第8話 敗走

 七日後、僕の部隊は平原を見下ろす形で山の中に陣取っていた。

 高いところからの弓攻撃はやっかいなのでその攻撃を防ぐためだ。

 反乱軍と魔王軍は平原で対峙していているのが見て取れる。

 ここもうっそうと木が茂っている。歩兵である僕たちは機動力を生かした陣形を組む。前回の敗戦を教訓として、七割を残し三割の部隊を散開させて辺りを警戒させる。


「ここを敵に押さえられたら本隊に矢が降り注ぎ、大混乱に落ちるでしょう」


 ジェルが下の本隊を見下ろして言う。


「そんな重要な場所なのに反乱軍がいないね。そのくらい向こうも気がついているだろうに」


「何かの罠か、それともここより重要な場所があるのか。まぁ押さえて置くに越したことではありません」


「あ、そうだ、良いこと考えた。ここに味方の弓隊を呼んで反乱軍を攻撃してもらえばいいじゃないかな」


「普通ならそうなるんですが、弓隊はこことは反対側に陣取っていてこちらに回す余裕はないそうです。呼び寄せるにも一日かかります」


「そっか。じゃあ、僕等はここにいればいいんだね」


「そうです、やはり素人同然の人を・・・・・・おっと失礼。そんなに難しい作戦に出したりしませんよ」


「また火あぶりは勘弁して欲しいな」


「ここに火を放ったら、しばらくは彼らも矢を放つ場所として使えません。そんなことはしないでしょう。それに捜索の手を今回はかなり広くとっていますから、心配には及びません」


 遠くから地鳴りがした。


「あ、始まった」


 平原を見下ろすと、反乱軍のほうから最初に攻撃の火蓋を切る。巨大な投石器で次々と大きな石を魔王軍に打ち込む。それに対して魔王軍は戦線を石の届かないところまで後退させる。


「魔王軍はけっこう余裕だね」


「投石器など、平原では役に立ちません。そんな物よく見ればよけられます。それに・・・・・・」


 飛べる魔族が翼を羽ばたかせ空から弓矢や魔法で投石器を操るもの達を攻撃している、地上の反乱軍も矢で反撃しているが届かない。


「空が飛べるのはずるいよね」


「ええ、味方で頼もしい限りです」


「ジェルは飛べないの?」


「私は飛行魔法は苦手です。魔族の一部に飛行魔法を得意としているものもいますが、敵にはエルフもいるので魔力無効化魔法を唱えられたら簡単に落とされてしまいます。だから自力で飛べるもの達は重宝しています」


「ジェルはどんな魔法が使えるの?」


「得意なのは風魔法です。ほかに火魔法を少し」


「僕にも魔法が使えるようになるかな?」


「元々魔力の乏しい人間は数十年修行して何とか、魔法が使えるようになる前に寿命が尽きてしまうでしょう」


「そっか、残念」


 一年しかこの世界にはいないし、できの悪い僕じゃあ上達するのに人の数倍時間が必要だろう。


「おかしい」


 ジェルはつぶやいた。


「ん、なにが?」 


 ジェルは何かに気がついたようだが僕には彼が何に対しておかしい、と言ったのかが判らない。


「反乱軍が正攻法過ぎます。数でも力でも劣っている彼らがこんな消耗戦を挑んでくるはずがありません」


 高いところから見ているから判るのだろう。反乱軍は投石器による攻撃を諦めて騎馬隊を出してきた。魔王軍は巨大な牛によく似た生き物が引く戦車を投入、双方平原の中央で激突する。


「勇者ってどこにいるのかな?」


「そういえば姿が見えませんね。まだ後方に待機しているんでしょう」


 上から見ていると魔王軍のほうが優勢なのが判る。

 反乱軍は引いていく。魔王軍も引いていく。


「え、もう終わり?」


「まだ前哨戦ですよ」


「意外だな、どちらかが全滅するまで殺し合うのかと思った」


「反乱軍とはいえ彼らもこの国の臣民ですからむやみやたらに殺したりしません。それに首謀者を捕らえることができたら反乱軍は瓦解するでしょう」


「反乱軍の首謀者って誰?」


「人間の勇者チャーリー・アーミテイジ、ドワーフの王グズワルド・ドロルケフ、エルフの王フレドリカ・スティーン、フェアリー族のチャララット・クリステス、ホビット族のホマエリ・フルル、この五人が中心人物です」


「ん~、その五人を捕まえればこの戦争は終わるんだね。でも反乱軍だって当然その人の守りを堅くするだろうから簡単には行かないね」


「ところがそうでもありません。彼らは数に劣る自軍の兵を鼓舞するために自ら最前線に立つことが多いのです。そこに隙があります、といっても今言った五人はかなりの手練れです。我々の仲間が彼らの前に何人も屠られています」


「じゃあ、その五人が出てきたら僕ではどうにもできないな、そのときはジェルよろしく」


「ええ、任されました。この部隊ではその五人に対するのは無理でしょう。そのときは私が相手をするので逃げてください。勇者チャーリーとは何度か切り結んでいるんですが、なかなかに手強かったです。人間にしておくのは惜しい」


「それにしても見ているだけではたいくつだな。何かすることないかな」


「そうは言われましてもここを動くわけにはいきませんからね」


「ちょっと、ほかのところに行ってみようよ」


「まあ偵察程度ならいいですよ」


「それじゃ、行ってみよう」


 僕とジェルは数機の鬼の護衛で守備範囲を捜索した。

 林を抜けるとそこには高い山がそびえ立っている。荒い岩肌が天然の壁のようだ。


「まさかこの山を乗り越えてやってきたりしないよな」


 僕はほぼ垂直に切り立った山の岩肌を手で叩いた。


「もちろん念のため、この山の上にも偵察を出しています」


「この山を? 良く登れるね」


 僕は壁を見上げた。


「彼らにとっては、木登りと何ら変わりません」


 東側は断崖絶壁、西側は岩の壁。南と北は緩やかに下る細い道しかなく、ここに先に陣取った僕たちに有利な地形に思える。


「本当に誰もいないね、反乱軍はここを諦めたのかな」


「攻めてくる気配はありませんね、こないに越したことはありませんが」


「捜索に出した鬼も集めた方が良いんじゃない?」


「そうですね、一旦集めて休憩させますか」


 ジェルは合図役の鬼に指示を出す。指示を受けた鬼が太鼓を叩くと、全員が集まってきた。


「一番隊と二番隊は休憩に入れ、代わりに三番隊は北、四番隊は南の監視を変われ」


 ジェルが指示したとおり兵が動く。


「我々も休憩にしましょう」


 休憩といってもここは戦場、地べたに皮のマットを敷きそこに座り、固い保存食をかじりそれを水筒の水で流し込む。

 なんともワイルドな生活だが僕もすっかりなじんでしまった。

 ついこの間までメイドに一声かければ彼女たちが湯気の立つ紅茶と色とりどりなお菓子が乗ったスイーツタワーを持って来る。それを冷暖房の効いた部屋でただ待っていればいいだけの生活を送っていたのに。戦場という極限の環境が、僕から甘えという物を取り去ってしまったんだろう。

 突然激しい太鼓の音が鳴り響いた。それを聞いてジェルは食べていたものを投げ捨て立ち上がった。驚いた僕は食べていた保存食をのどに詰まらせた。


「ゴホッゴホッ、なにかあったのジェル」


「敵襲の合図です、西側から来ています」


「西側? あそこには固い岩の山があるはず。反乱軍は飛び越えてきたっていうの?」


「考えられるのは穴を掘ってやってきたのでしょう。ドワーフがいるとはいえ一日やそこらで掘れるはずはないのですが。そんなこと考えている暇はありません、敵は実際やってきているんです、戦闘開始です」


 戦闘の音がする、剣や槍の鉄を打ち付ける音がする、怒号がものすごい勢いでこちらへと近づいてくるのがわかる。

 それらの音に混じって馬の蹄の音が聞こえる。


「まさか騎馬まで! そんな大きな穴を奴らは掘ったというのか!」


 ジェルは合図を送って兵を周りに固めた。

 こちらに軍勢が迫る。それらを黒い甲冑に身を包んだ男が先頭に立ち率いている。彼は怒声を上げながら大剣を振り回し、鬼達を蹴散らしている。


「チャーリー・アーミテイジ!」


ジェルが叫んだ。


「あれがそうなの!」


 その黒い戦士のわずか後ろを白銀の鎧に身を包み、白銀の細身の剣を携えた若い女性がプラチナブロンドの髪をなびかせついてくる。戦場に似つかわしくないきれいな女性だったが、見とれている場合では無い。


「崖を背にしたこちらが不利です。キョウヤ様! ここは私に任せてお逃げください!」


「駄目だ! ジェルも一緒に逃げよう!」


 ジェルに勇者を任せる。僕は冗談で言った事なのに、彼は本気で相対するつもりだ。


「こう見えて私はけっこう有名なのです。敵の主力を引きつけておきますのでその間に脱出を!」


「わかった、ジェル! 絶対に死なないで!」


 僕はジェルに促され鬼の背にしつられたかごに乗った。乗ると鬼は全力で走った。しかし、北からも南からも軍勢が迫り、あっという間に西の断崖に追い詰められた。鬼は逃げながら断崖に向かって走りを止めない。彼は籠から僕を出すと胸で抱えた。


「このままだと落ちる!」


 僕を抱えた鬼は崖を飛び降りた。ほぼ垂直だった崖を僕と大鬼は滑り落ちていく。


「うわぁぁぁぁぁっ」


 僕は必死に鬼の腕にしがみつき、叫ぶことしかできない。大きな衝撃が来て僕は投げ出された。


「ふぐっ」


 地面の上を何度も転がった。全身を襲う痛みに息が止まる。

 数秒後呼吸が回復し、地面の上で大の字になったまま大きく息をする。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 僕の目に崖が映る、上の方が見えない。あんな所から落ちてきて良く生きていたものだ。

むくりと起きる。動くたびに体のあちこちに痛みがあるが骨は折れてはいないようだ。

 僕を抱えていた鬼はどこだろう。彼は僕の数メートル先にうつ伏せになって倒れていた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 近くに行って声をかける。しかし返事はない、僕の言葉がわからないのだろうか。


「ねえってば」


 体を揺すっても返事はない。反対側に移動して顔をのぞき込むと彼の目は開き、口を空いたままだった。その口からは大量の吐血の跡があった。彼らの血も僕と同じで赤い。


「ごめん・・・・・・僕のために・・・・・・」


 彼から生命の脈動は感じられなかった。僕はそっと開かれたままの彼の両目を指で閉じた。

 

 彼の他に崖から飛び降りるものはいず、反乱軍も追ってこなかった。

 たった一人でとぼとぼとあてもなく歩いていた。ジェルともみんなともはぐれてしまった。帰る道が判らない。どこへ進んだらいいのかも分からない。

 とにかく戦場から離れなくては。夜が更けるまで限界まで歩き、空腹を抱えたまま木に寄りかかって眠りについた。

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