サウナに焦がれて

もりめろん

第1話 Like a Sauna stone

神は世界を6日で創り、その後に1日のお休みを取った。

お休みの間、神がサウナを愉しんだことは有名な話として知られているが、この逸話から現代日本人の私たちが受け取れる教訓とは「労働後のサウナは気持ちええぞ」ということであり、「休日はサウナを愉しめ」である。


(ちなみに、神が愉しんだとされるサウナがフィンランド式の乾湿サウナだったのか、それともミストサウナに代表される湿式サウナだったのかは諸説ある。中には、韓国式サウナ「汗蒸幕(ハンギュンンマク)」という説もあり、それによるとキリスト教が韓国で普及した理由もサウナが究極的な理由だと語られている)


ともかく、神は言った。「労働後のサウナは気持ちええぞ」。続いて、「館内着のまま、併設された食事処でメンマを肴にサッポロ黒ラベル瓶ビールで晩酌すれば尚良い」とまで語ったかもしれない。いや、それは言い過ぎかも。


けれども、土曜日の休日出勤後にこうしてサウナ室にいる私が、サウナ上がりのサッポロ黒ラベルを妄想しながら焦がれているかと言えば、そんなことはない。何と言ったって、私は今、熱波師からアウフグースを受けている最中なのだから。

「おかわりをご希望の方はいますか?」

はい。すかさず手を上げる私。肌が赤く焦がれた熱波師が力を込めて、バスタオルを私に向けて3度仰いで、尋常ではなく熱い風を届けてくれる。熱波が全身の熱量をグンと上げ、滝のような汗が吹き出てくる。

グンと上がった熱量をどこに放出するのかと言えば、それはサウナ後には食事処にてサッポロ黒ラベルと相場が決まっているように、水風呂である。


『えっ。水風呂って。冷たい、辛い。心肺停止になりそう。云々云々』

様々な意見があるだろう。そうだ、初体験には何だって苦さが伴う。ましてや、あなた方はこれまでの人生で、「おっ水風呂ちょっと浸かってみようカナ」などといらぬタイミングで奮起した経過があるだろうから、「水風呂ってあれじゃん。冷たいだけじゃん」などと経験的に言うのだろう。


けれども、初恋は上手くいかないとクピドが定めているように、水風呂との初めてのセッションも上手くはいかない。


そもそも、私は言いたい。数分間浸かっていた水風呂から上がって、露天風呂の横に設えられた麻のリクライニングチェアに腰掛け、都会の風を一身に浴びて昇天顔を晒しながら、私は言いたいのだ。

「上手く言った初恋など真の恋ではない。初恋とは、みっともなく、切なく、成就しないものなのだ。だから初恋のあと、成就できる本当の恋に出会うはずだ。だから水風呂との本当の恋も、あなたにもきっと訪れる」


さて、これまで私は、サウナ室→水風呂→休憩の流れを取ったことにお気づきだろうか。これがサウナ浴の一般的な流れであり、1セッションと数える。

この外気浴中、まさに今この瞬間が、とてもとても気持ちが良い。

全身の力を麻のチェアに委ねて解放感に浸る。熱と冷気にやられてバカになった身体が冷たい外気風すらも心地よく感じさせ、びりびりと痺れ始めた足先に宿る快楽はさながら息子との戯れのよう、伸縮した血管が凄まじい勢いで脳内に血液を送り、遠のいた意識はやがて宇宙まで達する。

「整った!!!!!!!」と言う声が三千世界にまで響き渡る……。


そうして3セッションを終えた私は、今こうして食事処でビールを味わっている。銘柄について聴くのは野暮と言うものだが、卓上に並ぶ肴がメンマではなく唐揚げであることには、目を瞑って欲しいと思う。

労働が生んだ疲れや憎しみは全て水風呂で流した、外気風に吹かれて消えた。今の私に残っているものは、このままサウナに泊まってしまおうかな、などと言う億劫心。思えば、私は昔から開けた戸を閉めない子だった。ものぐさなのだ。それでも結局、ビールをもう1本頂戴した後にお泊まりを決意したわけだけど、その理由ね、だってほら、神様だって「休日はサウナを愉しめ」って言っていましたから。

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