大切な気持ちⅢ
今日は報告書を局へ送る為に、ツルギと共に駅の配達所まで出向かなければならない。
配達の手続きはツルギでないとできないし、ツルギ一人では道に迷ってしまう恐れがあるので、必然的に一緒に行くことになる。
こうして二人で長く旅をするにあたって、どちらかがどちらかに頼りっぱなしではなく、互いに適当な役割があるというのは、何だか良いものだ。
もし……、もし仮にだが、わたしがツルギのお嫁さんになったとしたら、息の合った良い夫婦生活を送れるかもしれない。互いに協力し合える良いパートナー関係を築けるような気がする。
まあ、今のこの国の現状、人間であるツルギと鬼であるわたしという立場上、あり得ないことではあるのだが、今まで受けた仕打ちからすれば表に出さずこのような妄想に耽るくらいのことをしても罰は当たらないであろう。それどころか釣りが来ても良いくらいだ。
ツルギ本人がわたしのことを女として見ていないことが悲しいところであるが。
ツルギは機会さえあればわたしのことを子供扱いする。
でもツルギが考える程わたしは子供ではない。それだけは主張したい。こうして共に旅をするあいだにも一人でできることが随分と増えた。でも、料理だけはツルギに頼らなけらばならないのかもしれない。ツルギ曰く、わたしは料理の神様とやらに絶望的に見放されているらしいのだから。
ベッドの上で欠伸混じりに伸びをする。カーテンの隙間から差し込む日差しが心地良い。
朝食を食べた後は動くのが億劫なので、こうしてツルギと部屋で少しの間のんびりしてから行動を起こすのがこの町での日課になりつつあった。
ぷにぷにぷにぷに……。
ベッドに仰向けになったまま自分のお腹をぷにぷにと摘まんでみた。シエナの料理は美味しいが、美味し過ぎるのも考えものだ。ついつい朝からお腹いっぱい食べてしまう。
草原のおじいさんは、女は少しふっくらしているくらいが良いとも言っていたが、どうせ大きくなるなら縦に大きくなってほしいものだ。
「はぁ……」
ぷにぷにぷにぷに……。
笑顔でおかわりを勧めてくるシエナのお陰でお腹の肉はこうして順調に摘まみやすくなっていく。
いや、シエナの所為にしてはいけない。わたしが食べてしまうのが悪いのだ。女性としての外見には無頓着な方だと自負していたが、ここのところツルギに太るとからかわれているので気にはしていた。ツルギに馬鹿にされるのは嫌だ。
当の本人は隣のベッドに足を組んで寝そべり、わたしにはどんな内容かもわからない本を広げている。ツルギのその痩せてすらっとしたシルエットが忌々しかった。わたしと一緒に太ってしまえば良いのに。
そんなツルギの様子を横目で眺めていると扉がノックされた。
「ツルギさん、ナナちゃん。ちょっと良いですか?」
シエナの声だ。わたしを更に太らせようとデザートでも持ってきたのであろうか。実にけしからん。
「どうぞ」
ツルギは読んでいた本を閉じ、体を起こしながら応じた。わたしもだらしなく寝そべっている姿を見られないようにと慌てて体を起こす。
扉が開き、現れたのは申し訳なさそうな表情のシエナと、もう一人、何やら神妙な面持ちの女性であった。
「すみません。この方がツルギさんたちに話があると……」
わたしはその女性に覚えがあった。小一時間も一緒に話をしたのだから忘れるわけがない。
「フィリーネ!」
その女性はツルギとわたしがこの町に来ての最初の客、フィリーネであった。
フィリーネはわたしの呼びかけに軽く笑顔で手を振って応えた。
わたしは彼女の憂鬱を食べている。だが、今感じるのは新たな憂鬱であった。また客になってくれるのであれば、出向いてくれた分ありがたい。
では、とシエナが扉を閉じたのを確認して、フィリーネは軽くお辞儀をした。
「先日はお恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした」
「いいよ。僕たちは仕事をしたまでだ」
ツルギは淡々と応じながら、部屋にあった小さな丸椅子を自分の正面に移動させた。
「どうぞ、掛けて」
「ありがとうございます」
「それで? ご用件は何かな? わざわざ謝罪をしに僕たちに会いに来たわけじゃないよね?」
ツルギは再びベッドに腰掛け、足を組むと改めてフィリーネに向き直った。
「はい……その……」
フィリーネは何やら言いにくそうに口籠り、膝の上で両の拳を握りしめたまま俯いてしまった。
だが、意を決したかのように顔を上げると声を張って答える。
「あ、あの! わたしの憂鬱、返してください!」
ツルギとわたしは何を言われたかは分かっていたが、その真意を理解しかね、黙ってしまう。
少しして、わたしよりも先にツルギが口を開いた。
「返せと言われても、何も僕たちは盗ったわけじゃない。正当な取引だ。君も承諾書にサインをしただろう? 金も受け取った」
「それはわかっています。まあ、わたしも最初は半信半疑でしたが……、でも……」
そう言ってフィリーネはロングスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「これはお返しします。足りないなら余計に払います。だから!」
広げた手にあったのは一枚の銀貨。
徐々に必死さを増し、声が大きくなっていくフィリーネをよそに、ツルギは黙って耳を傾ている。
「フィリーネ、まず事情を聞こうか」
一度わたしが食べてしまった憂鬱は返せない。それはツルギもわかっているはずだが、今の状態のフィリーネにただ無理だと突っぱねるだけというのは可哀想な気がしたので、わたしもツルギの判断に心の中で賛同した。
それは良いとして、その終始ぶっきらぼうな態度がどうにかならないものかとも思う。
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