第三章 サン・ルミナス教会編

十六話 襲来! 謎の薙刀修道女

「勇者様~! こっち向いて~!」

「勇者様に正義の加護があらん事を! ばんざーい!」


 翌日、ギャンボリック討伐やデイライズ撃退の報など、勇者の活躍はすっかり城下町に広がっており、ジャスティとユーシュリカは多くの住民達の歓声と見送りを背に出発した。


「なんだかこそばゆいなあ……大した事はしてないのに」

「謙遜しすぎる事もないですよ、ジャスティ。あなたは勇者としてもっと胸を張ってもいいくらいです」


 そうかな、とジャスティはにやける。王都を出るまでは我慢していたのだろうが、つい気が緩んで出た笑顔は年相応のものにユーシュリカには見えて、つられて微笑む。


「とにかく、今度は正義の総本山サン・ルミナスだ! その聖堂街にはたくさんのサンティーネ様の信者達や神官達がいる。きっとみんな、正義に充ち満ちているに違いないよ!」


 そうですね、とユーシュリカは今度は困ったように歯切れ悪く笑ったが、高揚するジャスティが気づいた様子はなかった。

 数日の旅程を経て、二人は修験場を思わせる険しい隧道すいどうを抜け、長い階段を上がり、山の上にあるサン・ルミナスへとたどり着いていた。


「おお……こ、ここがサン・ルミナス! 白い家ばっかりだ……」


 その聖堂街は正方形を基調として形成され、階段も白く、道路も白く、壁も塀も白く、行き交う人々もまた白い衣服ばかり。

 建物は四角く、二階以上に高いものは見当たらない。逐一ちくいち鏡のように磨かれ、均されたように平面かつ四角四面的、それでいながら芸術的な神秘性と、荘厳であり清明な空気が自然と居住まいを正させる。


「あっちには鐘楼しょうろうと、こっちには用水路、それと教会……教会、教会ばっかり!」

「サンティーネ教のお膝元ですからね……世界一有名な巡礼地であり、おめでたい結婚式場にはよく使われるんです。教会のみならず、観光客の方には街頭で説法なんかも行われていますよ」


 少し歩けば神父やシスターと行き会うし、礼拝に出向く白装束の行列も見かける。

 一方ではどんな豊かな街にも一定数存在するであろう浮浪者や、貧しい身なりの者はまったくいない。その代わりあちこちから、神魔法らしい詠唱が聞こえてくるのだ。


「ハーモニー・ザ・リアクトと、オーダー・オン・リアクト。二種類の詠唱があるみたい」

「神魔法には外部に効果があるか、それとも内部に効力をもたらすのか、その属性によってキーワードが変わるんです」

「そうなんだ」

「例えば同じ病気の治療の仕方でも、私の使う系統では損傷自体を修復したり、病原菌のみを取り除きます。対してオーダー・オン・リアクトは弱った精神の波長を調ととのえたり、元々生命が持つ自然治癒力を促進させる、という具合ですね」

「家事とか、道具の修理とか日常的に使われるのはハーモニー・ザ・リアクトなんだね」


 二人は大階段を上がって聖堂街を抜け、サン・ルミナスの象徴である大聖堂前の広場へと到着していた。

 正面にある長方形の入り口までにはいくつものアーチと、両脇にも大聖堂内へ続くだろうカーブした通路が伸びている。静謐せいひつさをたたえていながらもまだ喧噪のあった街とは違い、そこにいるほとんどは神官や司祭ばかりで、戒めるような霊妙な雰囲気が漂っていた。


「まず私が挨拶をしてきます。大聖堂にいらっしゃるローデルタ様は次期教皇と目される大司教。許しを得られれば、自由に歩き回る事も調べ物をする事も可能になるはずです」

「そ、そっか。じゃあ俺はまってるね」


 これまでにも何度かサン・ルミナスに関して消極的な態度を見せてきたユーシュリカだったが、今はどういうわけか率先して広場にある神々を模した石柱の間を抜け、大聖堂の中へ消えていった。

 残されたジャスティは、急に不安になった風にあたりを見回して。


「や、やっぱり……ユーシュリカについていけばよかったかな」


 その時である。だしぬけに横合いから高飛車な声がかけられた。


「黒い髪に、銀のまなこ……思いのほか小さいですけれど、あなた、正剣の勇者ですわよね?」


 え、とジャスティがそちらへ首を回すと、広場の先から一人の長身の女性が歩み寄ってくるのを目にする。

 年の頃はユーシュリカとそう変わらないくらいだろうか。色素の薄いプラチナブロンドの長い髪と、赤みがかったストロベリー色の瞳を持ち、いかにも気の強そうなつり目なのが特徴で、線は細めながらも神官服に包まれた肢体は美しいプロポーションを誇っていた。


「そうだけど、お姉さんだれ……? なんで俺のことしってるの?」

「あなたがサン・ルミナスに来た事はすでに誰しもの耳に入っていますわ。皆、控えめなのであえてあなたの足を止めさせるような真似はしませんでしたが……私は違います!」


 ぶんっ、とその女性は背中に吊っていた大振りな薙刀なぎなたを引き抜いて正眼に構え、鋭利な視線でジャスティを射る。


「あなたの勇者としての力を試させていただきますわ。もし私程度に敗れるようなら、ここを通すわけにはいきません。どうかそのままお帰り下さいませ」

「え? なんで?」

「問答無用――いざっ!」

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