口裂け女


「ねえ、後輩ちゃん」


「はい……って先輩、体長悪いんですか? マスクなんて着けてますけど」


「えー! 心配してくれてありがとう! 後輩ちゃんのバカ!」


「おっ、とりあえず元気そうだな」



『口裂け女』



「それでね、後輩ちゃんをびっくりさせようと思ったの」


「口裂け女ですか。また古いものを引っ張り出してきましたね」


「そんなに古いわけでもないわよ? 流行ったのは1978年頃らしいわ」


「JKからすれば十二分に古いですよ。分類的には都市伝説になるんですかね」


「人面犬やテケテケと並ぶ現代妖怪ね。水木しげるロードにも銅像があるわよ」

 ↓参考画像(境港市観光ガイドURL)

【http://www.sakaiminato.net/c817/roadmap/bronze/018/】


「何ですかこの銅像のポーズ」


「『口裂け女のココ、空いてますよ』に見えるのは私だけじゃないはず」



『そもそも口裂け女って?』



「そういえばなんですが」


「何かしら?」


「私、口裂け女の伝承を詳しくは知らないんですよね。口が裂けてる女で、「私キレイ?」って聞いてくる程度の認識です」


「じゃあ、まずは一番王道な口裂け女のシナリオを見ていきましょうか」



『口裂け女の怪』



A君『放課後に遊んでたら遅くなっちゃったなあ……早く帰らないと』

__________________________

「誰ですかA君って」


「それを聞くのは野暮よ。強いて言うなら『友達の友達』ね」


「テキトーじゃないですか」


「キャラ名が『先輩』と『後輩』の私たちが言えた義理じゃないわよ。とにかくここで大事なのはA君が学校帰りってことね」

__________________________

マスクを着けた女『ねえ、そこのボク』

__________________________

「うわ、変質者だ」


「口裂け女ショタコン説」


「正直妖怪よりも怖いですね……」


「薄い本待ったなしだわ」

__________________________

A君『なあに? お姉さん』


マスク女『私、キレイ?』

__________________________

「おまわりさーん!」


「実際そんな風に聞かれたらブサイクとは言いにくいわよねえ」


「ところで襲われるのって男の子だけなんですか?」


「いいえ。口裂け女はロリもイケるクチよ。さすが裂けてるだけあって広いわね」


「上手いこと言ったつもりか」

__________________________

A君『う……うん、キレイだと思うよ』


マスク女『本当に? じゃあ……』


口裂け女『これでもかァ!!!』

__________________________

「はい。以上がテンプレね」


「アレ? そのまま食べられたりはしないんですね」


「基本は口を見せられて終わりね。ブサイクだって答えると襲われるらしいけど」


「おお、やっぱり大きな口でパクッと……」


「口裂け女のメインウェポンは包丁や鎌よ」


「口の意味!」



『テンプレを聞いた感想』



「どうかしら? 社会問題をも巻き起こした現代妖怪譚『口裂け女』の原型は」


「その、思っていたよりもあっさりというか……チープですね」


「そうね。とてもじゃないけど現代に伝わるほどの面白さはないと思うわ」


「じゃあどうして?」


「口裂け女が恵まれていたのは『時代』よ」



『口裂け女ブームのワケ』



「時代? 何か凄惨な事件でもあったんですか?」


「事件はいつの時代でも起こるわ。古代に無くて現代に在ったもの……それはメディアよ」


「メディアってテレビやネットですか?」


「ネットはもう少し後だからテレビ、ラジオ、新聞ね。口伝や本よりも圧倒的な早さで全国に広まって、なおかつシンプルでイジりやすい雛型だったからが多発。どんどん話が膨らんでいったの」


「マスクをしてる女性だなんてごまんと居ますからね」


「さらに襲われる対象が小中学生だ、というのも加勢するわ。誰かがテレビで聞いた情報がクラスで広まり、学年で広まり、学校で広まり、地域で広まり……まだ科学がオカルトを論破できるほどに発展していなかったし、身近な恐怖のウワサという新鮮さは子どもたちを取り込むには絶好だったの」


「あー、「オレ口裂け女見ちゃったぜ!」が大発生したわけですね」


「あまりにもブームだったから、パトカーが呼ばれたり集団下校が行われたりもしたようね。しまいには口裂け女の逮捕者まで出る始末」


「えっ、そんな魔女狩りみたいな……」


「ただの模倣犯よ。1979年に姫路で口裂け女の格好で包丁を持って徘徊するイタズラをした女が銃刀法違反の容疑で逮捕されたの」


「いつの時代にもアホは居るんですね」


「アホなのは良いけど迷惑かけちゃダメよねえ」


「それが原因でブームも落ち着いたんですか?」


「一因ではあるかもしれないけれど、最大の要因は『夏休み』かしらね。ウワサの増幅装置だった学校が機能しなくなったから。単純に飽きられたのもあるでしょうけれど」


「結構あっさりですねえ」



『口裂け女のルーツ』



「さて、終わりを知った後は始まりを知りましょう」


「はーい」


「口裂け女の発祥は諸説あるけど、古いものから順に挙げていくわね。まず江戸時代の書物『怪談老の杖』と『絵本小夜時雨』にそれぞれ口裂け女が登場するわ」


「おお、ブームは昭和でも発端は江戸なんですね」


「前者はキツネが化けた口裂け女を見て男が驚きのあまり死んでしまう話。後者は話しかけた遊女が振り返ると口裂け女だった、という話。口が裂けているって特徴は他のモンスターにも見られるし、これが直接のルーツだとは限らないけどね」


「今じゃあキツネ娘なんて萌えでしかないんですが」


「次も江戸時代。岐阜県で起きた一揆が鎮圧されてその怨念が妖怪になり、伝承が経年変化して口裂け女として伝わるようになったという説」


「農民が口裂け女ってちょっと無理がありませんか?」


「この説で注目すべきは岐阜県の妖怪というところよ。後でまた触れるけど昭和の口裂け女ブームの発端は岐阜県だったから」


「へえ、ウワサっていうと人の多い東京とかをイメージしてましたけど、スタートは岐阜なんですね」


「そうね。もしメディアに取り上げられなかったらローカル妖怪止まりだったかもしれないわ」


「メディアすごい」


「続いて明治時代。恋人にこっそり会いに行きたい女性がいたんだけど、当時に女の一人旅はちょっと不用心。そこで化け物のような恰好をして山道を登っていたところを見られて本物だと勘違いされたという説。これも岐阜県と滋賀県が舞台ね」


「また岐阜だ。滋賀も隣接してるし、元は何であれ地域はこの辺りで間違いなさそうですね」


「最後に一番新しい説は1970年代後半、岐阜県で学習塾に通わせてあげられない子供を説得するために「夜中に出歩くと口裂け女が……」と脅したという説。子供を襲うって設定はここからきてるのかもしれないわ」


「当時は学習塾というと、裕福な家庭でもなければ行かせる余裕が無かったそうですね。子供の人数も違ったでしょうし、仕方がないのかもしれません」


「で、1979年に地方紙である岐阜新聞(当時は岐阜日日新聞)、次いで週刊朝日に取り上げられて……後は前述の通りよ」


「改めて並べると下火だったご当地話が拡散力を得て全国でブームになったのが分かりますね」


「カクヨムでもそうだけど、いくら話が面白くても日の目を見ずに埋もれてしまうことはあるのよね。CIAが情報拡散の実験として行ったなんてウワサもあるぐらい、ホラー以外の側面でも興味深い案件なのよ口裂け女は」



『本日のゲスト』



「へ? ゲスト?」


「それではご紹介しましょう! 本日のゲストは昭和のオカルティッククチパカウーマンこと『口裂け女』さんです!」


「えっ!? えっ!?」


《ど、どうもこんにちは……》


「いやー、わざわざ昭和の岐阜県からありがとうございます」


「なんかめっちゃ可愛い人来た! じゃなくて……直前までとの温度差が! でもなくて……突然すぎてツッコミにくいわ!」


《わ、わあ……面白いですね!》


「ウチの自慢の後輩です」


「ツッコミを優しさで殺すのはヤメロォ!」



『※口裂け女ちゃんのセリフは《》でお送りします』



「で、口裂け女ちゃんを呼んだ理由なんだけどね」


「はい(テンション戻ったなコイツ)」


「口裂け女の面白い所として、情報拡散だけじゃなく色々な設定群があるのよ。まあ考案者は小学生だから『ぼくのかんがえたさいきょうのくちさけおんな』が出そろってるのね」


「ああ、ウワサが広まるときに付いた尾ひれですね」


「そういうこと。んで、そこから1970年代末当時に口裂け女だと誤解された人たちを想像してみようかと」


《別に私自身は口裂け女じゃないですよー》


「ええ、だって口裂けてないですもんね」


「じゃあ設定を順々にピックアップしていくわよ」



『①口裂け女は整形に失敗した女が狂った末路』



《せ、整形なんてしたことないですよぉ!》


「あら、いきなり違うじゃないですか」


「整形が世間の話題に上るようになったのが口裂け女ブームと重なった時期だったから、そこから影響を受けたんでしょうね。でも口裂け女の目撃情報全てが医療過誤の被害者なら、当時に口裂け女ブームよりもよっぽど大きく話題に取り上げられてるわよ」


「なるほど。じゃあ口が裂けていたのは見た人たちの妄想だったんですか?」


《あ、それはその……口紅かなあって思います。私、お母さんのお化粧に憧れてて、こっそり口紅とかを使ってたんです。素人の見よう見まねでしたから、ベタベタに塗りたくった口紅はまるで口が裂けているように見えたのかもしれません》


「後輩ちゃんが言うように妄想の場合もあったと思うわ。マスク、女って記号だけでも口裂け女にビビってるキッズたちが「口裂け女だ!」って判断するには十分だったでしょうから」


「ああ、遠目で顔が見えなくても学生服を着ていたら学生だって思いますもんね」


《マスクが代名詞のような働きをしていたんですね》



『②白装束を着ている。返り血が目立たないように全身真っ赤な服を着ている』



「マスクついでに服装の話。人によって見た目の報告が違うパターンよ」


《その……いつも同じ色の服を着ているわけではないので》


「解決しましたね」


「ええ。さらに言うと他の条件から口裂け女だと断定した時に、その人が白の服を着ていたら『口裂け女は白の服を着ている』って説が発生して、今度は白い服を着ている人が口裂け女だと判断されるようになるのよね」


「雪だるま式に特徴を飲み込んでいったんですね。元の話はマスク程度しか特徴がありませんから」


「白と赤の説が強いのは幽霊や血を連想させて化け物らしさが出るからでしょう」


《返り血を意識してコーディネートなんてしたことないです……》



『③目はキツネっぽい。声は猫に似ている』



「うんうん。クールな見た目と甘々声でギャップ萌え最高ですね」


「ただの長所じゃないの!」


《ひえぇ……そんなことありませんよぉ》


「ある! 長所と短所は同じところを表から見るか裏から見るかですからね」


「口が隠れている状態でも美人だと言ってもらえるんだから、目元はキレイでもおかしくないわよね」


《うぅ……》


「口裂け女たそー」


《たそ!?》


「ウェーイ、口裂け女たそー」


《ちょっと……二人ともやめてください!》


「声が可愛くて怒られても怖くないどころか嬉しいですありがとうございます」



『④武器の刃物を持っている』



「これはどうかしら」


《パパが副業で地元の人相手に研ぎ師をやっていて、手伝いで私が完成品を持っていくことがあったのでそこを見られたんだと思います》


「なかなか限定的な話ですが……」


「前提条件がおかしいのよ。『口裂け女だから刃物を持っている』んじゃなくて、『刃物を持っているから口裂け女』だと判断されたのよね」


「そっか、口裂け女が居る前提で話してましたね。最初に起点になる刃物を持った『口裂け女』が居て、それ以降は『刃物を持った女性』だったと。服装の時と同じですか」


「普通じゃない場所で刃物を持っていたら異常だと思うもの。誰もキッチンで包丁を握るシェフを殺人鬼だとは思わないわ」


《口裂け女の口以外の見た目がモンスター染みていないのもその原理が原因でしょうか。見た目がハッキリしないから私みたいな現実の人間が誤解されて特徴として組み込まれて……を繰り返したのかも》


「出現場所の報告が多数あるのもそうですね。特殊な状況という引っかかりが口裂け女ブームで大きくなって、目撃者の中に『口裂け女』を作り出していたんでしょう」



『⑤身長は2メートルで、100メートルを6秒で走る』



「一応こんな風に実在する人間には到底ありえない説もあるわよ」


《女子の中では高い方ですがさすがに2メートルはないです……(165センチ)》


「うーん、さすがにこれはでっち上げですかね。でっち上げ論が通ると全部それで片づけてしまえるのであまり好きではないんですが」


「でっち上げじゃない可能性もあるわ」


「へ?」


《私そんなに速く走れませんよ?》


「まずは後輩ちゃんを幼女にします」ピロリンッ


「わ! どういうじょうきょうですかこれ!(幼女化)」ボフンッ


《!?》


「さてと」



『⑥子供を襲う』



「どうしていまのたいみんぐでそれをいうんですか!?」


《ウフフ……可愛いなあ後輩ちゃんは……》


「やはりロリコン(ショタコン)だったか」


《ハァ……ハァ……》


「めがすわってる! しょうきにもどって!」


「Ready go !!!」


《こうはいちゃああああああああああああん!!!》


「えいごのはつおんいいなこのやろおおおお!!!」


「そういうわけで、単純になだけだったのと……」


「うわ! はやい! でかい!」


《お姉さんと遊びましょ? ね?》


「子供からすれば大人の身長や足の速さは過剰に見えたんでしょうね。ちなみに身体能力に関しては『⑦空を飛ぶ』なんて説もあるわよ」


《まってー!》バッ


「とんだあああああああ!?」



『口裂け女を追い払うには』



「この際だから口裂け女に襲われた時の対処法を試しましょう」


「それをはやくいえ!」


「まず「ポマード」と三回大きな声で叫ぶ」

※ポマード……整髪料。植物性由来の物は非常に強い臭いを持つ。艶のある仕上がりになるのが特徴。口裂け女と同じ時期に流行した。


「ぽまーど! ぽまーど! ぽまーど!」


《必死幼女可愛いhshsハスハス


「これは彼女の整形手術を担当した執刀医が大量にポマードを付けていたからだそうだけど、残念ながら整形してないみたいだしそもそも単語を言われた程度でひるむはずがないわよね」


「なんでそれをえらんだ! つぎ!」


「はいはい。次はべっこう飴を投げて夢中になっている隙に逃げる。ほらべっこう飴よー」

※べっこう飴……水と砂糖をカラメル化させて固めたお菓子。簡単に作ることができ、鼈甲べっこう(タイマイという亀の甲羅)に似ていることから名付けられた。


「よっしゃ! これでもくらえー!」


《飴より後輩ちゃんをprprペロペロしたいお!》


「なぜか口裂け女はべっこう飴が大好物とされているのよね。大好物よりも高評価で良かったじゃない後輩ちゃん」


「うれしくない! それにくちさけおんなちゃんの『きゃら』がかわってきてるぞ!」


「ちなみにこちらも黒飴や当時流行っていたチュッパチャップスで代用できるそうよ。ただ単に飴好きなだけで、子どもたちでも簡単に用意できるのがべっこう飴だったのかもしれないわね」


「ひとをようじょにしておいてまじめにこうさつするな! つぎ!」


「手のひらに『犬』と書いて見せる」


「どうだ!」


《上手に書けたねえ! お姉さんが舐め……褒めてあげる!》


「二階には来られないので高い所に登る」


「『のうない』にたかいところなんてないぞ!」


《お姉さんがたかいたかいしてあげよっか?》


「あっ」


「どうしたんですかせんぱい!?」


「そもそもその子口裂け女じゃないからただのロリコンだったわ」


《捕獲!》


「ぐああああ!!!」



『茶番終焉』



「ほい」ピロリンッ


「おっ(幼女化解除)」ボフンッ


《きゃっ》


「そもそも幼女にしたから襲われたのなら幼女から戻せば良いのよ」


「「良いのよ」じゃないですよ。べっこう飴眼孔に詰めますよ」


「制裁がグロい!」


「はあ……。ちなみに今回紹介した諸々は一部であって、口裂け女には本当に色々なバリエーションや逸話があります」


「三姉妹説だとか『学校の怪談』の未放送回だとかね。気になるなら調べてみると良いわ」


「調べる過程で多少グロテスクな表現や画像を踏むこともあるので注意&自己責任です」


《うう……私は何を?》


「記憶ないのね」


「忘れてくれると私も嬉しいですね」



『まとめ』



「口裂け女は1978年から流行した都市伝説だったわね。メディアによる拡散で絶大なブームとなり社会現象をも起こしたわ。雪だるま式に様々な設定を取り込んでいて、当時の時代を感じられるホラー以外でも興味深いコンテンツよ」


「なんだか口裂け女ちゃんが離れてくれないんですが」


《こうしてると落ち着くんです……うふふ、なんででしょう?》


「ナンデダロウネー」


「フシギデスネー」

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