二十四話 正義
倒した。すると正剣の柄頭にある宝玉からどくん、と確かに熱く力強い脈動を感じる。
目を落とせばそれまでにも少しずつ集まっていた花弁が揃い、ありがとう、とでも言うように見る者の心を温かくするような満開の花を咲かせていた。
「認めませんわ……あなたの……勇者のやり方は……っ」
フエスラビアは時を置かずして目を覚まし、しかし地面に食らいつくようにして膝を立て、底冷えのする憎しみを込めてジャスティを睨めつけている。
「どうして、きみはそこまで……」
「戦って戦って、そして世を清めはすれど……代わりに消えない傷と痛みを
問われて、ジャスティは思い起こす。王都での解放した奴隷達からぶつけられた
「……それでも誰かがやらなきゃいけないんだ。正義を手放すわけにはいかない……」
「正義がそこまで大事ですの!? 正魔法には過酷な反動があると聞いていますわ……あなただって無事ではいられませんのよ、自分の命が惜しくはないのですか!」
「惜しいけど、俺の命は俺のものだけじゃない。みんなの正義を求める気持ちが俺を生かすから――俺は命を賭けられるんだ」
「その身勝手な自己犠牲のために、あなたをかけがえなく思う人まで悲しませても構わないのですの……!?」
「俺をそう思ってくれる人がいるなら、きっと俺の正義も分かってくれると思う。だから心配は……いらない」
「――その考え方は……やっぱり、理解できませんわ。命より尊いものなんてないのですのに。……大切な人達と共に、生きてこそではないですか……!」
一度だけ大きく吐息をついて、フエスラビアはきっとジャスティを見据える。
「その誤りを改めさせるためにも……私はこれからも何度でもあなたに挑みますわ」
「いいよ。……俺も分かってもらえるまで何度でも相手をする」
相対する二人はしばし、互いに視線を交わし合い――フエスラビアはふっと頬を緩めた。
「あなたは一度も、私との勝負から逃げはしませんでしたわね……そういう気骨のあるところは、まあ悪くはありませんわよ」
「そ、そう?」
その時、ぐったりとうつぶせになっていたローデルタがうめき、頭をもたげるようにして身を起こそうとする。
「あっ、父上! いけませんわ、すっかり忘れておりました! 大丈夫ですの!?」
「……貴様らの問答を聞き届けるくらいには、回復しておるわ」
フエスラビアに助け起こされ、その場で正座するように居住まいを正すローデルタ。
「勇者よ……貴様は儂を打ち破った。なれば取り決め通り、ユーシュリカの罪を許し、貴様をまことの正剣の勇者として認めよう」
「そ、そうですか……良かった」
「のみならず、デイライズとの決戦においては、教会としても神官達による応援を送り込む事を約束する。とはいえ、どの程度の者達が向かうかは、皆それぞれの判断に任せられてはおるが……」
「じゅ、充分すぎますよ……! ありがとうございます! やったよ、ユーシュリカ!」
ジャスティが飛び跳ねながらユーシュリカの元まで駆け寄り、両手を握って上下させる。
「ジャスティも……無事で本当に良かったです! ああ、神よ……!」
「ここに来た目的も達成できたし、これで後はデイライズを倒すだけ……っとと」
「だ、大丈夫ですかジャスティ!? とりあえず一度、どこかで休みましょう……今まで見ていただけだった分、私の魔法でできるだけ治療をさせて下さい。ね……?」
「うん……じゃあいこっか」
ユーシュリカに付き添われるようにして廊下を歩いて行くジャスティ。
その後ろ姿を見送り、ローデルタは胸に溜め込んでいたものごと呼気を吐き出す。
「みながみな、邪念を隠し正義の仮面を被っている。――その上で面と向かって悪と糾弾されたのはいつぶりか。あの少年の純粋な言葉は目の覚めるようでいて、心に痛かったよ」
「父上……」
「すでに見限った。話にならないなどとのたまっておきながら、結局は武を持って試す形となり、一敗地にまみれたか。やれやれ、儂もまだまだ修行不足よ……」
「父上が修行不足なら、私以下ここの神官達は何なのですの。でも、ちょっぴり安心しましたわ。――十年前のあの事件以来、父上は人を信じず、冷酷を
ローデルタは冷血な為政者のように畏怖をして教会を改革し、修羅の道を往き教皇の地位まで登り詰めようとしていた。
けれども一皮剥けばそこにいたのは負けず嫌いで頑固だけれど、本当は情に
「ふん……貴様こそ無断で勇者に挑んでいたようだが、儂の事を言えるのか」
じろっと横目で睨んだローデルタだが、フエスラビアはにこやかに笑って。
「ええ、強情なところは一体誰に似たのでしょうね」
「ふ……これは一本取られたわ」
ローデルタは改めてジャスティ達の消えた回廊の方を向き直り、小さく呟く。
「頑ななのはあの少年も、似たもの同士か……ならば討つ事もなるか――」
そう、在りし日のあの勇者と同じように、同じ道を選んだならば、その結末も。
「……ジャスティ、あの」
回廊を歩く二人。と、少し後ろを行くユーシュリカがためらいがちに声を落とす。
「私……あなたに、謝らなければならない事が……ジャスティ?」
ジャスティからの返事はなかった。
訝しく思い目を上げた矢先、ジャスティがふらりと前方へ倒れるのを視野が捉えて。
「ジャスティ――ジャスティ!?」
ジャスティがその声を聞く事はなく、代わりにある言葉が、冷たく暗い水中でたゆとう
――正義にすがってはならない。
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