【急募】人間性

世鍔 黒葉@万年遅筆

あなたは封蝋を砕く

 この手紙は、恐らく君にとって身に覚えのないものだろう。例えるなら、時給950円のバイトで投函されるビラのようなものだ。だがこれを可燃ごみか古紙回収に出す前に、どうか私の話を聞いて欲しい。

 近年、このような噂を聞いたことがないだろうか。西の空に光る円盤を見た。泉から首の長い生物が顔を出していた。夜な夜な女の首に噛みつく変質者が出た、等々……。

 断言しよう。それらは全て事実だ。特に最後のは私の知人である。もし君が被害にあったのなら、彼に代わり深くお詫びする。本当に申し訳ない。

 先に挙げた怪異は全て事実だが、しかし、それらはUFOでもネッシーでも吸血鬼でもない。彼らは間違いなく、魔法使いである。

 私の願いはごく単純だ。彼らを正常な魔法界に戻してやってほしい。そして二度と人間界に姿を現さないようにしてほしい。

 しかし、問題は単純ではない。仮に彼らが魔法界に戻ったとしても、また別の魔法使いが同じような醜態を晒すことになるだろう。それでは意味がないのだ。問題はもっと根本的な所にある。

 それは魔法学会の混迷である。真に嘆かわしいことに、現代の魔法学会は本来の存在意義を忘れ、乱痴気騒ぎを起こすことに終始している。

 事の発端を理解してもらうために、まず魔法とは何かを語らなくてはならない。だが、私は人間にとって魔法がいかに非現実的なものであるか知っている。恐らく君は信じないだろう。

 なのでまずは、君に魔法を体験してもらうことにする。この手紙には鉄道の入場券に相当する価値の貨幣が同封されているはずだ。それを使って大きな駅へと赴き、九番線と十番線のホームの柱に、全体重をかけて寄りかかってみてほしい。

 ところで、この手紙は君の行動によって、以下の余白に文章が現れる仕組みとなっている。君たちの知るゲームブックとかノベルゲーム、あるいは交換日記のようなものだ。君は魔法を信じないだろうが、アトラクションにでも挑戦するつもりで従ってみて欲しい。




 驚いただろう。この文が現れているということは、君は九番線と十番線のホームの柱に体重を掛けたはずだ。その瞬間、君は柱をすりぬけて真っ逆さまに落下するだろう。そして一瞬の浮遊感の後、君の足は地面に着いている。君は前後不覚になって、その場で転ぶだろう。

 しかし君はこの手紙をしっかりと持ち、目を通しているはずだ。手放されると困るので、そういう魔法をかけておいた。

 さて、辺りを見回してみるといい。君は度肝を抜くだろうが、もう既に転んでいるので安心してほしい。

 そこは君が入場券を買って入った駅のホームとほとんど変わらない場所のはずだ。しかしホームの利用者は人間ではありえない。例えば悪魔らしき角や鱗を生やした大男や、首が何本もある女、それから獣が二本足で歩いているようなものたちが闊歩している。羽を生やし宙に浮かんでいる者、火を吹いて辺りを焼き尽くしている者も居るかもしれない。

 君たちがフランケンシュタインの怪物と呼んでいる者、あるいは魔女っ娘とか魔法少女とか呼んでいる者もいるだろう。もし君が彼らのファンであるなら、サインを貰ってくるのもよいだろう。命の保証はできないが。

 即ち、魔法とは人間から最も遠ざかる為の学問である。

 人間は空を飛ばないし、口から火を吹いたりしないし、三百年以上生きることもない。しかし、魔法使いはそれをする。何故ならば、それが非人間的な行為であるからだ。

 悪魔のような姿の者たちを見てみるがいい。君の腕に立った鳥肌が証明するように、彼らは疑いようもなく醜い姿をしている。

 彼らは最も古い魔法使いか、その弟子たちである。魔法学がその萌芽を見せた古代、人間性とは即ち美しさであるとされた。黄金比が芸術に使われ始めたのもこの時期だ。

 よって、この時代の非人間性とは醜さであった。魔法使いたちはこぞって悪魔や獣を模した醜悪な姿へと身を墜とし、あらゆる残虐な非道を働くようになった。

 黒魔術が最も盛んだったのもこの時期だ。より残虐に、非人間的に洗練された黒魔術の儀式は一種の芸術の域まで達しており、魔法界を代表する伝統芸能の一つとなっている。

 一方で、魔法を施した道具を人間に与え、悪魔と化した魔法使いを討たせる者たちもいた。この行為によって多くの人間たちが救われることになるわけだが、彼らは慈善事業で人間の手助けをしていたわけではない。

 彼らは自らの力がいかに人間離れしているかテストするため、人間たちを利用したに過ぎない。人間を超越した者たちの殺害をもって、自らの非人間性を確認したのだ。そしてその行為は、自ら手を下さないほうがより価値がある。この時代において、自らの力で困難を克服することは極めて人間的な行為であったからだ。

 さて、そろそろ君も立ち上がれるようになっただろう。行動を再開して貰いたい。

 一連の文脈で、君は魔法が確かに存在することを理解しただろう。もし理解していなかったら、質の悪い悪戯だとでも思ってくれればいい。

 私の願いは、君に魔法学会に赴いてもらうことだ。より正確に云うならば、魔法学会で乱痴気騒ぎを起こしている愚かな魔法使いたちに、魔法学の原点を思い出してもらうことだ。君はそれを叶える可能性を持っている。

 ここは人間から離れる事を至上とする者たちの世界だが、この駅の機能は君の世界のものと相違ない。その査証に、ほら、電車が来ただろう。

 さて、ここからは君の判断待ちだ。私の望みは先に述べた通りだが、君がそれに従う必要は全く無い。そもそもこの手紙はビラのようなもので不特定多数の手に渡っているのだから、私の望みを叶える者が君でなくても構わないわけだ。魔法的有名人のサインをこのまま持ち帰り、棚に飾っておくのもいいだろう。

 だがもし、身近に起こっている魔法的トラブルを疎ましく思っているのなら、あるいは魔法に興味を持っているのなら。そうだ、君の求めるものはその先にある。是非とも踏み出してくれたまえ。




 よろしい。この文章を読んでいるということは、君は電車に飛び乗り、輸送されている最中のはずだ。電車の中を見回してみて、何か気づいたことはないだろうか。

 そうだ、この車両には悪魔を模した姿の者が全く居ない。居るのは人間の姿を失っていない者のみだ。

 彼らは魔法学会における、第二世代以降の者たちだ。

 君が歴史をかじっているのならば、ヨーロッパにおいて暗黒時代と云うものがあった事を知っているだろう。ローマ帝国が滅亡し、それまであった都市や行政によるインフラがご破算になった時代だ。

 かの時代において、第一世代の魔法使いたちは人間たちのことをこう評した。汚らわしく、下品で、獣のようであったと。

 この時代の人間たちは物質的にも精神的にも余裕が無かった。その日のパンにも困る生活は、物質的豊かさに支えられていた文化を徹底的に破壊したのだ。

 例えば、スプーンやフォークが失われ、人々は手づかみや、決して衛生的ではない狩猟用ナイフで食事をしなければならなかった。そうするうち、スプーンやフォークすら忘れられてしまい、それが当たり前になった。日々の食料にも困る時代、ナイフのみを持つ食卓が戦場と化したのは自然な成り行きであった。

 これに困惑したのは、こぞって獣や悪魔の姿に身を墜とした者たちだ。人間から離れるために汚らわしくおぞましい姿になったはずが、今度は人間たちが獣のようになってしまった。

 そのような背景から現れたのが、不自然なほど美しい容姿を持つ魔法使いである。この時代において、美しさとは非人間性の代名詞だったのだ。

 かくいう私も、この時代に生まれた魔法使いである。もっとも、私は魔法使いになりたくてなった訳ではない。私が求めていたのは永遠の美貌であった。この時代における魔法とは完成された美容法であり、私は目的のため、偶然それに行き当たったのである。

 魔女を名乗る者たちが現れたのもこの時期だ。彼女らは私と同じく永遠の美貌を望み、それを叶えた者たちである。

 しかし、永遠の美貌を求めるという目的は、極めて人間的な動機である。本来人間から離れる事を至上とする魔法学とは相反するため、初期の魔女たちは魔法界から激しい迫害を受けた。魔女たちが醜い老婆の姿をとるようになったのはこのためだ。彼女らは第一世代の魔法使いに扮することで、迫害を逃れたのである。

 魔法使いと魔女の住み分けがなされ、魔女の迫害が収まってからもこの慣習は続いた。魔女たちは醜い老婆の姿をすっかり気に入ってしまい、以後、近代に至るまで永遠の美貌を得た魔女という存在は姿を消すことになる。

 私と言えば、美貌を求める過程で魔法学の理念にみいられ、自らの非人間性を高める為に美貌を磨き続けた。その為魔法界から迫害を受けることになったが、私にはそれを退けるだけの力があった。私は排斥運動という名の嫌がらせをしてきた魔法使いたちを切り刻み、凍りつかせ、焼き尽くした。同様のことが魔法界全体で起こったため、第二世代初期の魔法使いたちは最も高い戦闘能力を持つ学者として恐れられている。君が魔法少女だと思って声をかけた美貌の女性は、もしかしたら第二世代初期の魔法使いかもしれないので注意するように。

 さて、この辺りで電車の窓の外を見てみるといい。ご覧の通り、満点の星空である。

 多くの魔法使いは、地球外に拠点を構えている。なぜなら、人間は地球を離れては生きられないからだ。

 しかし、これは困った。これからこの車両は火星辺りに到着するだろうが、君はその時気圧差で死ぬだろう。

 騙されたって? いやいや、それは早計だろう。君はこれから助かるすべを学ぶのだから。

 魔法は学問だ。人間から遠ざかるためのノウハウは常に蓄積され、継承されてきた。つまり、今ここで君に初歩的な魔法を使わせることなど容易い。魔法少女が元は只の人間であることは知っているだろう。君も彼女たちと同じだ。

 君が生き残ることを望むなら、同封されている小さな綴じ込みを開けるといい。そうだ、これを開ける前に必ず本文を読むこと、と書かれているそれだ。





 ――あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえているんだろう? 君は先ほど、信じがたいほどの頭痛に教われ、一瞬意識を手放した。ああ、恐れることはない。君は幻聴に襲われているのではなく、確かに私と会話している。

 ごきげんよう。最悪な気分の君に、まずは朗報を伝えよう。たった今、君の生存は保証された。君の皮膚は真空と宇宙線環境下に耐えられるものとなった。左半身が鱗状の組織に覆われたが、些細な問題だろう?

 君にとっての問題は、私の思考が君の頭に流れ込んでいることだ。これもまた、一種の人間性の否定にあたる。君はこう思ったことはないか? 他人と分かり会うことなど不可能であると。

 人間とは他者と分かり会えぬ生物である。ならば、それを否定するのが魔法学だ。我々は君たちの知るサーバーのようなものに意識を繋ぎ、常に情報を共有している。これによって、魔法学を習得するハードルは劇的に下がった。現に、君は今自らの身体を作り替える魔法を使った。使わせたのは私だが、同じことだ、我々はいま意識を共有しているのだから。

 魔法学会に向かう前に、なぜ現代の魔法界がこれほど混乱することになったのかを話しておこう。

 近代に至るまで、人間から最も離れるという魔法学の試みは概ね成功していたと言ってよいだろう。人類が一時的に醜くなるというようなアクシデントはあったものの、人間が実際に悪魔や獣と化したことは無かったし、完璧な美貌を手に入れることも300年以上生きることも無かった。魔法使い達が実践してきた非人間性は、ここ数千年の時の流れによって実証され続けてきたわけだ。

 しかし、近年の目覚ましい科学の発展によって、魔法使い達が積み上げてきた実績が崩されようとしている。

 事の始まりは20世紀初頭、人類が初めて有人動力飛行を為し遂げたというニュースだった。この時代に至って、人類は空を飛ぶという非人間性をその手中に納めてしまったのである。

 それだけならば、魔法学会が混乱することはなかっただろう。実際、学会員には楽観視する者が多かった。これは偶然で例外的な行為であると。

 しかし、冷戦の時代において人類が宇宙へとたどり着いた時、魔法使いたちは気づいたのだ。これでは遠からず、人類が我々に追い付いてしまうと。

 高度に発展した化学は、魔法と見分けがつかない。人間から遠ざかるための魔法学が、将来的な人間性の近似値となってしまっていたことに、魔法使いたちはひどく狼狽した。

 もはや、空を飛ぶことも火を吹くことも、三百年以上生きることも非人間性足り得ない。そこまで科学が発展するのは何世代か後であろうが、不幸なことに魔法使いたちは長命であった。

 そうして魔法使いたちは確信してしまった。科学とは、そして人間とは、非人間性に到達出来てしまう存在であると。

 曲がりなりにも我々が意識を共有出来ていたのは、ただ非人間性を目指すという共通の目的があったからだ。しかし、それが揺らぎ始めると統一されていた情報の流れが乱れ、意識の共有が困難になる。それどころか情報の混乱に呑まれ、発狂状態に陥った魔法使いさえいた。現在世間を騒がせているネッシーやUFOもどきの大半はそうした者たちだ。

 発狂を免れた魔法使いたちも、この混乱と無縁ではいられなかった。彼らは日々魔法学の明日について議論を続けているが、決着の着く兆しは一向に見られない。その為現在の魔法学会は分裂に分裂を重ね、派閥間の争いに終始している始末である。

 今から君に向かってもらうのは、辛うじて意識の共有が出来ている者たちの学会だ。比較的古い魔法使い達で、自らの非人間性を疑っていないが、しかし将来的な非人間性に疑問を抱いている。自分がいつか、人間と同一の存在となってしまうのではないかと怯えているのだ。

 非人間性の為に美貌を求め続けている私からすれば、彼らの懸念は的外れなものである。

 美の概念など、人によって評価軸が変わる最たるものである。ふくよかさが美貌の基準となる地域があれば、痩せていなければ論外、という地域もある。化粧の作法も同様だ。つまり、誰もが納得しうる美というものは存在しない。

 しかし、それは私が美の追求を止める理由にはなり得ない。何故なら、美というものは絶対的に存在するものではなく、人に見られて始めて現れるものだからだ。だからこそ、私は彼らが何を美しく感じ、どのように美しくなろうとしているのか常に観察している。そういう理由で第2世代初期の魔法使い達が現代の魔法少女に扮していることもあるので、やはり注意するように。

 非人間性も同じだ。今の人間たちの感じる非人間性と、未来の人間たちが感じるであろう非人間性は、明確に違う。

 果たして、現在定義される非人間性の全てを手に入れた人類は、どんな人間性を得て、何を非人間的とするのか。我々はこれを恐れるのではなく、新たな可能性として歓迎するべきなのだ。それは魔法学の益々の発展を後押しするだろう。

 その為に、我々はもっと人間たちを見つめなければならない。彼らの持つ人間性とは何か、つぶさに観察しなければならない。未来人の虚像に怯えている場合ではないのだ。




――さて、お待ちかねの魔法学会だ。今日ここで、私の願いと共に君の願いも叶うことだろう。

 君の願いは何だろうか? 魔法を習得することだろうか、それとも日常を取り戻すことだろうか。ああ、口にする必要は無い。分かっているとも、我々は意識を共有している。

 さあ、壇上に立とうではないか。そして宣言するのだ、これが人間だと。そして見せつけるのだ、君の持つ溢れんばかりの人間性を。さあ、今すぐに!




 あなたは実際、その通りにした。

 すると魔法使いたちは顔を上げ、あなたの姿を認め、それからあなたの半身を覆っている鱗状の組織に目を止めた。そして、口々にこう言った。




「おまえは人間ではない」

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