二十三話 最強のアンクトゥワ

「……父上!」


 その時、いつの間に集まっていた神官達――その輪の中から、フエスラビアが飛び出してきた。

 クレーターをひた走り、すぐさまローデルタの元へ駆け付けると、顔を歪めてとめどなく涙をこぼしながら呼び掛ける。


「父上、しっかり……しっかりして下さいまし! ああ……どうしてこんな!」


 人の目も憚らず慟哭と嗚咽を漏らす様は胸が張り裂けるように痛ましい。

 ユーシュリカをはじめ誰も動く事ができず、息を呑み、唇を噛んで見守っていると――。


「……あなたが……あなたがやったんですの……!?」


 フエスラビアが不意に目を上げ、立ち上がりながらジャスティを見据える。

 ジャスティは狼狽し、何も答えられなかった。

 彼女から敵愾心てきがいしんや闘争心を向けられた事は以前にもある。だが今のフエスラビアからはそれのみにとどまらず――はっきりとした破壊的な憎悪がどろりと凝縮され、穿つように突きつけられていたのである。


「どうして……どうしてあなた達勇者はいつもこうなんですの!? 悪を滅ぼすためなら何をしても許されるとでも!? どうして……っ、く……うぅ……!」


 拳を震わせてうなだれ、ぎりぎりと歯を食い締める。その時ようやく我に返ったユーシュリカが、声をかけようとして。


「私と――私ともう一度だけ勝負なさい! 今度こそあなたを倒して、狂った勇者システムの正義に依らない力を証明して見せますわ……!」

「なっ……」


 驚くジャスティにも構わず、フエスラビアは薙刀を抜き放ち、神魔法で極限まで己を強化した上で、決死の面相を浮かべ四度目の戦いを仕掛けて来る。

 倒すと、フエスラビアは薙刀を取り落とし、がくりとその場に崩れ落ちた。握り込んだ土の残骸にぽたぽたと涙が垂れ落ち、すすり泣きが聞こえて来る。


「あああ……! なぜ、ここまでの力の差が……! 私とあなたと、どう違うというのですの!? この日のため、勇者から大事な人達を守るために、技を磨いて来たのに……!」

「フエスラビア……もうやめて下さい。あなたの無念は、私にはよく分かります……」

「いいえ、分かりませんわ、分かってたまるものですか! 私の愛した大切な人はみんないなくなってしまった……父上がこんなに傷つけられて! 今また、ユーシュリカまでもが連れ去られようとしている――!」

「違います、これは私の意志で……っ」


 ユーシュリカは懸命に訴える。だがその言葉は届かず、フエスラビアは吼えた。


「許せない……許せる訳がありませんわ! 正義だの神だの、知った事じゃない!」


 直後、彼女の影へ寄り添うように集まった黒い粒子が、さながら闘神の加護に代わるオーラの如くフエスラビアを包み込んでいく。

 その様を見たジャスティは血相を変えて叫ぶ。


「いけない、エゴに取り込まれちゃダメだ! 落ち着いて、気をしっかり持って!」

「うるさい! 勇者が私に指図するな……あああああぁぁぁぁぁッ!」


 イド・マテリアルはむきだしのエゴを最上の養分として吸い上げ、引き替えに力を得たフエスラビアの体躯は闇が胎動たいどうするように膨れ上がり――現臨したのは、黒武者のような堅牢な甲冑に覆われた上半身と、四本の前脚を持つ騎馬を想起させる強靱な下半身。


 アンクトゥワ・フエスラビアは炎を宿す薙刀を携え、漆黒の兜からプラチナブロンドの髪をヴェールのようになびかせて、不気味な静寂を漂わせながらジャスティを見下ろす。


「正剣の勇者……! さあ、溶断して差し上げますわ!」


 ――図書館で聞いた事がある。

 アンクトゥワ化した聖職者は、他のアンクトゥワとは比較にならない桁違いの力を得てしまう、と。

 今、ここにいるフエスラビアの元々の力量は大司教に迫るもの。それがイド・マテリアルを得て増幅されれば――どれほどの超越した力を持つに至るか。

 ジャスティは悟る。自分は目覚めさせてはならない怪物を起こしてしまったたのだと。

 そして知らされるだろう。眼前に佇むのが、この世で最強最悪のアンクトゥワなのだと。

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