後悔とそれからⅢ
ナナは夕食の時間前にはキッチリ宿に戻って来た。
余程疲労が溜まっているのであろう、食事と風呂を済ませるとナナは早々にベッドに潜り込んでしまった。
あえて聞かなかったが、やはりあの老人の「憂鬱」を食べるのには体力を使うのだろう。肉体的なものではなく、精神的なものを。本人が望んでやっているのだし、一度は了承してしまったのであまり僕は口を出せないが、正直心配しかない。
僕は頬を突きながらナナが寝静まったのを確認し、シエナから渡された封筒を手に、窓の近くへ行く。
「なるほど……」
封を開け、月明かりを頼りに中の紙切れに書かれていた指令を読んでようやく、僕たちがこの町に派遣された本当の理由がわかった。
「僕にまた鬼退治をしろってことか」
書かれていた内容は二行。
〝イサリースにおける追加任務。時計塔内部の調査を命ずる。〟
読み返す必要の無いくらいに簡単に用件が書かれた用紙を、僕は力の限り引き裂き、窓の外へ投げ捨てた。
細切れになった紙切れは風に乗って舞った。
調査だけに留めたところで本当に鬼を発見したのなら、その報告をした時点で次に来る指令は決まっている。「鬼を捕らえよ」あるいは「討伐せよ」だ。「それくらい察しろ」と嘆息しながら押されたであろう忌々しい国璽(※国公式の文書に押される印のこと)と共に。
またっく。彼らは人の気持ちなんてどうだっていいのだろう。
特に僕みたいな元国の下僕で雑兵だった人間なんかは特に。都合の良い使い捨ての道具くらいにしか思っていないに違いない。
鬼のことを僕が隠して報告しようとも恐らく無意味であろう。実際に町には噂が広まっているのだ、伝わるのは恐らく時間の問題だ。
それに国への虚偽報告は重罪で、そんなことをすればナナもろとも牢屋行きは免れない。もっと重い刑が待っているかもしれない。
僕はナナの為にも従うしかないのだ。
せっかくこんな仕事から抜け出せたと思っていたのに。
何となく、大きな声で叫んでやりたい気分であったが、奥歯を噛みしめ、何とか思い留まる。
体の中を、温度のわからない何かが音もなく巡っていくのがわかった。目はすっかり冴えてしまい、頭がはっきりとしていく感覚とは裏腹に、思考がまとまらず、考えるそばから拡散、霧散していく。すぐそばで寝ているナナの寝息が何か見えない膜に阻まれたかのようにぼやけて聞こえる。内側を打ち付ける鼓動だけが、うるさいくらいにやけにはっきりとした音で耳に届いていた。
少しして重くなった体を無理やり動かし、荷物の一番奥から乱暴に引っ張り出したシースナイフを鞘から抜くと、全く使用していない刀身は月明かりを受けて怪しく輝いた。
まるで僕の中に渦巻く焦燥や暗い感情を笑っているようであった。
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