二十二話 天罰

 中庭を吹き荒れるローデルタのオーラが暴風の如く席巻し、瞬刻後にはジャスティの眼前へと肉薄している。


「くっ……」


 ジャスティは迫り来る拳打を身をよじるようにして寸前で避け、されど余裕はなくほとんど倒れ込むようにして後背へ逃げる。が、ローデルタは如才なく追撃をかけて来た。

 打ち込まれる拳の嵐撃。その一発一発が並のアンクトゥワの装甲程度かすめただけで粉砕する程の剛力を伴っており、なおかつ精密性も桁違いであった。回避に専念するジャスティの動きを予知に近いレベルで次々と予測、看破し、逃げ場を封殺してくる。


「――おおぉッ!」


 気勢とともに燃えさかる火炎のような闘気をいっそう膨れ上がらせ、その熱が届くよりもなお速い右の突き、続けざまの蹴撃が軌道を読ませず飛んでくる。

 ジャスティは拳に腕を合わせて紙一重で受け流したが、蹴りを一瞬視界から見失い、次には腹への衝撃とともに盛大に後方へ吹っ飛ばされていた。


「うぅ……がはっ、ごほっ……う、ううぅぅえ……っ……ぁ……!」

「ジャスティ!」


 地面に四肢をつき、身体をくの字に折って身もだえるジャスティに、ユーシュリカが悲鳴を上げる。

 ――これが大司教、ローデルタ。神の代弁者であり正義の体現者。

 有象無象のアンクトゥワとは経験が違う、地盤が違う。培ってきた年季の差を如実に見せつけられ、総身からはちきれんばかりに立ち上る無尽の覇気をして、人でありながら異質の領域に踏み込んでいるのだと否応なく理解させられる。

 サンティーネとユーシュリカを戦線に加え、数的有利を作りようやく攻勢に出られていたデイライズと――あるいは匹敵するのかも知れない。


「ダメです、逃げて下さい……ローデルタ様にはかないません!」

「い、いやだ……! ユーシュリカは、俺がまもるんだ……! 俺が……っ」


 舌足らずな口調で答え、ジャスティは血反吐を吐き捨てるようにして立ち上がり、叫ぶ。


「――正魔法ジャスティス!」


 怪我の功名か、蹴り飛ばされた拍子にローデルタから間合いを取った事でその機が生じる。ジャスティは正剣トワイライトを引き抜き、正光をローデルタへ浴びせかけた。

 が。


「ふんッ!」

「な――ぐああぁぁっ!」


 無造作に詰め寄られ、打ち出された横薙ぎに頬を殴り抜かれ弾き飛ばされる。土を顔に塗りたくるようにしてもがき、身を起こしたジャスティは驚愕していた。


「そんな……正光がきかないなんて……!」

「我が鋼鉄なる信念。まやかしの光如きで変心させられるなどと思うな」


 正光が通じぬ理由はごくシンプル。――意志セーフティが魔法を凌駕しているのだ。

 ローデルタのセーフティ量、練度は大陸随一。なまじな魔法では瑕疵かし一つ与えられないのである。

 もはや直接武力でのせめぎ合いに出るしかなく、ジャスティは剣を握って接近していく。

 対してローデルタは一分の隙もない構えを置いて待ち受け――闘争は始まった。


「どうしてユーシュリカを、そして俺を殺そうとする!」

「知れた事。貴様は勇者ではない――その定義にはあてはまらん。であれば、不測の事態が起こる前に処断するのが責務というもの」

「なんでお前がそれを決めるんだ! 俺はサンティーネ様から選別を受けて……!」

「貴様が啓示を受ける事を教会は承認しておらん。よって貴様は不正な方法で選ばれた事となる――それは大罪に当たるのだ。理解できるか?」

「分からないよ! そんなものがなくたって、人を助ける事はできるし、一刻も早く世界を救わないといけないんだ!」

「まさに我々もそれを目的としている。別に勇者である貴様をうらやみ、憎いからといってそうしているわけではない――もっと大局的な観点からだ」


 ジャスティの剣筋を躱し、あるいは拳で軌道を逸らして、ローデルタは言葉を紡ぐ。


「事態は深刻を極める。イド・マテリアルが蔓延まんえんする以上誰もが潜在的なアンクトゥワであるといって差し支えなく、歯止めをかける手段すらない」


 下手に下がればペースを持って行かれる。ゆえにジャスティも踏ん張りを利かせながら堪え忍び、乱打の合間をかいくぐり針の穴を縫うような斬撃、刺突を返していく。


「神ならぬ身では民衆の全てを救済する事は事実として不可能。誰を切り捨て、誰を生かすか……小を救うか大を救うか。我々は常に選択を迫られ、決断しなければならないのだ」

「決断……!?」

「そのためには正剣の勇者が必要不可欠となる。教会の意志を汲み、命令のまま動き、救世の礎、その旗頭となる犠牲を恐れぬ勇者がな……貴様もその資格があるかと期待したが、とんだ的外れであった」

「そんなの……ただの教会に都合のいい捨て駒じゃないか!」


 歯に衣着せぬ物言いに憤激ふんげきし、ジャスティが大振りの薙ぎ払いを見舞うも、ローデルタは両腕を交差させ、その筋骨とオーラによって衝撃を跳ね返しわずかに退いたのみ。


「正義のためなら必要悪ともなろう。最終的に世界が正義で満たされれば良い――貴様もそれが望みなのだろう?」

「そんな事はない! 俺は誰も見捨てない――みんなが一人一人頑張って、死ぬ気でやれば正義は生まれるんだ! ただの一人も不可能じゃないって、俺は信じてる!」

「どうかな……そう単純な話ではないやもしれんぞ」

「本当に世界の危機ならどんなに弱くても、大切な人のため、守りたいもののためならできるはずだ! それが人の可能性なんだ! 俺はお前ほど人に絶望してない!」

「それを強行するのがその偽りの希望ジャスティスとやらか……大言壮語もはなはだしいわ!」


 大喝とともにローデルタが地を振動させる程の踏み込みを見せ、正面からジャスティの剣を押し込みにかかる。


「貴様も見て来たはずだ、どうしようもなく荒涼こうりょうとした悪の数々を! 怒りのままに暴れ回る無法者ども、強欲なる女領主、王を欺き国権をほしいままにする佞臣ねいしん……そして黒き太陽の使徒。もはや戻れぬところにまで世界は追い詰められている! 悪を水際で止める事はかなわず、後は全てが押し流されるのみ……!」

「正義は悪に勝てないっていうのか! お前もデイライズと同じなのかッ!」

「そうではない……悪にすがり、あやまつ人々をこそ、これを厳正なる戒律で戒め、監視し、管理し、果断なる正道へ歩ませねばならない――綺麗事を並べ、個人の事情を忖度そんたくし一喜一憂し、葛藤していられる時節はとうに過ぎた」


 ぎちぎちとローデルタの背中から上腕にかけての筋肉が鋼の如く張り詰め、赤熱する拳から湯気が立ち、極大にまで高められた膂力がじわじわとジャスティの抵抗を削ぐ。


「文字通りに世界が滅ぶ。一刻の猶予もないのだ……我々にとってはデイライズ討伐ですら通過点に過ぎん。必要なのは冷徹なる決断と民衆よりの畏怖。それこそが救世!」

「そんなの……デイライズやイド・マテリアルの代わりに、お前達が恐怖で世界を支配するようなものじゃないか! それのどこが正義だ!」

「個ではなく、全。これを一点のほころびなく統制してこそを正義と呼ぶのだ……! 個としての正義になど何の意味も力もない、間抜けな夢想に過ぎん……」


 返された拳の振りが彗星のような軌跡を残してジャスティの顔面を穿ち、たたらを踏ませたところへ容赦のない踵落としが右肩へ炸裂する。


「……かつて個としての正義を貫き通した者がいた。愛する者がため、身をもって証明して見せたのだ――己が己でなくなろうとこの世には、全てを救うよりも大切な事があるのだと。目撃した誰の胸をも打つ、悲しくも美しい光景だった……」


 剣を掲げて防備を固めるジャスティをガードもろともに足刀が打ち抜き、左右から交互に振り抜かれる肘と拳槌が息つく間もなく揺さぶり、軽度の脳震盪を起こさせる。


「うぐ、がは……あぁ……!」

「その瞬間のみを切り取れば誇るべき美談であろう……だが腐敗した体制には何の変革ももたらさず、人の心に光明が戻る事はなかった。むしろ一を救った事で、助けを待つ百が千が嘆き苦しみ、不幸の底へと叩き落とされただけでな――」


 穏やかな微笑みを浮かべる勇者の後ろ姿――まぶたの裏に刻まれた鮮明な残滓ざんしが、ローデルタを確信へと導いたのだ。


「人は邪悪だ」


「な……に……!」


 息も絶え絶えのジャスティを冷厳な眼光で見下ろし、ローデルタは宣告する。


「八年前……全ての人類は絶望を味わった。貴様も見たろう、世界を見下す悪の象徴を」

「やめろ……それ以上言うな……!」

「黒き太陽が空に昇る限り、悪もまた絶える事はない。世界のルールが変わったのなら、我々も変わらねばならん。神魔法という秘蹟チカラを有すればこそ、たとえ神に背いてでも正義を存続させる……そうとも、儂は人の可能性を信じておる――貴様と同じでな」

「違う……お前は俺とは違う……ッ!」

「ただ嫌いだからと感情をぶちまける。なんたる浅ましいエゴと、薄弱なセーフティ……もはや子供の駄々だな――大概にしろ、勇者は遊びではないぞ」


 砲撃のようなオーラの波が叱責とともに打ち出され、ジャスティは迎撃もできずに吹っ飛び、背中から石柱に叩きつけられ――破片を千々に散らせて倒壊したがれきの中へ沈む。


「ぐ……は……ぁ……!」

「デイライズはサン・ルミナスがほどなく打倒しよう。新たな勇者とともにな――これ以上の苦痛を味わいたくなくば、ただちに最高神へ勇者の位を返上せよ」


 けじめをつけ、自死しろ――ローデルタはそう告げていた。

 ジャスティはふらふらと立ち上がりながら、その双眸は虚ろで、どこへも向いていない。


「正義に、すがっては……ならない……消えない……黒い、太陽が……まぶしくて……」

「……もはや前後不覚か。ならば引導を渡してくれよう――終わりだ」


 やめろ、とジャスティは呟いた。命乞いでも時間稼ぎでもなく、目の奥で再生される映像を打ち消そうとでもいうかのように。


「ジャスティ……?」


 両手を握り込み、生きた心地もなく見つめていたユーシュリカが、様子のおかしいジャスティへ怪訝そうな声をかけた、瞬間。


「――やめろぉぉぉぉッ!!」


 ジャスティの喉奥から、空間を震わせるような絶叫が響き渡る。目は見開かれ表情は硬直し、まるで見えない何かを睨み付けるように吹き抜けとなった天を仰いで。

 直後、迸るような叫喚を上げ、ローデルタめがけて突進する。地を飛ぶように追い迫り、真っ向から斬りかかっていったのだ。


「ぬ……!?」


 経験に裏付けられた直感ゆえか、異変を悟り防御を固めるローデルタだが――ジャスティから放たれた剣撃は予測を軽々と飛び越し、彼の身体に無数の剣閃を浴びせてのける。


「な……んだ、この速さは……!?」


 たまらず身を引くローデルタだが、ジャスティの猛攻は終わらない。

 光ったかのように見える剣光の先から、空気のような感触を残して頑強な肉体を裁断し、それが四方八方よりとどまる事なく襲い来るのである。

 一呼吸とかからぬ一瞬間。放たれた閃きの数は、総計にして129発。鮮血がきめ細やかな噴水のように散った。


「止まら、ん……見えん……ッ! ……おのれ――!」


 深手と呼べるダメージを受け止めた上でローデルタが反撃の猛打を仕掛けるが、ジャスティは屈むように懐へ飛び込む事で回避と間合いの調整を同時に行い。


「うおぉぉあああああぁぁぁぁぁッ――!」


 これまでに打たれた痛みよりも、身内から絶え間なく湧き上がる痛苦から逃れるように――痛々しい程のうなりを張り上げ、下方から剣を突き上げる。

 その一撃はしたたかにローデルタの胴体から胸部にかけてを縦一文字にえぐり、叩き込まれる衝撃が筋肉の鎧をもぶち抜いて後方にある石柱を微塵に破砕してのけていた。


「が……ぐ、ぬぅ――これ、しきの事で……ッ!」


 目を剥いて歯を食いしばるローデルタだが、それでも闘志は潰えず膝を打ち上げる。ジャスティは獣のように四肢を地面へつきながらこするように後退し、上半身を起こして。


「はぁ……はぁ……ッ!」


 両腕を垂らし、途切れ途切れの不規則な呼気を吐き続ける。

 錯乱と形容するべきその急変。今のジャスティはローデルタのみならず――何か、内側で暴れ回る何かに対してもがき苦しんでいるようだった。


「正義を成すんだ……正義になるんだ……正義は一つだ――俺が正義だ」


 ぎろり、と妄執を超えて怨念にも近い形相でローデルタを睨み据えると、荒々しい剣のような気迫が放たれ、ローデルタは知らず一歩、足を下げていた。


「ぬう……儂が気圧けおされた、だと……? この少年、先ほどとは何かが違う……まるで中身が全て入れ替わったかのような――この骨身に沁みるおぞましい気配は、一体……?」

「だ――だって俺が正義じゃなかったら……なかったらッ!」


 ジャスティの瞳孔が病的なまでに収縮を繰り返し、目が血走った矢先。


「ジャスティ!」


 ユーシュリカが呼び掛けていた。その瞬間びくりとジャスティの肩がすくみ、幾度か瞬きをしてから、瞳の焦点が気遣わしげにこちらを見ているユーシュリカへ向けられる。


「あ……俺……」

「ジャスティ……大丈夫です。あなたの正義はずっと私が見ています。他の誰が否定しても、私だけは側にいますから……だから」


 ユーシュリカは察しがついていた。このジャスティの豹変と放心。その不安定さの正体は恐らく、幼少期の深いトラウマによるものだと。黒き太陽によって引き起こされた惨劇が、彼の脳裏にフラッシュバックしているのだと。

 だったら自分にできる事は――恐怖に怯えるジャスティを慰め、支える事なのだ。今までと同じように、こうやって側にいてやる事なのだ。それが今すべき正しい事なのだ、と。


「そうだ……俺は一人じゃないんだ。何もできなかったあの時とは、違う……!」


 深呼吸をして何かを振り払うようにかぶりを振ったジャスティだが、元の無邪気さに戻るでもなく、怖がるでもなく――その双眸には、強い決意の色がたたえられている。


「ローデルタ……お前は統制こそを正義と言ったな」


 正剣を構え直し、ジャスティはローデルタを一心に見据えた。


「なら切り捨てられた方はどうなる。選ばれなかった方はどうなる。それでいいのか……ただいらない人を悪と決めつけて蓋をして――それで本当にいいのか?」

「肝要なのは邪悪な人の摂理せつりを受け入れるかどうかなのだ。個を優先して全が滅びれば悪の思うつぼではないか」

「目に見える形だけを正義にしたところで何も解決しない。本当に大事なのは心に正義を宿す事なんだ」

「ならばどうする! 目先のみを見定める勇者として貴様は何を成す――答えよ!」

「俺は一人で戦わない。けどお前の正義に従いもしない」


 ジャスティは胸に手を当てまぶたを数拍閉じ、静かに吐息を吐く。


「……俺の正魔法は大勢の人の前で使う事には向いてない。それに本当は、正義を誰かに伝える事だって苦手なんだ。でも……たとえたった一人でも正義を成し続けて、それがいつかどこかで、誰かがつないでくれればそれでいい」


 ジャスティは目を開けた。時間はかかるかも知れない。だけどかからないかも知れない。そうやって誰かが誰かの正義を支えていけば――きっと悪には負けない大きな力になる。


「ならば誰が貴様の中に正義を見るというのだ? 誰の中に正義を残すというのだ?」

「ユーシュリカと約束した。二人で正義になるんだって。だからユーシュリカの分の正義も背負っていく。背負った分だけ強くなれる。――それをここに示してみせる!」


 ジャスティ、とユーシュリカは声を詰まらせる。頬を、こぼれた一筋の涙が伝っていった。


「笑止なり! 浅薄なり! 貴様が語る正義はあまりに脆弱。薄氷の上の空論に過ぎん。セーフティの多寡たかこそが正義の指標。選ばれた者のみを選定し、たやすく悪に堕ちる者どもは徹底して抑制しなければならんのだ!」

「デイライズは俺が倒す。倒して、世界を元へ戻してみせる。そうすれば無理に抑えつける必要はなくなる」


 それでもお前がその野望を果たすというのなら、とジャスティが瞳に力を込める。


「俺が止めてやる――そんなの正義じゃないッ!」


 やるべき事はこれまでと何も変わらない。悪を倒し、人を守り、正義を突き通す――そう、この正魔法で。

 ジャスティが正剣を高々と掲げると、迷いを払拭し確固として備わった意志が、その輝きを極致まで引き出す。そうして、一言叫んだ。


天罰ネメシス・ジャッジ!」


 すると、正剣を中心に激烈なまでの陽光が降り注ぐ。ただまばゆいだけではなく、それはとてつもない熱を伴っていた。

 見る間にオーラの防護を浸透し、ローデルタの身体から煙が上がり始める。灼熱と化した中庭からは火の手が上がり、小川はとうに蒸発してしまい、石柱は液状化を始めていた。

 ローデルタは立ちすくみ、空を見上げると網膜が焼かれた。

 太陽光線。そこから集められた熱エネルギーがここ一カ所に集中し、照射されているのだと理解した時には、今度は足下から打ち上がった濁流のような炎の柱に、全身あますところなく呑み込まれていた。


「ぐ――おおぉぉおお……おおあぁぁぁぁぁぁッ……!」


 地面。そのさらにはるか下。マントルを超えた先にある地核より摂氏5000度を軽く上回るマグマまでもが呼び出され、それがローデルタを直下から襲っているのだ。

 大気圏外より発射される衛生兵器の如き光条。そして地底から噴き上がる局地的な溶岩流。この二つをただ一点に重ねて敵を燃焼させる――それこそがこの正魔法であった。


「おおおぉぉ……ガ――ガアァァァァッ……!」


 肉、神経、細胞、血液、骨を隅々まで沸騰させ焼かれ、けれど果てなき煉獄の牢は範囲にあるものを等しく、覿面てきめんなる享受以外を許さない。

 その暴威は使い手であるジャスティをもさいなみ、同じ業火のあぎとへと閉じ込めている。――照射地点は己そのもの。よって狙いはつけやすく、敵を逃がす事もない。


 ユーシュリカは呆然と天と地より中庭を埋め尽くす、その光と火焔の洪水を見つめながら、ふと脳裏を刺激されるような感覚を覚えた。

 自分は知っている。この光を見た事がある――遠い昔、おぼろな記憶に。


「――、――ッ……! ――! ――ォ……!」


 もはや叫び声すら炎上する渦中に呑まれ、時間にして十三秒フラット。

 唐突に破滅的な天上の光も、文字通り地の底を駆け上る重低音も消え去り、巨大なクレーターのみに変わり果てた中庭の景色が舞い戻っている。


 そして、ローデルタは――いまだ火の粉を舞わせながらも、その場に立ち呆けるようにして佇んでいた。

 オーラはそげ落ち全身は黒く焦げ、ところどころ四肢がただれている。

 ただの膨大な熱量にとどまらず、太陽が連れてきた紫外線やオゾン層など、有毒、有害な物質の数々が徹底的に肉体を破壊し尽くしたのだ。息はあるもののすでに彼の戦闘能力は絶無で、ゆっくり倒れ込むのはそれまで倒れる事すら許されていなかったからだろう。


「ジャスティ!」


 ユーシュリカが声を上げると、相対していたもう一人――ジャスティが振り返り、にこっと気の抜けた顔で笑いかけてきた。

 正剣は影も形もなく消滅し、自身も大火傷を負っているものの、命は無事。無事なのだ――と、ユーシュリカは安堵に胸をなで下ろし、湿った目元を拭った。

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