第2話 A Day In The SAUNA:水風呂について

ちょっと下品な話になるけど、男性にはおっぱい派とおしり派の巨大な2陣営があるらしい。

「らしい」と控えめに言ってみたのは、とは言えおしり派に出会ったことなどあまりなく、周囲を見渡してみれば、大学時代の友人で現在はオンラインゲームの運営をしている友人Hくらいのものだから。おしり派は、ベンガルトラより少ないのかも知れない。

ある文化人類学者の説によると、異性愛者がおっぱい好きなのは、直立二足歩行に伴って背面に回ってしまったおしりを、おっぱいに重ねるからだと言う。つまり、根源はおしりなのだ。友人H氏にはその少数派にしてドグマティックな選民としての誇りを胸に、これからも邁進して欲しいと願っている。


さて、サウナである。

随分ご無沙汰にしている友人への囁きを語っているのは、静岡県の『サウナしきじ』の水風呂から。みなさん、こんにちわ。『しきじ』は本日も素晴らしいです。

諸兄ご婦人方々がサウナにはまると、サウナ巡りを愉しみとするようになる。それはサウナ施設と言っても十把一絡げに語ることは出来ず、いずれの店舗も魅力が異なっているから。特に、それは先日もお話した「サウナ室・水風呂・外気浴」この3つに影響される、と言っても言い過ぎということはないと思う。


そして、3つの中で重視するものがサウナ―によって異なるのだ。

「清潔感があって適度に湿気のあるサウナ室でないと」「やっぱり塩素臭が少なくキンキンに冷えた水風呂があってこそ」「いやいや、バカになった身体を撫でる外気風こそ至高」と言った風に、人によって趣味が異なる。おっぱい派とおしり派にも見られる争いがサウナ―にも見られるのだ。世は、サウナ・フェティシズム三国時代。

もちろん私は、「水風呂派」。そうじゃなければ静岡くんだりまでサウナに入りに来ない、そう、ここ『しきじ』は水風呂の質が抜群に優れている店舗であり、その素晴らしさから「サウナの聖地」とも呼ばれ、「人類は太古の海から生まれたのではなく、サウナしきじの水風呂から生まれた」とまで語られる。


少し横道に逸れてしまった。話を水風呂に戻そう。

私が最大の重きを水風呂におく理由は、「整い」に与える影響が最も強いから。

サウナ室でカリッカリに焦げた身体を水風呂に沈めた際に、アラいいですねの波がグワッと押し寄せる。つまり、快楽を与えてくれる直接的なものは水風呂なんです。水風呂派サウナ―がマジョリティで、サウナ室派こそがドグマティック・マイノリティだと言うことはもちろん理解している。けど、私はやっぱり水風呂を一番大切に思っている。

その水風呂ちゃんが、温度が適温でなかったり(私のベスト温度は18度。玄人集は冷たければ冷たい方が良いと語る。連中にとって1ケタ温度はご褒美なのだ)、塩素臭がきつかったり、肌触りが硬かったりすると、ちょっと厳しい。それじゃ、全然整わないのです。


そこで、『しきじ』である。しきじの水風呂は地下から引いており、そのやわらかさはコカ・コーラ社いろはすよりも優れている(と、店舗に張り紙がある)。天井からは華厳の滝もかくやと言った勢いで水が放出され、そこで滝行を行いながら、ガブガブと水を飲むことも可能(飲めますと、きちんと張り紙がある)。もちろん、温度は18度くらい。シンプルにして至高。この水風呂はサウナ遺産に登録すべきだと思う。

その水風呂に浸かっている今、肌と水との境界線が限りなく溶け合ってゆき、水風呂が私になったように、私が水風呂になったかのようにまどろみの中に沈んでゆく。嗚呼、こりゃ人類はここから誕生したわ…LCLの水ってこんな感じなんだろうな、2020年公開の「シン・エヴァンゲリオン」楽しみにしていますね庵野監督…。


「気持ち悪い」という声にハッと目覚めたぼく。やめてくれアスカ、俺は綾波派なんだよ…と目を覚ましてみれば、ここは2階の休憩室。

「おい、兄ちゃん大丈夫か。アンタ、水風呂で逝っちまってたよ」

漁師らしき日焼け痕のおっちゃんが私に声をかけた。おっちゃんは隅の卓で、おそらく常連の仲間うちなのだろう、同じように日焼けをした男たちと昼過ぎから酒を飲んでいる。

「え、ええ…。すみません、ここの水風呂は気持ちよくてつい長湯を…」

「気いつけな。ほら、水分摂るか」

ビール瓶を掲げるおっちゃん。屈託のない笑みとともに浮かぶ皺の中には、苦労がにじんで見える。けど、これ以上水分を奪うのは勘弁してください。

「いえ、東京から車で来たので…お気持ちだけ」

わざわざもの好きだねえ、じゃあ気いつけてなと笑って、おっちゃんは仲間うちの会話に戻っていった。


その後、水分を取ってしばらく休憩した後に休憩室を後にする。おっちゃんたちはまだ酒を酌み交わしていた。会計を済ませ、エントランスを抜けようとした際に、壁をちらりと見る。「篠崎愛様 来店」という文言のちらしが写真とともに飾られていた。

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