りを数人の男が取り囲んでいた。


「むっ、いきてたか」


「あ」


 男達の持っている武器が日の光を反射してキラリと光る。


「ぎゃー人間だー」


 思わずそう叫び立ち上がって全力で逃げる。


「コラー! 待てー!」


 男のよく響くダミ声が追いかけてくる。疲れが残っているのと空腹と運動音痴のせいであっさり捕まった。


「おらー! なぜ逃げた! 人間だーってどういう意味だ! おまえも人間だろ!」


 そうだった。しまった、僕も人間なんだから黙っていれば魔王軍だと判らなかったはず。失敗した。


「なぜ逃げたって言ってるだろ!」


 丸太のように太い腕が僕の襟をつかみ持ち上げる。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 僕は謝るしかなかった。


「あまりそういじめるな」


 ぼくとそれほど年が離れていない赤髪でくせっ毛の女の子がよってきた。彼女も槍を持ち、腰に剣を下げている。


「しかし、ジャネット、俺たちの顔を見てにげるとは怪し過ぎる。何か後ろめたいことがあるに違いない」


「こいつの情けない顔を見ろ。とても魔王軍とは思えない。さしずめ魔族の奴隷として戦争にかり出されていたのだろう」


 僕は彼女の勘違いに乗っかることにした。


「そうです、奴隷です。助けて下さい。脅されていやいややらされていたのです」


 全力で言い訳をした。我ながら情けないけど命のほうが大事だ。

 男が僕の顔をジロジロ見る。


「確かに何かできる顔じゃねえな」


 男は手を離し、僕の体は地面に落ちた。

 ジャネットと呼ばれている女の子は僕に近づいた。


「見逃してやるからどこにでも行きな」


 そう言われても僕は動けない。


「どうしたんだ。とっととどっかにいけと言ってるだろ」


「あの~すいません、僕はどこへ行ったら良いんでしょう?」 


 まさか彼らに魔王城までの道を聞くわけにも行かない。


「おまえ、出身地はどこだ?」


「わかりません。多分ここからず~とず~と遠いところです」


「は~仕方ない」


 彼女は頭を振った。


「とりあえず私たちのキャンプに連れて行こう」


 彼女はほかの男達に言った。


「大丈夫か? 得体の知れない男なんか拾って」


「見てみなよこいつの顔、間抜けそうな顔をしているだろ。とても悪巧みなんかできそうも無い」


「まぁ、おまえがそう言うなら」


 男達は不承不承承諾した。


「じゃあ、あんた、私たちについてきて」


 ひょっとして反乱軍の本部に誘われてるのかな、そんなとこいったら僕の正体がばれちゃうんじゃないだろうか。


「ん、どうした?」


 彼女と男達は訝しげに僕を見る。どこにいったらいいのか判らない、ここはついていくしかない。


「よ、よろしくお願いします」


「おう」


 しばらく歩くと木に繋がれた馬がいた。


「さぁ乗って」


 まず少女が乗ってから僕に手を差し出した。

 少女の手をつかむと彼女は僕を馬上に引っ張り上げ、後ろに座らせた。


「さぁ、しっかり掴まって。きゃあ! どこをつかんでる!」


「ご、ごめん!」 


 危うく彼女に馬上から突き落とされるとこだった。

 馬に乗りしばらく走ると大きなテントがたくさん並ぶ集落についた。人以外にもエルフやドワーフもたくさん出入りしていて、行商が露店も出している。その外側を簡単な垣根で囲っていて、まるで小さな町だった。


「うわ~、まるで小さな町だね~」


 僕は思ったことを口に出した。


「ああ、今でこそこれだけ整備されているけど、最初の頃は雨が降っても外で眠るしかなかった」


 僕と赤髪の女の子は馬を下りてそれを馬番の人に預けた。


「君は反乱軍は長いの?」


「反乱軍? 革命軍と言いなさい、魔族じゃないんだから」


「ご、ごめん!」


「魔族の奴隷根性が染みついてるわね。いいわ、これからは普通の人間としてちゃんと生活できるようびしびし教育してあげる」


「うう、ほどほどでお願いします・・・・・・」


 皆が騒がしくなった。人の動きが活発化してきた。


「なんだか、騒がしくなってきたよ、何か始まるのかな」


「きっと姉様が帰ってきたんだわ」


「君のお姉さん?」


「違うわよ、紹介してあげるからこっちに来なさい」


 僕たちは喧騒の中心に向かって歩いた。人の輪をかきぬけて歩いた先には数人の重装備の戦士がいた。その中心にいるのは黒い甲冑に身を包み、腰に大剣、背中にハンマーを背負った男と金色の髪と青い目を持つ白銀の鎧に身を包む女性だった。


「あ、勇者だ。となりにいる金髪の女性は彼女だったりするのかな」


「あんた何言ってんの? その金髪の女性が勇者様よ。となりの黒い甲冑の男は姉様の幼なじみで相棒のハワード・グレン、世界広しといえど勇者様の背中を預けられるのはあの人だけ」


「へぇ、勇者様って女性なんだ。チャーリーっていうからてっきり男の人だと思ってた」


「それ、姉様気にしてるんだから本人の前でいうんじゃないわよ。呼ぶときはアーミテイジ様かもしくは愛称のリーを使いなさい。さ、いくわよ」


「え、まずい、まずいよ」


 あのとき顔を見られたかも知れない。


「大丈夫、魔族の元奴隷だとしても姉様は差別したりしないわ」


 彼女に強引に手を引かれて僕は連れて行かれる。


「お疲れ様でした、リー姉様」


 そう呼ぶと彼女は柔らかい笑みをジャネットに向けた。


「ジャネットも無事なようでよかった」


「姉様の活躍で今回の戦も革命軍は大勝利でしたね」


「そりゃそうだ、リーには神の加護がついているからな。いつか魔王も倒してくれるさ」


 ハンマーを背負った大男が言った。


「でも、ペルコレージのやつを討ち損なったのは残念だったな、リー」


「ああ、ペルコレージは何かほかのことに気をとられていたように見える。この私の首に興味が無かったようだ」


 ジェルは無事逃げられたのか、よかった。


「あの部隊には人間の裏切り者、タケカワキョウノスケのひ孫も参戦しているという情報があったのだがそいつも討ち漏らしたようだ」


 どきっ。心臓が跳ね上がった、どうか正体がばれませんように。


「ん、そういえばさっきからジャネットの横にいる、おまえはひょっとして・・・・・・」

 金髪の勇者が僕に顔を近づけ、その青い目で僕を正面から見据えた。しまった、やはりあのとき僕の顔を見られていた。


「ジャネットの彼氏か?」


「ほうほう、いつも姉様姉様とリーの尻を追いかけてばかりいたジャネットに、ついに春がやって来たのか」


 黒い甲冑の大男が感慨深そうに言う。


「ち、違うわよ姉様、変なこと言わないで脳みそ筋肉馬鹿ハワード。こいつは、戦場で拾ってきた魔族の奴隷。いくところがないというからここへ連れてきたの」


「そう、彼の名前は?」


「あ、そういえば聞いてなかった、あんた名前は?」


「えーと、た・・・・・・」


「た?」


本名を言うとまずい。


「田之倉圭太といいます」


「タノクラケイタ? 変な名前ね。ま、あらためて自己紹介するわ。私はジャネット・デラニー、ジャネットで良いわ。こちらが勇者チャーリー・アーミテイジ、この筋肉馬鹿はハワード・グレン」


「よろしくお願いします」


 僕は頭を下げた。


「よろしく。私のことはリーと呼んでくれ。困ったことがあったら気軽に何でも言ってくれ」


「俺はハワード、兄貴と呼んでも良いぞ。おまえ、魔族の奴隷をやっていたと言ったがずいぶん貧相な体をしているな。それでよくこれまで生きてこれたもんだ。年はいくつだ」


「十五歳です」


「じゃあ、ジャネットの一つ下だな。姉さん女房か」


 ジャネットが無言でハワードの向こうずねを蹴っ飛ばした。その部分も鎧を装備しているので鉄のすれる音がしただけだ。


「じゃあ、話はこの辺にして、また後でリー姉様。働かざる者食うべからず、ケイタこっち来て」


「ジャネット、僕戦争とか無理なんだけど」


「戦うこと以外にも仕事ならたくさんあるから大丈夫」


 僕は再びジャネットに手を引かれて町の中心部へとつれていかれた。

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