鬼としての食事、人としての食事Ⅷ

「ツルギ、久しぶりにツルギのご飯食べたいな」


 時間的にそろそろ夕飯のことを話題に出し始める頃合いかとは思っていたが、予想外のご要望が来た。


「そう? シエナやレナードのを食べた後だとがっかりするよ? たぶん」

「そんなことない。シエナやレナードのもすごく美味しいけど、ツルギが作るの、好きだよ?」


 ナナと出会ってから、定住地を持たない僕たちは色々なところに寝泊まりしたが、中には食事も出ず、近くに食事処すら無い場合もあった。そんな時は僕が適当に何かを作っていた。最低限の調理器具と火を起こす為の道具、調味料は荷物の中に常備している。


 料理自体は得意ではないが、案外嫌いじゃない。それに気づいたのはその頃だ。


 僕が適当に作った野菜やら肉やらを炒めたものや、適当に手元にある食材でこれまた適当に出汁を取ったスープをナナは美味しそうに食べてくれた。それを見るとなおさらそう思えた。レナードのような料理を生業にする人間の気持ちが少しわかる気がした。


 まあ、レナードのものに比べれば、僕のものは料理というよりも、食材に火を通して調味料で味を付け、人が食べられるように何とか誤魔化したようなものだが。

 この先の為にも、もう少しちゃんとしたものを作れるようになれればとも思う。


 そういえば、ナナも一度、お返しにと僕に何か振る舞おうとしてくれた時があったが、米を石鹸で洗い出すのを見てからというもの、調理器具には一切触らせていない。


「きっとシエナが美味しい夕食を用意してるだろうから、また今度ね」

「うん」


 しばらく歩くと宿を出る時にレナードが女性を誘っていた花屋が見えた。となるとそろそろ宿が見えてくるころであろう。いくら方向音痴の僕でも建物や景色くらいは覚えられる。

 

 辛うじてまだ開いている店がちらほらある時間帯であったのでそれで判断できるが、夜になってしまえば致命的であろう。この町の建物の造りは色から形までどれも似ているのだから。


「ちょいとお二人さん?」

 花屋の前を通り過ぎようとした時、店主らしき女性に声を掛けられる。


 よくよく見ればレナードが声を掛けていたまさにその人であった。確かに改めて近くで見ると綺麗な人だ。

 女性にしては少々低めの、それでいて妙にはきはきとした声で話すので、見た目の若さよりもずっと上のように感じた。


 店先で花を入れていた筒のような金属製の桶をブラシのような道具で洗っていた最中だったが、その手を止めると、店の中から何かを持ってきた。


「これ、売れ残りなんだけど、良かったら持ってく?」


 ずい、と渡されたのは薄紫色が綺麗な花が一束。


 僕は花の名前なんて詳しくないが、それは一つの茎からユリの形に似た小さな可愛らしい花が枝分かれするようにいくつも咲いていて、どれも遠慮がちに頭を下げていた。


 力強く差し出されたが為に半ば反射で受け取ってしまったが、一体僕にどうしろというのだろう。


「そっちに娘にプレゼントしてやんな」


 花屋の女性は気持ちの良い笑顔でそう言った。ウインクして合図するような表情がわざとらしい。ならば最初からナナの方に渡せば良いのに。


「女性に花をプレゼントする男は素敵よ」

「それはどうも。でも、こういうのは渡す相手の見えないところで準備するものじゃないの?」

「そりゃそうだ、ははは」


 僕の皮肉にもそう笑顔で返し、「それもう長くないから売り物にならないんだよね」と平気な顔で言いながら店内に戻って行った。


 完全に不要なものを突き返すタイミングを失った僕は、

「いる?」

 女性に言われた通り、一応ナナに勧めてみる。


「ううん、いい」

「だよね」


 ナナは黙っていれば見た目だけはいかにも花が似合いそうなお嬢さんに見えるが、一般的な女性の女性らしい好みを有しているとは言えなかった。 


 今着ている黒のワンピースだって僕が適当に選んで買ってやったものだ。国に捕らえられていたナナが解放された時に着ていたボロきれのような服があまりにもみすぼらしく可哀想であったので、まず最初に服屋に連れて行ったのだが、ナナは全くと言って良い程関心を示さなかった。

 仕方なく店員の助けを得ながら何とか服を買ったが、それ以降新しい服をせがむようなことは一切無い。その後も着替え用にと同じような色形の服を何着か買い揃えた次第だ。


 このくらいの年頃の少女はこういうことにはある程度の執着があるものだと高を括って何も考えずに洋服店に入ったので、結果的に僕が慣れないお洒落な店内で無駄にあたふたする結果になってしまった。


 その割には食べ物のこととなると急に興味を示す。

 解放されて二番目に連れて行った飯屋でようやく小さな笑顔を見せてくれた。まるで男の子のような性格だと思った。

 現に先程髪を結んでいたリボンも飽きたのか、既に解いてしまっている。


「シエナにあげたら?」

「それもそうだね。お花、好きみたいだし」


 他に渡す相手もいないのでナナの提案に賛成することした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る