016 これが答えだ

一見すると肩や胴回りを覆うタイプのプレートアーマーで、腕や足といった鎧のない部分は白いタイツのようなもので覆われていた。シンプルだが全体的に流線的なファイヤーパターンの紋様が入っていて、力強さを感じさせる。

 当のミレイはまだ変化に気付いていないらしく、驚いた様子で周りを見渡し、


「い、今の何っ?! すっごい光ったし、体も熱くなったよ!?」

「騒ぐ前にちょっと立て。んで、自分がどうなってるか確認してみろ」

「どうって……えぇえっ、何これぇっ!?」


 レグに軽く背中を押されて立ち上がったミレイは自分の格好に気付き、戸惑いながらあわあわと手足を上げてみたり背中の方を見てみたりと確認する。

 まあ驚くのも無理はないが。ラフな服装だったはずなのにいきなり鎧やらアンダーウェアやらを着ていたら、そりゃあ驚くだろう。


「はしゃぐのはいいが、こっちからの繰氣を止めるぞ。自分で制御してみ」

「せ、制御ってどうやるの!? というか、これどういうことなのっ?!」

「一度出たらそこまで難しくない。創撃武装リヴストラを作る時にやるような感じで錬晄氣レアオーラを強く意識していれば、そう簡単には解けないから安心しろ」

「うう……これでいいの? それで、何なのこれ……?」

騎士エストの中では聖錬衣エルクロスって呼ばれているものだ。それがお前等が虹星練武祭アーヴェスト・サークルには出られない理由でもあるな」

「えっ、これが!? どういうことか詳しく……って、レグ兄? どうして離れるの?」


 説明を求めるミレイに対し、レグはイスを片手に数歩下がった。家を背後にし、イスもそちら側に置いておく。

 そして徐に、


「――《咎断》」


 右手に黒剣の創撃武装リヴストラを作り出し、一振りして感触を確かめる。いつもと同じく、一ミリと違わず思い通りの出来だ。


「……あの、どうして創撃武装リヴストラを出したの……?」

「言葉で伝えるよりこっちの方が分かり易い。これから全力で一撃食らわすから、絶対にそれを解くなよ」

「待って待ってそれはダメだってぇ!? レグ兄に本気でやられたらただの怪我じゃ済まないよ死んじゃうよ?!」

「まあ大丈夫だろ。いいか、聖錬衣エルクロスの維持に集中しろよ。ビビって解いたりすんなよ?」

「ほ、本気、なの……?…………うわ本気の目だぁ……!」


 暗くても分かるくらいに引き攣った表情のミレイに対し、レグは黒剣を肩に担ぐようにして構える。ふっ、と短く息を吐き、目つきを鋭くしてを見据えた。


「……っし、いくぞ。気合い入れろ」

「うう、何言っても聞かない顔してるよぉ……」


 怯えた声を出しながら、聖錬衣エルクロスはちゃんと維持出来ている。

 なのでレグは右手の黒剣を迷うことなく振るい、目の前の空間に影の刃を刻み込んだ。それも一度ではなく、何度となく振るい続け、影の刃を重ねていく。

 見覚えのある技に、ミレイから再びクレームめいた悲鳴が聞こえてきた。


「それやるのっ!? 前にリアちゃんと纏めて吹き飛ばされたやつだよ?!」

「安心しろ、前とは違うから」

「ほ、本当に? すっごい嫌な予感しかしないけど……」

「前のは本気じゃなかったからな。これが全力版だ、滅多にやらないんだから喜べ」

「安心も喜ぶことも出来る要素が一つも無いよっ! やだもう、あんなに大きく……!?」


 身を縮こませて恐怖するミレイに対し、レグは数十と重ねた影の刃を前に、黒剣を握る手に力を込める。


「んじゃ、いくぞ――《残影刃・塊》!」


 そして手加減抜きの一撃を容赦なく打ち放ち、黒い刃が塊となって猛烈な勢いでミレイへと襲いかかる。

 距離もなかったのでミレイはあっという間に黒い塊に呑まれ、その瞬間に金属同士が激しくぶつかるような派手な轟音が響き渡った。

 強烈な一撃に砂埃が立ち、夜の暗さも手伝って視界は悪い。レグが黒剣を軽く振るって弱い風を巻き起こすと、ランタンの明かりに照らされて蹲るミレイの姿が見えた。

 大岩も砕く影の刃を受けたミレイはというと……どうやら無事なようで、ぱっと見では傷一つなさそうだった。


「……まあそうだろうと思ったが、実際に見るとちょっとムカつくな。せめて掠り傷くらい付いていれば可愛げあるってのに」

「なんか酷いこと言ってる?! ……でも、あれ? ほんとに大丈夫だ……ちょっと衝撃はあったけど、傷はないみたい。レグ兄、もしかして手加減してくれたの?」

「してねぇよ。くそ、やっぱ最大威力の技を使うべきだったか……? けど、あれで無傷だと流石にヘコむしなぁ……もっとヤバいの使えば死にかねないし……」

「だから怖いこと言わないでってば!?」


 抗議の声を上げつつ、ミレイは立ち上がって自分の体をあちこち確認する。少し汚れはしているものの、鎧にもタイツ部分にも損壊はない。

 用済みになった黒剣を消したレグは、後ろにあったイスにどかっと座り、まだ事態を呑み込めていない妹分に言い放つ。


「チビ、これが答えだ。オレが『本戦レベルの騎士エストには勝てない』と言った理由であり、錬技スキルは無視して錬晄氣レアオーラの訓練ばかりやっている理由でもある」

「それって、つまり……この聖錬衣エルクロスが凄い、から?」

「大雑把すぎる回答だなおい……まあ、間違ってはないな。聖錬衣エルクロスの防御力は錬晄氣レアオーラの比じゃない。身体能力も底上げされる。オレの一撃を防ぎきったように、岩を砕き大木をへし折る強力な攻撃も通じない」

「ふえぇ、聖錬衣エルクロスって凄いんだね……あっ、じゃあじゃあっ、これが出せたならあたしも無敵ってこと!? 本戦いけるっ!?」

「無敵な訳が無いだろ、尋常じゃなく硬いだけだ。オレなら攻略する手立てがあるし、そもそも聖錬衣エルクロス創撃武装リヴストラと違って維持するだけでもガンガン錬晄氣レアオーラを消費していくぞ。いくら魔力の多いお前でも数分持たないでガス欠だ」


 目をキラキラと輝かせていたミレイだが、次第に輝きが曇ってきた。現実はそう甘くない。

 それを教え込まなくてはならないのが教える側の役目なので、レグは非情に続ける。


「本戦に出場するチームは、メンバーの半数以上は聖錬衣エルクロスを使いこなす。下手をしたら全員が使える可能性もあるな。そして奴等は、聖錬衣エルクロスを打ち破るだけの攻撃手段を用意している。オレの錬晄氣レアオーラさえ破れなかったチビには無理だろうけどな」

「れっ、練習すれば出来るようになるよ! 錬技スキルの訓練もして――」

「だからそこが間違ってるんだよ。お前も、チームの連中も、そこが分かってねぇ」


 やれやれだ、と首を横に振ったレグは、億劫になりながらも説明を続ける。


「……そもそも、最初にテストした時、誰一人としてオレの錬晄氣レアオーラを破れなかっただろ? セーラの嬢ちゃんは惜しかったが、それでも足りねぇ。魔力の多さから考えれば出来ていてもいいはずなのに、だ」

「それは、その……だから錬技スキルを鍛えるって話になるんじゃ……?」

「違う。足りてないのは創撃武装リヴストラの質だ。それはつまり錬晄氣レアオーラの質が悪いって話に繋がる。チビ、お前は全力の一撃を放った後でもすぐに動いて次の攻撃に移れただろ?」

「……う、うん……」

「全力で放ったのなら、どうしてそんなに簡単に動ける? ちなみにオレは今、物凄くかったるい。普段は纏ったままの錬晄氣レアオーラも止めている。余力が殆ど無いからな」

「…………それって…………レグ兄が今の攻撃で、魔力の大半を使い切ったから……?」

「そうだ。けど、お前は全力を出した後でも、まだ余裕はあるだろ? それはつまり、創撃武装リヴストラってことだ」


 説明をするが、ミレイの顔を見るにまだピンときていない。姉と同じで考えるよりやってみて覚えるタイプだからだろうが、もうちょっと考えている素振りくらい見せて欲しい。

 手の掛かる妹分に理解させるべく、レグは家の近くにある井戸を指差して、


「喩えるのなら、あの井戸にある水がお前の魔力だ。それを創撃武装リヴストラという名の桶で汲み出して攻撃する訳だが、お前は桶が小さすぎて井戸の中にある水の四分の一も使えていない。いくら気合いを入れて全力で汲み出して水をぶっかけようとしても、桶自体が変化する訳じゃないから注ぎ込める水量の限界は変わらない……つまり、もっと水を入れたいなら桶から作り替えていくしかないんだよ」

「…………ええっと、つまり…………創撃武装リヴストラをどうにかしないとダメ、ってこと?」

「そういうことだ。違う武器にしろって言ってる訳じゃなくて、もっと錬晄氣レアオーラの質を上げ、自分の力を存分に振るえるだけのものにしないと意味が無い。それが出来ていればオレの錬晄氣レアオーラくらいなら破れる。聖錬衣エルクロスでもダメージは通るだろうな」

「そっか……そうなんだ……だから錬晄氣レアオーラをどうにかしなくちゃいけないんだ……!」

「ああ。錬晄氣レアオーラはあくまでも土台、基礎だ。けどな、そこが上質なら魔力が少なくても戦える。さっきの桶の例で言うなら、オレの場合は井戸水を一度で全部掻き出せるし、水じゃなく凍らせてぶつけることも出来るから威力も桁違いになるな」


 尤も、元の魔力量が少ないから、破壊力ならそのうちミレイにも抜かされるだろうが。とはいえ、影属性の真価は多様性なので、ただの力自慢に負けるつもりなんて更々ない。真っ向からは砕けない盾や鎧もやりようでどうにでもなるし、切り札もある。

 だが、ミレイ達ならそんな回りくどく策を練らなくとも、鍛えていけば十分な威力の錬技スキルが出せるようになるだろう。聖錬衣エルクロスの防御力を抜くことも可能だし、ランクの高い剛魔獣ヴィストも倒せるはずだ。

 ミレイもその可能性に気付いたらしく、光が差したみたいに表情に明るさが戻る。


「ならっ、錬晄氣レアオーラをもっと鍛えて頑張ろうって皆にも言わなきゃ! それに聖錬衣エルクロスのことも教えて――」

「残念ながらそれは却下だ。聖錬衣エルクロスのことは他の仲間には言うな」

「ええぇっ!? なんでどうしてっ?!」

「オレの一存じゃなくて騎士エストの中で決められていることなんだよ。聖錬衣エルクロスは発現するまで秘密で、そういう存在があると臭わすことも禁じられている。どこかで見聞きしたヤツが訊いてきても基本的に無視だ」

「どうして? だって、これさえ使えるようになれば…………あれ……?」


 有用性を説こうとしたらしいミレイだが、急にふらふらとへたり込んで膝を突いてしまった。ほぼ同時に聖錬衣エルクロスは煌めきながら透けるようにして消滅し、元のラフな服装に戻る。


「時間切れだ、数分でガス欠だって言ったろ? ああ、無理して動こうとするな、立ち眩み起こしてぶっ倒れるぞ」

「で、でも……こんないきなりくるなんて……」

錬晄氣レアオーラを食らいつくされるまで維持していればそうなる。慣れれば少しずつ消耗を減らせるようにはなるが、どの程度もつかは感覚で覚えるしかないな。ちなみに聖錬衣エルクロス創撃武装リヴストラを同時に出してみろ、今のお前なら十秒と持たないぞ」


 当然、錬技スキルなんて使えるはずもない。無茶をすれば一発くらいならどうにかなるかもしれないが、それを放ったら即座にぶっ倒れるだろう。

 ろくに動くことの出来ないミレイはそれを痛感しているようで、顔を上げることすら辛そうな様子で見上げてきた。


「で、でも……本戦に出る人達は、これを着て戦うんでしょ……?」

「それが出来るようになるには、やっぱり錬晄氣レアオーラを磨くしかないんだよ。もしお前が自力で聖錬衣エルクロスを発現させられたなら、もうちょい持つ。軽く戦うくらいなら出来るだろうな」

「じゃあ、どうして今は出せたの……?」

「オレが繰氣して上手いことやったからに決まってるだろ。だが、発現した後はお前の錬晄氣レアオーラを燃料にするから、元々の質が高くなければ消費は激しくなる……んで、そうなった」


 膝を突いたまま今にも横に倒れてしまいそうなミレイに近付くと、レグは相手の脇の下から腕を差し込み、肩を組むようにして引き上げる。脱力した体は重く、しかも無駄に柔らかな感触があるものだから、やりにくくて仕方ない。

 さっきまで自分が使っていたイスに座らせると、背もたれに抱きつくようにして体を預ける。ただ座るだけでも今はキツいのだろう。

 ただし虚脱感が凄くても意識はハッキリしているはずなので、レグは構わず続ける。


「話を戻すが、創撃武装リヴストラ騎士エストになれる最低条件だとしたら、聖錬衣エルクロス騎士エストとして一流の証だ。けどな、それが鎧なのか衣なのか、或いは全然関係無さそうな物体になるか、そこは当人次第だ。正解なんてないし、下手にイメージして発現しようとしたらいつまで経っても成功しないってこともある。まあ失敗するだけならいいが、中途半端に成功しかけてからミスると洒落にならんな」

「……後学の為に訊くけど、どうなるの?」

「ああ、爆発する」

「………………えっ? 冗談、だよね?」

「いやマジで。練りに練った錬晄氣レアオーラを抑圧してから内側に向けて収束させる段階でミスると、爆発するんだよ。大怪我間違いなしで、下手をすれば繰氣が出来ない体になる」

「………………うわぁ…………え、じゃあじゃあ、あたしも危なかったの!?」

「そうならないようにオレが繰氣してただろ? けどな、これはあくまでも男女で、繰氣しているオレが抜群に上手いから出来たことだ。自慢じゃなくただの事実になるが、繰氣技術でオレより上は大陸中を探してもいるかどうか分からないレベルだからな」

「……でも、その…………そんなに危険で禁止されているのに、教えてくれたの? レグ兄、怒られないの?」

「オレはただ繰氣して導いただけだ。教えたのはお前が聖錬衣エルクロスを発現してからだし、全然問題ねぇよ」

「……うわぁ物凄い詭弁だぁ……!」

「いいんだよ。最低限のルールは守ったし、他所の国ではめぼしい騎士エスト候補生にわざと目の前で聖錬衣エルクロスの発現を見せるって噂も聞くしな。そこからの説明はしなくても、見るヤツが見れば理解はするし」


 尤も、これがフランベルに知られたらただの説教じゃ済まなさそうだが。親友の妹を危険に晒したからというより、掟破りスレスレなことをした件で。


「それに成功させる自信はあったぞ? だが、さっきも言ったがそれはチビがオレを信じて繰氣を完全に任せていたからだ。他の連中に同じ事をやれば……まあ、良くて成功率は二割くらいか。失敗しても爆発したり再起不能になったりするようなことにはならないだろうが」

「うう…………成功したからこれ以上文句は言わないけど……じゃあ、あたしがリアちゃん達に、聖錬衣エルクロスのことは話さず上達のコツって教えるのもダメなの? あっ、何も言わずにお手本として聖錬衣エルクロスを作るのはっ?」

「どっちも駄目だ。というか、どっちも論外。お前が教えていいくらいならとっくにオレから教えているし、後者に至っては不可能だろうしな」

「不可能って……どうして? これって、今の感覚を頼りに聖錬衣エルクロスを出せるように頑張れってことじゃないの?」

「それ自体は間違って無いが、オレがやったのはヒントだ。少なくともお前は聖錬衣エルクロスの存在を知ったし、発現させる感覚も体験した。その経験があれば何も知らずにただ訓練するよりもずっと早く到達出来るし失敗も減る……が、そう簡単にいくと思うなよ。予選までの間に自力で成功する可能性なんて、ゼロからほぼゼロになった程度だ」


 非情だが、それが現実だ。騎士エストになれた才能を持つ連中でも、聖錬衣エルクロスを纏えるレベルまで到達するのは極一部。経験の浅い騎士エスト候補生が修得するには難易度が高すぎる。

 それでも、ミレイ達なら数年後には間違いなく使えるようになっているだろう。魔力量と向上心がレグにそう確信させる。

 だから教導員コーチとしてはじっくり育てるのが正解だ。焦って無理を強いれば、文句を言いながらも強くなる為に歯を食いしばって耐え……その結果、壊れてしまう可能性もある。潰れてしまっては元も子もない。

 ……本当なら、ミレイに聖錬衣エルクロスを出させるつもりもなかった。当初の予定では訪ねてくる者がいたら、『逆吸収アブソーブ』で繰氣し高いレベルで錬晄氣レアオーラを作り上げる体験をさせて道標にするだけだった。

 なのにこうしてミレイに聖錬衣エルクロスを発現させてしまったのは――妹分の真摯な望みに、共感してしまった部分があるからだ。

 虹星練武祭アーヴェスト・サークルは各国の持ち回りで開催される。つまり今年を逃せば、次に光夜アスニアで開催されるのは八年後になり、ミレイの出場は年齢制限で叶わない。それに、既にジーナが行方不明になってから五年近く経つ。これ以上の時が過ぎれば、当時のことを知っている人を探すだけでも難しくなるだろう。

 チャンスは今年だけ。そして予選はあと二ヶ月弱で開催される。

 それまでにミレイが聖錬衣エルクロスを修得出来る可能性は低いし、聖錬衣エルクロス無しで勝つ可能性も低い。もしミレイが勝てたとしても、他のメンバーが勝てなければ意味が無い。

 つまり全員の大幅かつ急激なレベルアップが予選突破の必須条件になる。普通に鍛えていくのなら……まず無理だろう。時間が足りなさすぎる。


「…………賭けに出る必要がある、か」

「ふぇ? レグ兄、何が必要なの?」

「いや、何でもない。それよりチビ、自力で立てるか?」


 良くは聞こえなかったらしいミレイの問い掛けに、レグは小さく首を横に振りつつ矛先を変えてはぐらかす。

 素直な妹分は返された質問に体を捩ろうとして、力無い笑みを見せた。


「あはは、ダメみたい。体が全然言うこと聞いてくれないよ」

「初めてガス欠したらそんなもんだろ。ま、明日にはほぼ回復しているはずだから、今日のところは泊まっていけ。ちゃんと親には言ってきたんだろ?」

「うん、レグ兄の家に行くって。お母さんが頑張ってこいって言ってくれて……そういえば、お父さんは奥の方で泣いてたような……?」


 どうやら後日にちゃんと説明する必要がありそうだった。小さい頃から良くして貰っていた人達に妙な勘違いをされると、流石に気まずい。

 面倒なことにならないよう家まで送ってやりたいところだが、残念ながらそれは無理だ。


「オレも余力無いから、お前を運ぼうとしたら途中で倒れかねないしな。ったく、チビはチビらしく小さいままでいればいいのに、すくすく育ちやがって……」

「おっきくなったのはあたしのせいじゃないよぉ!? どっちかっていうと、あたしだって小さくて可愛い方が良かったもん!」

「贅沢言いやがって……ったく」


 悪態を吐きながら、レグは座っているミレイの背中と膝下に腕を回して、そのままひょいっと持ち上げる。


「わわっ……れ、レグ兄、大丈夫? あの、重くない……?」

「見た目の割には軽い。鍛え方が足りないか……もっと走らせて、とにかく食わせて……」

「ええ~……あんまり太りたくはないなぁ……」


 我が儘を言いつつ、ミレイは恐る恐る両腕をレグの首へと回して抱きついてくる。

 そのまま家の方へと戻りながら、レグは改めてこれからのことについて考える。


「ベッドは一つしか無いから、小屋に置いてある巻き藁を出して対応するか。野外でいいならハンモックって手もあるが、どっちがいい?」

「どっちにしてもあたしにベッドはくれないつもりなんだ……」

「当然だろ。まだ暖かいから冷えて風邪引く心配も要らないしな」

「……あたし、女の子なのに……」


 不満げな声が聞こえてきて、おまけにぺしぺしと叩いてくる。全然力は入っていないが、ひたすら鬱陶しい。


「お前やジーナを女扱いしてどうすんだよ……ったく、分かった。ベッドはくれてやるから、代わりに一つ頼まれろ」

「やたっ、なになに?」

「チームの連中に伝えておいてくれ。『二日後の訓練日は午後からにする、万全の体調で来るように』、ってな」

「うん、それはいいけど……?」


 詳しくは訊いてこなかったが、何をするつもりなのかとミレイが不思議に思っているのは伝わってきた。予定にはない、突然の訓練時間の変更だ。しかもわざわざ体調面にまで言及している。

 疑問に思うのは当然だが、もし訊かれてもレグは答えるつもりはなかった。

 訓練内容についても……その危険性も。

 ――下手をすれば、次がレグの教える最後の訓練になるかもしれないことも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る