第6話 スーツの剣士

「無理無理無理! 戦争とか人殺しとかそんなことやったことがないし、やる自信もありません! この腕を見て下さい、喧嘩が強いように見えますか?」


 僕は袖をまくり、右腕を老人に見せた。


「別に一人でやれ、なんと言うとらん。我が軍の指揮権をおまえにまかせよう。それを好きに使えば良い」


「それだって無理です! 将棋は弱いし、囲碁やチェスはルールがよくわからない、ゲーム全般苦手で特に戦争シミュレーションゲームは全然駄目。そんなこと僕に任せたら1ターンで全滅させちゃいますよ!」


「おまえに断る権利はないぞ、タケカワキョウヤ。まさか陛下に恥をかかせる気ではあるまいな」


 老人の雰囲気が怪しくなる。そのいきおいに僕は後ずさりする。

 このやりとりを見ていた、魔王が口を開いた。


「そう脅すな、大臣。キョウノスケのひ孫が萎縮しておるぞ」


「しかし陛下、こやつの煮え切らない態度にイライラしますぞ」


「キョウノスケも最初はそんな腰の引けた態度をとっていたのを思い出すわい。所詮人間の平民だからな。おい、キョウノスケのひ孫よ」


「は、はい」


「やったことがないだけで、案外なんとかなるかもしれんぞ。試しに引き受けてみたらどうだ」


「だけど、僕が指揮して失敗したらたくさんのあなたの部下が死ぬことになるんじゃないですか、そんなこと責任が取れません」


「犠牲のことなど心配するな、どのみちこのままでは勇者とその仲間に皆が殺されてしまうのだ。誰に任せても結果は同じだ」


「良くそんな大事なことを今日会ったばかりの僕に頼めますね」


「百年前にも我が国に同じ災難が訪れた。そのとき現れたおまえの曾祖父タケカワキョウノスケは反乱をたちまち鎮圧し、この国を平和へと導いた。あやつも最初は自分にそんなことはできぬと固辞しておった。もちろんただでやれ、などとは言わぬ。金銀財宝地位、そしておまえが左手にしている努力の指輪でも褒美は思うがままだぞ」


 褒美が思うがまま、と聞いて僕の頭に有る考えが浮かんだ。曾祖父が武川興業を起こしたとき、なぜかたくさんのお金を持っていたと聞いたことがある。なるほど、ここの成功報酬だったのか。一年間行方不明になっていた理由もこれでわかった。


「あの~王様、一つ聞いて良いですか」


「良い、遠慮の必要は無い」


「断ったり失敗したりしたら、やはり僕は処刑されてしまうのでしょうか?」


 その質問をした途端王様は口を大きく開いて笑った。その笑い声は広間の済み済みに響いた。


「そんなことは心配せんで良い、断っても失敗しても処刑などしない、それどころか無事おまえの元いたところに返してやろう。但し、召喚の門が次に開くのは一年後だ、どちらにしてもそれまではこの国にいてもらうがな」


 一年間限定か、そう聞いて僕の心は軽くなった。


「わかりました。ではやってみます」


「おお、やってくれるか。聞いたな大臣」


「はい、最初からそう言えば良いものを、面倒な小僧ですな」


「ではタケカワキョウヤ、おまえは今日からこの国の救世主だ。大臣、くれぐれも丁重に扱うのだぞ」


「はは、ではタケカワキョウヤ殿、どうぞこちらへ。陛下、また後ほどお伺いします」


 老人は恭しく魔王に頭を下げた。僕も一応大臣のまねをして頭を下げるとその後ろをついていった。

 玉間をあとにした僕は別室に通された。客間だろうか、ここも深い絨毯が敷き詰められ、アンティーク調の椅子とテーブルが並んでいる。


「ここで待っておれ、お主の世話をする者をよこす。判らないことがあったら全てその者に聞くと良い」


 大臣はそう言うと僕を残して部屋を後にした。

 メイドが紅茶みたいな香りがする温かい飲み物を出してくれた。椅子に座ってそれを飲みながらしばらく待つ。


「ジェルマーノ・ペルゴレージ様がおいでになりました」


 メイドが部屋に入ってきてそう伝える。名前を言われても知らない人だ、そもそもこの国に知り合いなどいない。多分大臣が言っていた僕のお世話をする人だろう。


「入ってもらってください」


 部屋に入ってきたのは見かけは三十代、銀髪銀眼で黒いネクタイをしめ黒いスーツを着る一見紳士風の男だった。腰から下げた使い込まれたであろう細身の剣が、見た目の評価を紳士から紳士風に変えてしまう。


「初めまして、タケカワキョウヤ様。私の名前はジェルマーノ・ペルゴレージと言います。以後お見知りおきを」


 その男は慇懃に礼をした。


「初めまして、武川京矢です。ここのことは何も判らないのでよろしくお願いします」


 僕も椅子から立ち上がれ彼に頭を下げた。頭を上げると彼が微笑んでいるのが見える。何か作法を間違えて笑われるようなことをしてしまったんだろうか。

 

「本当にキョウノスケ様にうり二つですなぁ」


「ひいじいちゃんを知ってるの?」


「ええ、私は百年前キョウノスケ様の部下でした。彼の指揮の下、野山を駆け巡り反乱軍共を鎮圧したことが懐かしいです」


「ひいじいちゃんのこともっと教えてよ」


「いいですよ」


 僕も彼も椅子に座りテーブルの対面に座った。話が長くなりそうなことを察してか、メイドが彼の分のお茶を持ってきた。ついでに僕のお茶も入れ直してくれた。


「キョウノスケ様は何も知らずにここへ来ました。常識というのもほとんど知らず、ただ愚直なだけの人間です。しかし、不眠不休で勉強し剣の稽古をして、素晴らしい将軍になったのです」


「ペルゴレージさん、僕はひいじいさんと違って何もできないよ」


「私のことはキョウノスケ様と同じようにジェルとお呼び下さい、キョウヤ様。気

にすることはありません。キョウノスケ様も最初は何もできなかったのですから」


「僕にもできるかな」


「きっとできますとも、自信をお持ち下さい」


 その夜は僕のためにご馳走が振るまわれた。テーブルの上に食べきれない程のご馳走がならんだ。メイドが僕のために給仕してくれるのは気分が良かった。僕の家にもメイドはいるが彼女たちは仕事でやっている雰囲気がする。正確には僕の両親のために働いていた。僕のメイドではない。

 お腹いっぱいになりその後はお風呂に入った。メイドから背中をお流ししますと申し出があったが、丁重に断った。少しもったいなかったかな。

 風呂に入ったあとは、することもないのでベッドに潜り込んだ。天蓋付きだ、どっかの王様みたいだ。家では今頃大騒ぎしているだろうか。それとも何事もなく平常通りだろうか。僕がいないことに気がついてさえいないなんて事もあり得る。だけどおじいちゃんはそんなことはしないだろう。きっと夜遅くまで一人で探しにでてくれる。せめて異世界で元気にしていると連絡が取りたい。携帯電話をポケットから取り出す。やはりモニターには圏外と表示されている。念のために家に電話をかけてみるが、やはりつながらない。もしかしたら何かのときに使うかも知れないので携帯電話のスイッチを切った。この世界には電気がないので充電ができない。ベッドルームを照らす明かりは油を使ったカンテラだ。もう遅いので寝よう、時計もない、腕時計によると十時を過ぎている、電波時計なので電波を受信しないとだんだん狂ってしまうだろう。


 まだ半日しか経っていないけどこれからのことを考える。僕は異世界に来てしまった。ここは魔王を頂点とした魔族が支配している、しかし反乱が起きた。手を焼いているために召喚の儀を行い僕を呼び寄せた。それがたまたま前回召還した人のひ孫だった。ひいじいちゃんはこの世界で大活躍したらしい。たくさんの報酬をもらって一年後僕の世界に帰ってきた。その報酬を元に会社をお興し成功させた。ひいじいちゃんは何を考えて魔王の家来になったのだろうか。どちらかというと魔族は悪いやつと扱われることが多い。ひいじいちゃんはその家来になって働いたことになる。ぼくも今同じ人間を討伐したしようとしている。どうせやるなら正義の味方が良いに決まっている。


 そんなことを考えているうちに眠ってしまった。あかりのカンテラはいつの間にか入ってきたメイドが消してくれたようだ。

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