募る恐怖と深まる疑念Ⅴ
ようやく眠気が差してきたというのに、不思議とまだ眠れずにいる。
いや、置かれている状況を考えると妥当な状態と言えるのかもしれない。
だが幾分か頭が慣れ、落ち着いてはきた。
ようやく隣から聞こえてきた静かな寝息のお陰であるところは大きい。正直、気になってしまい息をすることすらままならなかった。
これ程までに自分の呼吸の音やリズムを気に掛けたのは、これが初めてかもしれない。
ふとシエナの方を振り返る。
シエナは顔をこちらに向けた状態で眠っていた。静かな寝息と共に微かに肌けた肩を上下させている。
だがその細い手はいつしか僕のシャツを掴んでいた。せっかくシエナが眠ったところを見計らってこっそり自室に戻ろうと思ったのだが、これでは身動きが取れない。狙ってやっているとしたら僕以上に意地が悪い。
僕は極力余計な振動を起こさないように身をよじると、掛布団を肩まで掛けてやる。
近づいた拍子にシエナの吐息が顔に掛かった。色々と入り混じった香りに慣れ始めた鼻に別の香り、これはアルコールだ。微かだが酒の香りがする。
どうやらこのお嬢さんは、怖さのあまり事前に一杯ひっかけていたようだ。上気した顔は風呂上りということだけが要因ではなかったらしい。
酒嫌いの僕からすると理解の及ばない対処法だが、確かにレナードの奴も言っていた気がする。嫌なことを忘れるには得策なのかもしれない。
まあ、僕がこんな状態なっている状況を鑑みると、とても成功とは言い難いが。
僕は再び首を反対に向けて体を落ち着けた。
未だ頭は正体不明の感覚が大半を占めている。が、僅かばかり余裕のできた空間に別の思考が流れ込んできて混ざり合う。
気持ちとは関係なく、頭は休むことをなかなか許してはくれない。考えないことにした筈なのに。薄闇と静寂は、僕の意思とは無関係にいらぬ思考ばかり呼び起こす。
何故、そんなにも怯える。
確かにあんなことがあれば、特にシエナのような女性であれば当然の反応かもしれない。
だが噂は二年前からだと言う。
今更という感じが否めない。
それに、以前シエナが僕たちに勧めた場所は、あの草原は時計塔に近い。あそこまで怖がる人間がわざわざそのような場所を勧めるでろうか。
勧めるにしても、夜は危ないだとか、多少なりとも忠告をくれてもおかしくない。シエナの性格を鑑みれば余計にだ。
現にあの場所には僕たち以外にも人がいた。
この町の人間はそれ程までに呑気であったと思ってしまえばそれまでだ。
気になっていることは色々ある。
いけない、いけない。考えないことにした筈だ。
どの道僕は時計塔の調査をしなければならないのだ。今色々と考えても仕方がない。状況や事実が変わるわけじゃない。
僕は慌てて思考をかき混ぜた。
明日の調査日まで変に考えこむことは止めると決めた筈だ。いずれ、あの時計塔を調べれば嫌でもわかることなのだから。
今は眠ることに専念しよう。寝過ごしてナナにこの状況が露見してしまう事態、それだけは避けねば。今後の為にも。
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