十七話 再来! 司祭フエスラビア

「ユーシュリカ、どこにいったんだろう……俺も大聖堂へ入ってみようかな……」


 倒し、ジャスティは広場を進んで、まるで見る者を無意識にひざまずかせるかのような威容を放つ入り口から、おずおずと聖堂内へ踏み入っていくのだった。


 サン・ルミナスの土地としての三分の一をまるまる占有せんゆうしているような規模で、正面にある大聖堂入り口への大扉もさる事ながら他にもいくつもの施設を回廊が整然とつなぎ、ステンドグラスの模様や壁にかけられた天使の絵画、彫刻などが目を引く。どこからともなくクラシックなオルガンの音や、福音を招く聖歌隊の歌声が聞こえて来るようだ。

 地図もないためジャスティはあてもなくドアを開けて中を確認していくしかなく、儀礼中の礼拝堂へうっかり入り込んでしまう事もあれば、休憩所で一休みする事もあった。


「すみません、ユーシュリカいませんか」


 目についたドアを開けると、そこは図書館のようだった。堅苦しい感じのする他の部屋とは違い派手すぎず、おしゃれで清潔感のあるサロンのような内装で、清涼感をかもすハーブの香りがページをめくる音とともに心身を落ち着けてくれる。


「あら、もしかして迷子かしら。お母さんとはぐれちゃったの?」


 正面の机で書き物をしていた三十代くらいの司書の女性が小首を傾けて尋ねて来るので、ジャスティはむっとしながらかぶりを振った。


「ちがうよ。俺はジャスティ。それで……えっと、ここ、図書館? なにがあるの?」

「色々な本があるわ。聖典、教典、事典……寄贈されてきた学術書や童話なんかもふんだんにね」

「なんだかつまんなそう。あ、でもサンティーネさまの事が書いてある本もあるの?」

「もちろんよ。確かこっちに……」


 カウンターを出て先導するように歩き始めるので、ジャスティも回りの本棚や読書にふける神官達をためつすがめつしながらついていく。すると奥の棚で彼女は立ち止まり。


「これは正義の教典よ……サンティーネ様が降臨なされた神話の時代の出来事が、簡単だけれど纏められているわ。読んでみる?」

「……俺、もじよめない……じぶんのなまえは書けるんだけど」

「まあ。それなら私が読み聞かせてあげるわね。そこの机へ座りましょうか」


 ジャスティは素直に頷いて、椅子に腰掛けて机に腕を乗せ、耳を傾ける体勢に入った。


「はるかな昔、主は汚れし地上に降り立ちました……星の流した黄昏のサンティーネ。それが主の名でした」

「ほし……」

「争いが絶えず、憎しみ合う人々を憐れみ悲しまれ、天よりそのお姿を現されたのです。彼女はまず正義を作り、秩序を整え、調和をもたらしました。――いかなる悪にも屈せず、常に正しき道を歩むように――それが最高神サンティーネの最初のお言葉でした」

「えっと……正義を司るのが正魔法で、秩序と調和を司るのが神魔法なんだよね?」

「そうよ。世界が危機に瀕する度、女神は聖地の扉を開いて勇敢なる選ばれし者を招き、正魔法と正剣を授け、倒すべき悪を啓示し、送り出します。この正剣の勇者はサンティーネの名代として民衆へ正義を示し、悪を討ち、この世に安寧あんねいをもたらし続けるのです」

「やっぱりサンティーネ様はすごいや……」

「次にサンティーネは神々に命を吹き込み、人々を守り導くようお命じになりました。神々は誓約という形で、正義の心を持つ人間に力の一部を賜ります。それを神魔法と呼び――サン・ルミナス教会を主とした神官達がそれぞれの救世への思いを胸に、人々を助けていくのです」


 めでたしめでたし、と冗談めかして司書が本を閉じる。


「どうかしら。だいぶはしょったけれど、サンティーネ様については分かってもらえた?」

「よくわかった。ありがとう――と、そうだ! 歴代の勇者達について、記録とか残ってないかな?」


 すると司書の女性は目元に影を差してかぶりを振る。


「……八年前、黒き太陽が空に昇って、世界は根底からひっくり返った。サン・ルミナスも例に漏れず、その被害は甚大じんだいなものに及んだわ。多くの神官がアンクトゥワ化して、鎮圧にも犠牲が出た……。その折りに書庫や倉庫が襲撃されて、貴重な文献や石碑、聖遺物などが失われてしまったの。……残念だけれど勇者達の記録も例外ではないわ」

「そっか……」

「ページや書物自体は多少なりとも残っていて復元がなされているけれど、今のところは意味のある記述はほとんどない。……それでも見ていくかしら?」

「ん、いいよ。作業の邪魔するのも悪いし」


 時間がかかるなら、また出直せばいい事である。そこでふと、ジャスティは司書の語った、神官までもアンクトゥワ化するという証言が気に掛かった。


「神官の人もアンクトゥワ化しちゃうの……? 俺は見た事ないんだけど」

「アンクトゥワ化した聖職者は、他のアンクトゥワとは比較にならない桁違いの力を得てしまうの。元よりあるセーフティの量に比例するのか、神魔法が使えたからなのか、詳しいところは分かっていないけれど……」


 司書は正義の教典の表紙を指でなぞり、自嘲気味に唇を曲げる。


「私も八年前、その恐ろしさを我が身に味わったわ……あの混乱の中で生き延びられたのが不思議なくらい。そこで悟ったの。正魔法は悪魔法と真っ向から対立するけれど、神魔法はその属性を調和や秩序としている。使い方次第で人々に恵みを与えるけれど、その本質は――正でも負でもない、中庸ちゅうよう。だからきっと、どちらにも転びうるのよ……だったら意外と正義と悪も、光と影のように根の部分では似通った関係なのかも知れないわね」

「そんな事はないよ、てんで間違ってる!」


 司書の言葉を受け、反射的にジャスティは席を蹴って立ち上がり、声を荒げ力説する。


「正義は何よりも強くて、素晴らしいんだから、悪なんかとは全然違う! ……って、あ」


 図書館中の視線を集めてしまっている事にようやく気づき、ジャスティは羞恥しゅうちに顔面を紅潮させながらドアから廊下へ逃げ出した。


「あ、ここにいらしたのね……正剣の勇者! ちょっとどこへ行くの、お待ちなさい!」


 さっきの薙刀を持った女性と鉢合わせになり、脇を抜けようとしたところをブロックされて肩を突かれ、壁際へ追いやられて見下ろされる。


「先ほどは名乗りもせず性急に過ぎました……私はフエスラビア。このサン・ルミナスの司祭をしています。お見知りおきを」


 言われてみれば女性――フエスラビアの神官服は他の者よりも白い帯が多く生地が高級そうだったりと違いがあり、教会でも大司教、そして司教に次ぐ地位にいる者だと分かる。


「それでは、改めて勝負を申し込ませていただきますわ……今度は負けませんわよ!」

「え? なんで?」

「言葉は不要……はあぁぁぁぁぁッ!」


 倒し、ジャスティは外の空気を吸うために中庭へ出て行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る