三十六話 正義の在処
黄金の大河に鉄錆を混ぜ込んだような奇怪な色彩の空に、燦々と照る黄昏色の星。
太陽に代わる、人であった者達を導くしるべ――紫水晶の城の頂きにて、もの思いにふけるようにしていたデイライズは静かに面を上げた。
「……たどり着いたのは――ふふ、そうか、お前か」
にぃ、と唇を半月に曲げて、組んでいた足を下ろしてから、ゆったりと立ち上がる。
その正面――約十メートルほど離れた位置には、気配もなく床の上へ降り立った、ジャスティが佇んでいた。
「驚きだぞ……二度と立ち上がれぬものと考えていたが、よもやこうして、また私の前にあいまみえるとは。しかも何やら、雰囲気がちょっぴり変わったな?」
からかうように両手を広げて数歩歩み寄り、デイライズはジャスティの瞳を覗き込む。
「ふむ……そうか、ユーシュリカが何かしたな? 私も空気中にあるイド・マテリアルの濃度が突然ゼロになったので、おかしいとは思っていた……それは奴が、宵の明星を使ったからだ。違うか?」
ジャスティは何も答えない。デイライズは笑みを深くした。
「そしてその姿……なるほど、理解した。私が仕掛けた魔法の性質を逆手に取り、ユーシュリカは命と引き替えに力を与えたわけか。そうでなくてはそれほどの力……説明がつかん。――そうか、ユーシュリカは死んだか。最後に何か言っていたか……?」
瞬間、ジャスティから発せられる威圧にも似た気迫が爆発し、衝撃音が城を揺るがす。
その波の圏内にいたデイライズは涼しい顔のままだが、さも愉快そうに肩をすくめる。
「くく……今のお前はアンクトゥワというより、私のいるステージに近いようだ。嬉しいぞ……目をかけてやっていた甲斐があるというものだ」
それからジャスティの方へとさらに無警戒に歩みを寄せ、互いの距離が縮まっていく。
「……殺すには惜しい。私と来い。そして従属しろ。――もとよりお前にはこれ以上戦う理由はないはず……」
なにせ、とデイライズが一度言葉を置くと、その身体が光に包まれる。
「……サンティーネは私なのですから。ふふっ……」
光がほどけると、そこにいたのはサンティーネ――否、その姿を取ったデイライズ。
「この姿はあなたの好みなのではないですか? 思えばいつも私に熱っぽい視線で見とれてくれていましたね。ならばあなたさえ良ければ、特別に私の――」
媚びるように、あるいは挑発するように言いかけた矢先、サンティーネを横切るように巨大なエネルギーの刃が駆け抜けた。
音も衝撃も、数拍を置いてから巻き起こり――サンティーネは、その足取りを途中で止めて。
つう、と頬を指先でなぞる。そして付着した血液と、横一線にできた裂傷を確認した。
完全なる神として蘇ったこの身を傷つける術は、本来この星のどこにもないはずだった。
しかし事実として、振り抜いた剣をすでに構え直したジャスティが立ちふさがっている。
「……
そんな彼を見る女神の顔はデイライズのものへと戻り、その口唇はたまらないとでもいうように大きく吊り上がっていた。
「では、雌雄を決するとしようか……」
デイライズの背中から何本もの刃の形をした翼が飛び出し、円光のようにひとまとまりに重なり合う。
さながら刃の華。かと思えば金属音を立てて時計回りに展開していき、白と黒に分かれた両翼のように、デイライズの後背で浮遊する。
「お前の大好きな――剣戟ごっこでな!」
黒い剣を生成し、それを一つ空を切らせてデイライズが踏み出す。
方や、宇宙の彼方より訪れた星の化身。
方や、少女の命を贄に勇者とアンクトゥワの力を融合せしめた、宵に目覚めし
二つの力が雷光のように、あるいは光条のようにぶつかり合い、拡散した火花が放射されていく。雷鳴が轟き、余波だけで城が微塵に崩れ去っていった。
一つ光が閃いたかと思うと――瞬時に双方が激突し、互いの剣が斬り結ぶ。
「まさかまたしても立ち上がってくるとは――初めて私の予想の外を行ったな、ジャスティ!」
振り下ろされる剣を半身をずらして躱しながら、デイライズが嘲り
「これまで何度否定された。何度拒絶された。決して受け入れられず、共感もなく、理解もされぬお前の正義――何がそこまで突き動かす?」
返す刀の黒い剣を弾くように受け流し、斬り返しながらジャスティは独白のように漏らす。
「分からない……何も分からない。――ただ今は……」
かがみ込むような体勢で空中を疾駆し、間合いを詰めて振るわれた亜光速の剣撃が爆音を引き起こしながらデイライズを押し返し、大きく後方へ吹き飛ばす。
「……お前が憎くて仕方がない……ッ!」
冷然と見開かれた眼差しのジャスティが放つ、肌身に刺すような剣気、殺気、闘気。それが一点にとりまとめられた、混沌とした純粋な憤怒。
対し、デイライズは小さく喉で哄笑しながら剣を構え。
「己の意識を維持したまま、エゴとセーフティを
もはや二人の応酬は山中にとどまらず、地上を併走するように飛翔しながら剣を打ち合い、衝撃を叩き込み合う。
一合ごとに互いのスピードは増し、打ち上がる衝撃波そのものが大地を突き抜けて裂き砕き崩壊させ、それが瞬刻に幾百もの回数、空を地表を巡るように爆裂する。
人間の目には光とすら知覚できない程の速度で軌跡を残し、星を何十周と飛び回りながらも刃筋を通そうとする回避と反撃の拮抗。
雲はちぎれ飛び、大地には地割れが開き、川は通過しただけで蒸発し――なおも爆風とともに剣の音だけは鳴り続いている。
何度めか、何十度めか、もしくは何百、何千度めか――二つの流星が交錯し、回転しながらもつれ合うように猛撃を衝突させる。
世界全体が悲鳴を上げるかのように地響きが地上を襲い、吹き上げられた断層が空中へと昇っていった。
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