王様あなたへお仕えいたしますⅠ
「楽しいこと、ですか?」
レナードの提案に、シエナは椅子に腰かけながら尋ねる。
四人そろって一つのテーブルを囲むのはなんだかお祝い事のパーティでもしているようで、それだけでもわたしは何となく新鮮で楽しかった。
レナードはともかく、シエナは心中穏やかではないのかもしれないが、わたしが勝手に心の中で感じることは自由だ。別に不謹慎ではないだろう。
「僕はいいよ、あとは三人でどうぞ。上で本でも読んでるから」
だがツルギはそう言うと、そそくさと二階へ向かってしまった。
「ナナ、その男に少しでも変なことされそうになったら呼んでくれ」
そんな捨て台詞を残して。
「まったく。ノリが悪いねぇ」
「まあ、ツルギさんらしいと言えばツルギさんらしいですね。何となくそう思います」
申し訳ないと感じるわたしをよそに、二人はそこまで気にしてないばかりか、その様子を面白がっているようでもあった。
「じゃあさ……」
レナードは目だけを動かし、わたしとシエナを交互に見た。わからないが、あまり良くないことを考えているのは感じることができた。
「一つゲームをしようか! シエナ、カードとかある?」
怪しい表情は依然変えないままレナードは声高らかに言った。
そこはかとない怪しさは否めないが、わたしはこうして皆でテーブルを囲んで「ゲーム」などしたことがなかったので、正直好奇心の方が勝ってしまっていた。
「カードですか……それでしたら確か古いのがあったと思います」
シエナはそう言って、カウンターの引き出しの中をガチャガチャと探し、一束のトランプを持って来る。
「古いの」と前置きされていた通り、随分使い古されていて四隅が擦れて予想される本来の形状よりも丸みを帯びていた。
「お! 良いねぇ。それじゃあ……これとこれとこれっと」
レナードはその中から三枚選んでテーブルに置き、残りはまた束ねてしまった。
テーブルに並べられたのはダイヤのキング、クローバーのジャック、スペードのジャックだ。
「ナナちゃん、これは何かわかる?」
レナードはキングをわたしに示して尋ねた。
「……? キング?」
「そ、正解! 王様ね」
そうとしか答えようがなかったのだが、それで良かったようだ。
「じゃあこっちは?」
今度は二枚のジャックを見せられる。
「ジャック」
「そうだけど、意味は?」
そう尋ねるレナードの表情から察するに決してロクな意味ではないことは確かだ。
「知らない」
「宮廷に仕える召使さ」
「召使……?」
それだけ聞いてもどんなゲームをするのかわからず、シエナの方に目を遣るが、同じくわかっていないようで、可愛らしく小首を傾げていた。
「これからやるゲームはその名も『王様あなたにお仕えいたします』だ」
「シエナ知ってる?」
「いいえ、まったく」
「まあまあ、これから説明するね。まずキングつまり王様のカードが一枚、ジャックつまり召使のカードが二枚、これを裏返しに混ぜて、それぞれが一枚ずつ引く。そして王様を引いた人が召使に何でも命令できるんだ。簡単だろ? 実は店では結構盛り上がってるゲームだよ」
それは今の国の独裁制を皮肉ったような内容であった。
そんなゲームで盛り上がれるうちは国民もまだ大丈夫なのかもしれない。まあ店でそんな遊びに興じる人間は、酒さえあればすべて世は事も無しと思えるたくましい人種だけなのかもしれないが。
「確かに簡単ですね」
シエナは単にルールを理解したという感じであったが、わたしはもっと別のところが心配であった。「何でも」というのはいくらかまずくはないであろうか。何がと言われれば即答できかねてしまうのだが、そこのところはこの男が色々と頭を働かせるに違いないのだから。
「レナード、それ、大丈夫か?」
「え? 何が?」
不穏な気がする。このゲームに参加してしまうことが。わたしの感は多分当たっていた。ツルギに怒られる結果にならなければ良いのだが。
「その……何でもっていうのが…………」
「ああ! 何でもはさすがにまずいね!」
先程のツルギの捨て台詞を勘案しての問いに、恐らくレナードも気付いたのであろう、すんなりとわたしの言葉を受け入れた。
「何でもだと俺が美女二人にあれこれと色々なことができてしまうではないか!」
わざとか、声高らかにレナードは説明を口にした。
「はわっ!」
そこで初めて気付いたのか、シエナは口を押えて顔を赤らめた。
「ではルールをプラス! 男である俺は仮に王様になっても君たちの体に触れるような命令をしない。同じく君たちどちらかの命令によって俺が君たちの体に触れなければならないような場合、それを無効とする。これでいいかい?」
「まあ、それならなんとか……」
シエナは追加ルールの内容を聞いて安堵した。レナードの即答ぶりから判断するに、指摘されるのが予めわかっていたふうでもある。油断ならない。
「ではでは、早速行くよ!」
レナードは裏返しにした三枚のカードを混ぜながら妙にご機嫌な様子だ。怪しい。
「さあお二人からどうぞ」
わたしは左端のカードを、シエナは右端のカードを、レナードは残った真ん中のカードを取る。
「せーの!」
レナードの無駄に気合の入った掛け声を合図に一斉にカードを確認する。
わたしのカードはダイヤのキング、いきなり王様だ。少し緊張する
「さあ王様は誰?」
「はい」
「ナナちゃんかぁ。さあ召使めらにご命令をどうぞ。クローバーかスペードで指名してね」
「うーん……」
わたしは既に飲み切ってしまったカップの底に溜まったココアを弄びながら考える。
「じゃあ、スペードが王様にココアのおかわり!」
「スペードは俺だね。ははー王様、おうせのままにー」
レナードはあざとくわたしの目の前で跪ずいて見せた。
「シエナ、厨房借りるね」
「ああ、ココアくらいでしたらわたしが……」
「シエナ、それじゃあゲームにならないよ」
「あ、そうでした」
「ではしばしお待ちを、王様」
レナードはわたしに向かって様になったウインクすると厨房へ向かって行った。
そして向かったまま一向に戻って来ない。シエナがコーヒーと一緒にわたしのココアを作りに行った時間を考えるといくらなんでも遅過ぎる。
「遅いね、レナード」
「そうね。ふふっ」
シエナは何か知っているようでまるで不思議がりもせず、微笑むばかりであった。
「王様、お待たせいたしました」
ようやくレナードがカップ片手に戻って来た。
律儀にも片膝を付いたレナードからカップを手渡される。少し照れる。
見た目は普通のココアに見えるのだが、立ち上る香りは先程シエナが淹れてくれたものとは違う。どことなく芳ばさが増している。それにココアとは全く違う香りも混ざっている。わたしは熱さに警戒しながらも恐る恐る口を付けた。
「あ……」
わたしはあまりの美味しさに感想を言うのも忘れ、目を見開いてしまった。それを見たレナードは店で料理の感想を聞いた時と同じように満足そうに微笑む。
「相変わらず料理の類には抜かりないわね、レナード」
シエナにしては珍しく、少し呆れたような笑みを送る。
「予めフライパンで炒ったココアパウダーを水でツヤが出るまでよく練っておく、これだけで同じココアパウダーでも香りとまろやかさが全然違う。仕上げにマーマレードジャムを少々。これで濃厚なココアの風味に爽やかでフルーティーな味わいがアクセントに。お気に召しましたか? 王様?」
「うん、とっても美味しい」
得意気なレナードの様子を少しも嫌味に感じることができないくらいに、そのココアは絶品だ。
「それは良かった。じゃあ、どんどん行こう!」
わたしたちは再びカードを一枚ずつ引く。
「あ、わたしです!」
今度はシエナが王様のカードを引いたようだ。嬉しそうに手を上げている。
わたしはスペードのジャックだ。
「さあ、王様ご命令を」
「そ、そんなわたし、命令だなんて……」
「シエナ、ゲームなんだからそこはしっかり命令してくれないと」
「そ、そうですね! よーし……」
何をそんなに力んでいるのであろうか。
仕事中でないシエナはいちいち仕草が可愛らしい。年下のわたしが思うのも可笑しいが。
「ではクローバーの方がカウンターを拭き掃除してください」
「なんか地味な命令、シエナらしいね」
クローバーを引いたであろうレナードは力が抜けたようにそう一言、再び厨房から持って来た雑巾でカウンターを丹念に拭き始めた。
なんだかレナードばかり動いている気がする。
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