第7話 初陣

 三日後、僕は戦場にいた。やはり不慣れなのが見て取れるのか、まずは千人の部下を与えられ、様子を見ることになった。副隊長はジェルがしてくれる。ジェルがみんなの前で檄を飛ばす。


「よーく聞け! 我らには救世主の加護が与えられている、この中にも覚えているものがいるであろう。百年前に我らの前に現れたタケカワキョウノスケ様のことを。このタケカワキョウヤ様はあのタケカワキョウノスケ様のひ孫であらせられる。恐れることは何もない、救世主のご威光で反乱軍を蹴散らしてくれるだろう。さぁ、キョウヤ様から一言お願いします」


 たくさんの異形の者達がこちらを凝視している。僕より二回りも大きな鬼、逆に半分ぐらいしか身長がない鬼が無数にこちらを見ている。大きな鬼達は全身を鉄の甲冑に身を固めている。小さな鬼達は身を守る装備をできるだけ省いて、わずかに皮のシャツとズボン位だ。その体に合わせた剣を持ち、弓を装備している。


「さあ、キョウヤ様何か一言」


 鬼達の視線に威圧され何も言えない僕にジェルは言葉を要求した。


「え~、このたびはこの部隊を指揮させてもらうことになった武川京矢です。若輩者ではありますがよろしくお願いします」


 僕はぺこりと頭を下げた。頭を上げるとそこには鬼達の視線が合った。彼らからは特段何の反応もなかった。


「我らが魔王陛下とキョウヤ様に勝利を捧げよ!」


 ジェルが剣を抜き振り上げると、鬼達も一斉に各々の武器を振り上げ怒号を上げた。事前に想像したとおり、僕の存在感が薄い。 

 この部隊の戦い方は大きな鬼が武装を固め、その背中に身軽な小さな鬼を二人か三人背負う。大鬼は敵の攻撃を受ける守備を担当、できるだけ敵の中に突っ込み背中から小鬼が弓で、あるいは背中から離れ、臨機応変に敵陣に斬りかかっていく。

 担当は森。中の奥の方に隠れてしまった反乱軍を追い出すのが作戦だ。


「進め!」


 ジェルの号令で鬼達が森に入っていく。僕とジェルも最後尾からあとをつける。僕たちの周りにも数人の護衛の大鬼がいる。この時点で僕はまだ何もしていない。


「ねぇ、ジェル」


「何ですか、キョウヤ様」


「僕って本当に必要?」


「そんなことを気にしておいででしたか、キョウノスケ様も最初は素人で何をしたらいいのか分かりませんでした。まぁ、一年あるのでゆっくり勉強したらどうです。でもあんまりのんびりしてるとこの国が反乱軍に滅ぼされるかもしれませんが」


 見ているだけで良いのかな。ひいじいちゃんはどうやってこの国の英雄になったのだろう。

 太鼓の音が聞こえる。誰かが反乱軍を見つけたようだ。


「ではお仕事です、キョウヤ隊長。このまま一斉に部隊を突入させ反乱軍を攻撃するか。それとも様子を見るか、どうします?」


「え? う~ん」


 辺りを見回す。うっそうと茂った木々に隠れて森の奥をうかがい知ることはできない。


「慎重にいこうよ、ここは視界が悪い。うっかり突入して奥で大部隊が待機してた、なんてことになったら大変だ」


「ふむ、では散らばった鬼達を一旦集合させます」


 ジェルがそばにいた護衛の鬼に指示を出すと彼は太鼓をとりだし叩く。その音に呼ばれ森の奥に散らばった鬼達が周りに集まってくる。


「ではみんなで固まっていこう」


「前進!」


 ジェルが一旦手を上げ前方に振り下ろす。反乱軍を見つけたという鬼を先導に皆で固まって移動する。

 かなり森の奥に進んだ。反乱軍はいない。

 ジェルがまた僕に質問する。


「キョウヤ隊長、まだ固まったまま隊を進めますか? それとも一旦ばらけてもう一度捜索させますか?」


「え、う~ん」


 見つかった反乱軍はこちらが皆を集めている隙にどっかに逃げちゃったのかな。


「臆病者と笑われても良いから、撤収しよう。一旦森の外へ出よう」


「判りました、総員反転!」


 部隊はジェルに指示された通り全員が振り返り、来た道を戻っていく。

 ジェルは僕の言うことに何の反論も意見もしない。


「ねぇねぇジェル」


「何ですか、キョウヤ様」


「戦争の素人の僕が言うことに従ってて本当に大丈夫? 僕の言うことが間違いならそうはっきり言ってよ」


「大丈夫・・・・・・ってことはないですね。でもだれも先を見通せる目を持っているわけじゃないので、キョウヤ様の言っていることが正しいかどうかなんてあとにならないと判りません。ですから私には反論できません」


「みんなの命がかかっているのにのんきだなあ」


「私はキョウヤ様の持っている強運に期待しています。キョウノスケ様もそうだったように」


 運か・・・・・・僕は頭がよくない、運動もできない、そして運も持っていない。テストの山勘が当たったことはないし、テストの記号問題もことごとく外す。先日の高校受験もインフルエンザにかかり二校の受験もできなかった程だ。

 いつの間にか周囲の視界が白くなってきた。霧かな。


「周囲に気をつけろ!」


 ジェルが周りの兵に注意を促す。

 焦げ臭い匂いが鼻をついた。これは霧じゃあない、煙だ!


「山火事!? それとも攻撃!?」


 そう言った途端、四方から火矢が飛んできた。火矢の多くは鬼に当たらず周囲の木に突き刺さる。


「ジェル! ジェル! 敵だ! 敵の攻撃だ! すぐに逃げよう!」


「落ち着いて、キョウヤ様! 森の中で矢など撃ったところで兵には当たりません!」


 目の前を火矢が通り過ぎた。その空気を切り裂く音と、若干の熱さが命の危険を感じさせる。


「総員輪を作れ、盾を持っているもの武装が高いものが外側に立ち、我々を守れ!」


 ジェルがそう指示すると、僕とジェルが乗っている鬼を中心に周囲に鬼達が集まる。盾を持つ鬼が外側に立ち、みんなから火矢の攻撃を防いでいる。視界も悪いのでこのまま敵の矢が尽きるまで待つという手もあるのだけれど、こんなとことっととおさらばしたい。


「ごほ、ごほ。ジェル、火矢が森を燃やしてしまう前にこのまま輪になったまま移動しよう」


「この煙は火矢のせいだけではありません!」


 煙の向こうに赤いものがチロチロ見える。


「どうやら一歩判断が遅かったようです」


 周囲に炎が上がり、いつの間にか僕たちを取り囲んでいる。


「やつら、森に火を放ったようです。火矢は我々の足止めと煙に警戒させないようにするのが目的です」


 兵達が騒ぎ始めた。


「どうしようジェル!」



「隊長はあなたです! ご指示を!」


「そんな事言ったって、このままここに居たって丸焼きになるだけだよ。彼ら鬼達の防御力は強そうだ。いちかばちか、火の中をつっこんで逃げるしかないよ」 


「その通りです! どの方角へ進みますか!?」


「え~と、え~と、え~と、東!」


 僕たちは東の方向から進んできた。だからそちらの方角なら敵の包囲が手薄の可能性が高い。


「東へ進め!」 


 全員、ジェルの指示で一斉に東へ進む。皆こんなところで丸焼きになりたくないようだ。

 僕たちを追いかけるように火矢が放たれている。

 僕を乗せている鬼もがむしゃらに走る、振り落とされないように強くしがみついた。

 幸い敵の攻撃はそれ以上なく、森の外に出られた。


「どうやら敵の攻撃を振り切ったようですね」


 合図係が太鼓を叩き集合の合図を送る。


「我々の損害は軽微で済んだようです」


 大鬼達は重武装に身を包んでいるので、怪我の具合は判らない。ただ見た目の数はそんなに減っていない。


「我々の損害は軽微です。まだやれます、引き返しますか?」


 僕は大鬼の背中の籠から降り、地面にへたり込んだ。


「冗談じゃないよ、帰ろう。下手したら全員丸焼きになるところだった」


 これが戦争なんだ。自分の命の危機を感じて初めてこれがゲームではないということを体で知った。体の震えが止まらない。


「撤収! 砦まで撤退!」


 来たときは颯爽と整列していたが、帰路の今は全体的にだらけた感じでただぞろぞろと兵達は歩いている。兵達の士気が下がっている証拠だ。今まで大鬼達の背中に乗っていた小鬼達も、彼らの負担を軽くするためかそこから降り自分たちの足で歩いている。僕とジェルも降りて自分の足で歩く。

 僕の初陣はこうして何も良いことがなく終わった。ジェルは何も言わないが負けといっていいだろう。それも隊長である僕の指揮が不味かったせいだ。

 キャンプに帰り、夜になると僕のテントにジェルがやってきた。


「どうでしたか初陣の感想は」


「どうしたもこうしたもないよ。はっきりいって僕の負けだよ、危うく部隊を全滅させるところだった」


「後手後手になった感はありますが、そんなにまずい指揮ともいえませんよ」


「そうかな、自信ないよ。もう隊長をやめたい」


「そうも言ってられません。今、命令書が届きました。次の出陣は七日後です。反乱軍の本体を叩く作戦を開始します。それに我々も参加せよという内容です」


「七日後か、魔王もどうしてここまで僕のことを信用しているんだろう」    


「それだけ期待が大きいと言うことです。あなたの曾祖父のキョウノスケ様はそれは偉大な方でした」


「ここでもひいじいちゃんか・・・・・・」


 現代でのひいじいさんはすごい人だった。学歴もなく家からの援助もなく、ただ汗水働くことで会社を大きくした。二十四時間働いたというその伝説は大きすぎ、常に僕はそれに比べられて生きてきた。この世界でも僕はひいじいちゃんの呪縛からは離れられない、より一層強く縛られていくのだろう。

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