最後の『5分前』

酔浦幼科

最後の『5分前』

 R博士はいつも1人で研究をしていた。時々隣人が訪ねる以外、誰も研究室には来なかった。


「おはよう、R博士」


 ある日、近所に住んでいるB氏がR博士を訪ねた。


「珍しい。何か用ですかな」

「いえ、R博士が『とても偉大な発明』をしたと聞きまして」


 B氏は周辺の住民から性格が悪いという評判で、いつも他人の自慢の宝物を盗んでは「すごいだろう」と、まるで自分の宝物のように誇る趣味を持っていた。B氏がR博士の研究室に訪れたのも発明品を盗んで周りに自慢したいと考えていたからだ。


「とても画期的なものです。発表すれば世界中から惜しみない称賛が送られるでしょう」

「それはどんなものなんですか」


 その質問に、R博士は自信をもって答えた。


「『5分戻す』機械です。今はまだ5分しか戻せないが、もっと時間をかけて開発すれば、いずれは、今より前の時代にさえ戻せるようになるでしょう」


 そういってR博士は手元に置いてある、手のひらに収まるほどの小さな金属製の箱を手に取ってB氏に見せた。箱には赤いボタンが付いている。


「まさか。そんなことあるはずがない」


 R博士の手に握られた箱に対して、B氏は訝しげな眼差しを向けた。


「では、こうしましょう」


 R博士はボタンの付いた箱をB氏に握らせた。


「今から5分測ります。5分経ったらボタンを押してください」


 山積みになった殴り書きの計算用紙を手で払って、R博士は机に小さな砂時計を置いた。砂が流れていく様子をB氏はじいっ、と見つめ続けた。

 最後の一粒が砂時計のくびれを通り抜けると、満を持してB氏はボタンを押した。体が浮き上がるような、海に潜った感覚を彼は全身で覚える。目に見える全ての景色がまるで逆再生しているようだ。


 すべての砂がくびれの上に吸い込まれたとき、浮遊感は徐々に収まり、逆再生されていた目の前の光景もどんどん普通の速さに戻っていく。


「……ら5分測ります。5分経ったらボタンを押してください」


 R博士が先ほどと同じことを言ったので、B氏はとても驚いた。計算用紙を退かそうとする博士の腕を興奮気味に掴む。


「R博士、私は『5分後の私』です」


「おや、それでは成功したのですね」


 満足げに頷く博士を見て、赤いボタンのついた箱を持ってB氏は研究室の出口へ駆け出した。


「これで周りに自慢できるぞ!いや、世界中に自慢して賞とか貰ってお金持ちだ!」


 そう思った矢先、出口がひとりでにぴょん、とジャンプするように遠ざかった。はて、と思い追いつこうと全速力で走るが、出口にたどり着けない。ついに疲れ果て、B氏はその場にへたり込んでしまった。


 その様子を見ていたR博士はB氏に怒ろうともせず、にっこりと笑った。


「実は『5分前に戻す』機械を開発するとき、試作品として『10秒前に戻す』機械を開発していたのです。機械を盗もうとしていたのは前々から存じ上げてました。だから貴方が出口へたどり着こうとしたときにその試作品を使ったのです」

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最後の『5分前』 酔浦幼科 @youka-yoiura

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