015 創撃武装は生き方そのもの

「分かった分かった、強くなる切っ掛けはやるよ。とりあえず外に出ろ」

「ほんとっ!? あれ、でも、外……? それにレグ兄、どうしてイスを持ってるの?」

「座るからに決まってるだろ。いいから来い」

 一々全部説明してからやるのは面倒なので、レグは飾り気のないイスとランタンを手に外へ出る。周りを軽く見渡し、家から数十メートル離れたところに木々も茂みもない開けた場所があったので、そこまで移動し適当にイスを置いた。ランタンは少しだけ離れた地面に置き、辺りを照らす。

 一応ガタつかないか確認をしてから座ると、不思議そうな顔をしているミレイを手招きし、


「ほら、ボーッとしてないで来いよ。んで、服は……どうすっかな」


 改めてミレイを見ればいつもと似たような格好で、上は短めのシャツ一枚で下は短パンだ。スタイルの良さが丸分かりで健康的だが、色気はあんまりない。

 服装を確認するレグに対し、ミレイは急に慌てふためいて、


「ぅえっ!? こ、ここで脱ぐの?! いきなりお外は初心者のあたしにはハード過ぎると思うのですがっ!?」

「分かり易い勘違いしてんなよ。まあ、その服装なら脱がなくてもいいか。そのままでいいから座れ」

「え、あの……座れって、イスは一つしか……」

「だからオレの上に座れって言ってんだよ。こっちに背中を向けてな」

「えっ…………ええぇえぇっ!?」


 大袈裟に驚くミレイの声が夜の森に響く。もし町の近くだったら見回りの騎士エストが駆けつけて来そうだったが、ここは街道からも少し離れた人の寄りつかない場所なのでその手の心配はほぼ要らない。

 なので問題があるとすれば、目を白黒させて焦りまくっている妹分くらいだ。


「座れって、そのっ、レグ兄の膝の上に……!?」

「そうなるな。ほら、いいからさっさと座れよ。あんまり帰るのが遅くなると親とじーさんが心配するだろ」

「むしろお祖父ちゃんはこの状況を心配しそうだけど…………じゃあ、その、失礼しまーす……」


 苛立ちを露わに睨んだところで、ようやくミレイは恐る恐るといった感じで近付き、ぎこちなく後ろを向く。そしてそろそろと慎重に、ゆっくりとレグの足の上に座った。

 非常に癪なことに、ズボンの薄い生地越しに柔らかな感触が伝わって来る。昔似たような感じで膝上に乗せて髪を編んでやったこともあるはずなのに、あの頃とは全然違う。

 というか、そもそも目の前に項がある段階でおかしい。お互い成長したっていうのなら、もっと背が伸びていてミレイを膝上に乗せていても頭頂部が見えるくらいの身長差があっていいはずなのに。


「…………ちっ、成長しやがって……裏切り者め……!」

「その感想はどうかと思うなっ。い、一応女の子を乗せたんだから、もっとこう……!」

「あー、はいはい柔らかいし良い匂いもする。分かったからもっとちゃんと深く座れ、背中を預けても体勢崩れないようにな」

「に、匂いって……大丈夫? 汗臭くないっ?」

「平気だっての。ちゃんと体洗ってから来たんだろ?」

「う、うん、もしかしてもしかしちゃったら困るなー、と思って……」


 一応、万が一はあるかもと考えていたらしい。だったら余計に来るなよと言いたくなるが、それをぐっと堪えてレグは意識を仕事モードに切り替える。

 余計なことを考えたり油断したりすると、この状況だと流石にちょっとまずい反応をしてしまいかねない。まだ二十歳前の健康な男なんだから不可抗力だ。

 ただ、子供の頃からの知り合いにそんな反応をしたと察知されたら気まずいなんてもんじゃないので、ここからは医者と患者のような関係だと自分に言い聞かせる。

 少なくともこのやり方を教えてくれた相手は、そういう用途で使っていた。


「――オレの母親は、元いた国では氣占師エコーズと呼ばれる仕事をしていてな。マイナー職でこの国にはいないかもしれないが、要は錬晄氣レアオーラを使って相手の体に悪いところはないか診察する仕事だ」

「へえぇ、そんなこと出来るの?」

「熟練の技が要求されるみたいだけど、実際に成果は出てる。一人の体を診るのにそこそこ時間が掛かるし、オレの母親は体が弱くて一日数人の診察しか出来なかったが、客は途絶えなかったからな」


 言いながら、レグは両手を前に回して――つまりミレイを抱き寄せた。


「ひゃっ?! あ、あのっ、いきなり!?」

「実践しながら説明してやる。こうやって片手を患者の胸に、もう片方の手を腹に当てて、錬晄氣レアオーラを流し込むようにして悪い箇所を見つけるんだ。似たようなことは復療師ヒーラーもやってるだろ?」

「えっと……光属性の錬晄氣レアオーラを当てて、その箇所の回復力を高めるんだっけ……?」

「ああ。凄腕なら小一時間で切断した手足もくっつけられるぞ。ダメージ自体を無しには出来ないから、治るまでは相応の時間が必要らしいが」


 説明しつつレグは手を動かして、ミレイのシャツの隙間から胸と腹に直接触れる。柔らかな感触と、緊張しているのか少し汗ばんでいるのがとてつもなく生々しい。が、戦闘中と同じくらいの集中で全て無視する。


「ともあれだ、氣占師エコーズ錬晄氣レアオーラを利用するが、今からやるのはその応用だな。オレがチビの錬晄氣レアオーラをコントロールする」

「ええっ!? そんなこと出来るのっ?」

「ああ、オレも母親からやって貰った経験があるから間違いない。ま、これは異性でないと成立しないやり方だが」

「へっ? どうして同性じゃダメなの?」

「簡単だ。この技は『吸収アブソーブ』か『逆吸収アブソーブ』を利用してやるから、同性には出来ないんだよ」

「…………あ! そっか、そういうことなんだ!」


 ようやく理解したミレイが感嘆混じりの声を上げる。

 訓練初日にリアがレグに仕掛けた『吸収アブソーブ』、或いはそれを逆手にとっての『逆吸収アブソーブ』を上手く使えば、相手の錬晄氣レアオーラをコントロールすることも不可能じゃない。勿論、とんでもなく高い繰氣技術が必要になるし、相手が無抵抗状態じゃなければ成立しないが。


「そういう訳で、お前からオレに『吸収アブソーブ』しろ。そこから先はオレがやるから、基本的には何もしないでいい」

「……それだけで本当に上手くいくの?」

「チビ次第、だな。まあ失敗しても軽く爆発するくらいだし」

「ばっ、爆発?! あっ、だからお外に!?」

「当たり前だろ。オレのお宝が吹っ飛んで壊れたらどうすんだよ。だからこのイスもオレが作った頑丈だけが取り柄のヤツだし」

「骨董品の心配だけっ!? あたしの心配はしてくれないの?!」

「オレやお前の怪我はしばらくすりゃ治るが一度ぶっ壊れた骨董品はただのガラクタになっちまうんだよ! 修復技術自体が殆ど残ってないし、あってもいくら掛かると思ってるんだ!」

「い、今までにない大きな声……初めて本気を出す場面がここってどういうことなの……?」


 現実の非情さに妹分がショックを受けているのが、触れた体を通じて伝わって来る。完全に本音だったが、おかげで余計な力は抜けたみたいなので、さくっと先に進めていく。

 掌から感じるミレイの呼吸に自分の呼吸を合わせつつ、レグは普段から展開している錬晄氣レアオーラを意識して強くし、


「――冗談混じりはここまでだ。チビ、オレに『吸収アブソーブ』を仕掛けて、錬晄氣レアオーラのコントロールを奪われたと思ったらそこから先は抵抗するな。ほら、やってみ」

「気軽に言うけど、実際にやってみるの初めてなんだよ? 上手くやれるかなぁ……」


 不安げなミレイだが、創撃武装リヴストラを出せるのであれば誰でも使える技術だ。やり方が分からない、なんてこともまずない。

 だからすぐにレグが抱えているミレイの体が、淡い赤い光に包まれ始めた。基本的に錬晄氣レアオーラは得意な属性の色に染まる。レグから言わせればそうなってしまうのが未熟な証拠だ。

 ともあれ、普段は纏うだけの錬晄氣レアオーラが光を増し、レグまで包み込んできた。ほぼ同時に、レグの錬晄氣レアオーラが桶に穴を開けたように流れ落ちる感覚に襲われる。

 ここでただ錬晄氣レアオーラを留めるように抵抗するのではなく、逆に相手の錬晄氣レアオーラに食いつくようにして捕らえ、自分の元へと引きずり込む。どちらの繰氣が上手いか、なんて単純な話じゃない。基本的には仕掛けた女側の方が有利で、それを覆すには相手より一段か二段は上にいなければならない。

 ただし一度逆襲することが出来れば、そこからは一気に決められる……が、今回はミレイの錬晄氣レアオーラを『逆吸収アブソーブ』するのではなく、その応用でミレイの錬晄氣レアオーラを操る。

 ――自分の錬晄氣レアオーラと、ミレイの錬晄氣レアオーラ。性質の違う、属性の偏りも違う二つの錬晄氣レアオーラを絡み合わせ、そうしながら一度分解し、再結合する。ただ『逆吸収アブソーブ』するのと違って普通ならどれだけ繰氣技術に差があっても不可能な技だが、一瞬の拒絶反応だけでミレイが無抵抗でいてくれたから、何とか成功した。

 無事上手くいったとレグは内心で胸を撫で下ろしつつ、それを悟らせないよういつも通りの口調でミレイに告げる。


「第一段階はクリア、これからお前がすべきことは二つだけだ」

「う、うん。あたしは何をすればいいの?」

「なるべく同じ間隔でゆっくり呼吸しろ。あとはただ、ひたすら強さをイメージするだけでいい。お前なりの強さ、なりたいと思う強い姿を」

「う……何だかちょっと難しそうだよ。あたしなりの強さ……」

「難しいだろうが、チビには丁度いい目標があるだろ? お前にとっての強さの象徴……憧れる姿が」


 分かり易いヒントを与えると、ミレイはすぐに気付いたらしく振り向いてハッとした顔を見せる。


「…………お姉ちゃん……!」

「そうだ。あいつの戦う姿を思い出せ。どんな強敵でも炎を纏った大剣で薙ぎ散らす、シンプルに強くそれでいて華があった、あいつの姿を」

「う、うん……でも、あたし実はお姉ちゃんが創撃武装リヴストラを使って戦うの、あんまり見たことがなくて。巻き込まれたら危ないから、って」

「それでも、お前はあいつが強かったのを知っているだろ? 別に創撃武装リヴストラで戦う場面じゃなくてもいいんだよ。少し話をしてやるから、チビはジーナのことを思い出すように努めろ」


 繰氣に細心の注意を払いながら、レグもかつての仲間の姿を想像する。

 創撃武装リヴストラを使えるようになるずっと前から『強さ』の塊みたいだった、年上の少女を。


「――オレがジーナと初めて会ったのは、もう十年近く前だ。騎士エストになる為に森で木剣を振り回していたオレに、あいつが話しかけて来た。『強くなりたいなら相手をしてやる』、ってな。いきなりだぞ」

「えっ、ええぇっ!? お姉ちゃん、そんな風に言ったの?!」

「口調以外はそのままだ。自己紹介より先に、人のことをチビだの何だの言って笑顔で木剣を片手で素振りしながら近付いてきたからな。ヤバいヤツに絡まれたと真剣に思ったぞ」


 当時はレグが九歳、ジーナは十四歳だったはずだ。長身で溌剌とした見知らぬ美人が木剣片手に近付いて来たんだから、そりゃあビビる。

 後で話を聞いたところ、ジーナは家の畑を手伝っている孤児院の子供達からレグの話を聞いたらしい。仕事として言いつけられていた農作業や孤児院の手伝い以外の時間は一人で過ごし、森や河原で木剣を振り回している他国出身の子供がいることを。

 それで興味を持ち、騎士エストを目指す先達として声を掛けに来たそうだ。


「男女の差なんて子供の年齢差に比べたら全然大したことないから、オレは当然ボコられた。あいつ、年下相手に容赦なさ過ぎだ。しかもボコボコにしておいて次の日も普通に来やがるし……しかもオレが錬晄氣レアオーラの繰氣訓練をしてるって知ったら教えろ教えろうるさいし……」

「お、お姉ちゃんはちょっと強引なところがあるから……でもそこが魅力というか、裏表はない人だから……!」

「分かってるよ。傷の手当ては毎回してくれたし、よくメシもくれたしな。何より、オレが誰よりも強い騎士エストになるって目標を話しても笑わなかった。マジな顔で『あたしより強くなるなんて許さん』とか言いやがったけど」

「…………す、素直なのがお姉ちゃんのいいところでして……!」

「ま、そうだな。あいつはオレが本気だって分かってくれていて、その上で最強を目指して宣戦布告しただけだ。ガキで、しかも男なのに侮らず、ライバルの一人として接してくれた。いつも全力で叩きのめしに来て、オレが怪我をしても謝らなかった。おかげで、オレも全力で挑み続けることが出来た」

「………………」


 ジーナに手痛くやられている場面は、何度かミレイも見ているはずだ。だから思い出しているのだろう。

 強かった姉の姿を。楽しげに木剣を振るう、豪快なのに抜け目のない、それでいて負かされた相手を嫌な気分にさせない天性の明るさを。


「あいつは人より魔力が多いから強力な創撃武装リヴストラが作り出せて強かったんじゃない。逆だ。真っ直ぐで貪欲なあいつの強さが、創撃武装リヴストラという形となっていたから強かったんだ。飾り気のない大剣に炎を纏って焼き斬るスタイルは、あいつの生き方そのものだしな」

「…………生き方……」

「芯の太い人間は強いぞ。木剣でやり合っていた頃も、創撃武装リヴストラを使えるようになってからも、オレはジーナに勝ったことがない。お互い大怪我するまではやらなかったし、同じチームで虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ると決まってからは本気でやらなかったから、今やればたぶんオレが勝つ……が、そう言い切るのに躊躇うくらい勝てるイメージが湧き難い。それもこれも、帰ってきたら決着をつけるって約束を一方的にしておいてまだ戻らないせいだ。いい加減さっさと顔を見せろって思うぜ」

「…………っ……」


 肌を通して伝わっていたミレイの鼓動が、一際大きく跳ねた。それが意味するところが驚愕だということは、レグには容易に想像がつく。


「……れ、レグ兄はお姉ちゃんが生きてるって思っているの……!?」

「むしろあいつが死ぬイメージの方がないな。だからこそ圧勝する為にオレも研鑽を積んでいる訳だし」

「………………!」


 振り向いたミレイの目が、希望と興奮で輝くのが分かった。同時に、ミレイの錬晄氣レアオーラが急激な上昇気流でも吹いたかのように高まるのを感じる。

 余計なことを喋りすぎたかと一瞬思ったレグも、この感覚ならいけると、敢えて続きを口にした。


「ま、んなこと言っても死ぬ時は死ぬ。一年の間に何十人もの騎士エストが、何百人もの一般人が剛魔獣ヴィストの被害に遭っているし、病気で死ぬこともある。ただまあ、ジーナの場合は亡骸がないなら死んだっていうより行方不明の方がしっくりくるな」

「っ、あたしもそう思うの! だってお姉ちゃんはあんなに元気で、明るくて、それで……それから……!」

「強かった、だろ。ああいうのは問答無用っていうんだよ。創撃武装リヴストラがどうこうなんて話じゃない、あいつの存在自体がそのまま強さに繋がっていた」

「うん、うんっ…………だからあたしは、お姉ちゃんを探すの! 絶対に生きているから、見つけてみせるの……!」


 ……その言葉には具体的な根拠なんて何もなく、ただの願望としか言いようがない。

 だが、それでもいい。錬晄氣レアオーラの総量を決めるのは魔力、質を決めるのは繰氣の技術だ。しかしそこから先のステップで大事なのは、思いの強さ――折れず曲がらずの精神が、新たな段階へと進む鍵になる。

 現に今、ミレイの体から溢れ出る錬晄氣レアオーラは煌々と赤い輝きを増している。『逆吸収アブソーブ』を利用して繰氣しているレグが思わず歯を食い縛って集中しなければ手綱を握れない程の勢いで、熱量はないはずなのにジリジリと肌が焦げるような感覚に襲われるくらいだ。

 留まることを知らない錬晄氣レアオーラの高まりに、レグはミレイの胸と腹に触れていた手をそっと離す。ただし繰氣は継続したままで、直接触れていない分難易度はさらに増すが、ここに至ればあと少しだから気合いで集中して耐えるだけだ。

 そして最後の一押しに、レグは目の前で赤々と輝くミレイに問い掛けた。


「なら、探しに行く為にお前はどうするんだ?」

「――強くなる。虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出られるくらい……ううん、お姉ちゃんにも負けないくらい強くなるっ!」

「本気でそうなれると思ってるのか?」

「なるよ、絶対になる! 出来るかどうかじゃないもん、やるだけだよ! あたしは絶対、強くなるの!」


 高らかに叫んだその声と思いに呼応するように、ミレイの錬晄氣レアオーラがさらに膨れ上がろうとする。レグには決して持ち得ない膨大な魔力を、この場で使い果たしかねない勢いで。

 尋常じゃない量の錬晄氣レアオーラをレグは敢えて押さえ込み、制御出来るギリギリのラインまでミレイの周囲に留め……そして、限界の寸前で解き放つ。

 

 その刹那、一際強烈な赤光がミレイの体から溢れ出し、夜の森を紅く染め……


「っ……」


 目が眩む程の光の奔流は数秒と掛からず収まり、すぐに元の暗さを取り戻していく中でレグはを確認し、小さく息を吐き肩の力を抜いた。

 動き易い軽装だったミレイが、いつの間にか鈍く光る真っ赤な鎧を纏っている。

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