大切な気持ちⅠ

 ツルギとはどんな人間か。


 もし誰かにそう問われたとしたら、複雑様々な人の心に触れているにも関わらず語彙力の無いわたしは困ってしまうのだが、それでもごくありふれた一言で表すとするならば、


 ツルギは優しい。


 わたしはこの鬼という体質柄、人の内面に対して敏感だ。


 人の感情は「明るい」やあるいは「暗い」といった単純な言葉で表せられるものではない。

 人の中にはその感情や性格を形作る様々な「成分」がある。


 あらゆる要素がミックスされた心の成分を推し量り、そのそれぞれの要素や量の違いで細かく表現を変えようとするならば、それは無限大だ。


 途方もない。もし無限と言わないまでもある程度の選択肢があったとしても、わたしはわたしで今わたしの中にある言葉を選ぶしか方法は無く、そうすると結局この言葉が一番ふさわしい。


 本人は前の仕事でわたしやわたしの同胞にしたことを気に病んでいるようだが、ツルギに対してそのことを恨む気持ちはなかった。


 国の行いに対し、恨む感情が全く無いかといえば恐らく嘘になるし、同胞たちの為にもそういった感情を無くしてしまってはいけないとも思うが、ツルギも仕事としてやったことなのだから仕方がない。そう無理やり考えることにしている。


 それこそわたしの親世代、祖父母世代の鬼たちだって人間に酷いことをしたのだ。鬼は元来人を糧にする生き物だから。どちらが悪いかと考えること自体無意味なことなのであろう。


 純粋な人間同士だって、考えや思想が違ったりすれば些細なことで争いが起こる、そんなものと大差ない。


「ナナ、おやすみ」


 隣りのベッドからツルギの優しい声が聞こえた。


 他の人が聞けば普段のツルギの言葉はぶっきらぼうな感じに聞こえなくもないのであろうが、少し一緒にいれば、それが彼なりの優しさを含んだものだということがわかる。


「おやすみ、ツルギ」


 だからわたしも返してやる。精一杯の優しさを込めて。


 わたしは怖かった。


 ツルギがこれまでしてきたことをちゃんと知るのが。


 だって、ツルギに出会った時、わたしは初めて人の優しさに触れたのだから。


 ツルギは優しかった。


 優しかったと同時に、色々と傷ついてもいた。


 わたしがツルギのすべてを知った時、ツルギのことを今と同じ優しい気持ちで見れるのか、それが怖かった。


 ツルギの優しさに、ちゃんとした優しさで返してやれるのか、それがただただ怖かった。


 でもいずれ知らなければならない。


 わたしは七番目の鬼。

 今も、この先もずっと。


 そう心に誓って目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る