014 ミレイの目的

    三・切り札



 レグの住む家は森の中にあるが、近くには誰も住んでいない。

 華炎フレングレールは大陸の西側にある。王城は国の西側にあり、お膝元の城下町から一番大きな街道を東に進んでいくと交易の盛んな中都市に辿り着く。その過程にいくつかの分かれ道があって、その内の一つを南に進めばレグの住む森があった。

 城下町から歩きなら二時間は掛かるその森は、昔は伐採や茸狩りにとそれなりに人の出入りがあったらしいが、レグが住みだした頃には滅多に人が訪れなくなっていた。理由は剛魔獣ヴィストの目撃情報が度々あったからで、だからこそレグはただ同然で森の一部を買い取って住み始め、誰にも気兼ねなく暮らしていた訳だ。

 勿論、森や近くの山にいた剛魔獣ヴィストは一掃済みで、周囲にあるいくつかの小さな町や村からは定期的に見回りをして欲しいという要望もあり、小遣い稼ぎに引き受けている。

 そこに毎月支給されていた特例報奨金ボーナスもあるから、金に困ることはない……はずだったのだが、現実は全然違う。借金こそしていないが、手元に残っている現金は殆ど無い。

 その一番大きな原因が、そう広くない家の中に置かれた数々の品物だ。


「うわぁ……レグ兄、昔は武器しか集めてなかったけど、家具とか小道具とかも集めるようになったんだ……」


 感心というよりは呆れに近い声音に聞こえ、持ち主としては納得いかない気分になる。

 だからレグは押し掛けておいて随分な態度の妹分に、不機嫌さを隠さず言う。


「チビには分からないだろうけどな、どれも今では作れない物ばかりだぞ。名工の作もあるし、技術的にも材質的にも再現は不可能なんだ。例えばこの棚なんて、少なくとも百五十年前は昔に作られた物だっていうのに現役で使えて、しかも細部の彫刻や仕掛けの見事さといった実用性以外の部分もだな……」

「この剣薄くて長いけどすぐに折れちゃいそう。鞘も壊れかけみたいだし」

「それは何百年も前に作られたヤツで、横からの力には弱いけど切れ味は……って、話聞けよお前っ。そういうすぐに興味失うところ姉とそっくりだな!」

「あれっ? レグ兄、どうして怒ってるの?」

「………………」


 今度は近くにあった鎖鎌を手に持ちキョトンとするミレイの顔を見るに、本当に怒られた理由が分かっていないらしい。こういうところも姉と一緒だ。性格はあまり似ていないと思っていたのに、やっぱり姉妹だと再認識する。

 怒るのは無駄で疲れるだけだと身を以て知っているレグは頭を乱暴に掻いて気を静め、またそわそわと家の中を見始めた妹分に問い掛けた。


「……んで、一応訊いておくが何の用だ? 夜も更けてきたのに、遊びに来たって訳でもないんだろ?」

「久しぶりに遊んで貰いたいとは思うけど、違うよ。強くなりたいなら来いって言ったの、レグ兄でしょ?」

「だからって昨日の今日で来るなよ。他の仲間に止められなかったか?」

「リアちゃんには物凄く反対されたよ。一緒に行こ、って言ったら断られちゃったし」

「なのにお前は来たのかよ……あのませた姫さんのことだから、来たらどんな目に遭うのか想像力豊かに語ってくれたんじゃないのか?」

「う、うん……でも、あたしはレグ兄がそーいうのする人じゃないって知ってるから。だってレグ兄、権力とか年功序列とかで従わせるの嫌いだったし」


 やや顔を赤らめている辺り、耳年増なリアは初心なミレイにかなり偏った情報を植え付けたらしい。男と付き合った経験どころか初恋すらまだっぽい相手に何を吹き込んだのか。

 とりあえずあの王女は次の訓練日にひたすら走らせてやろうと心に決めつつ、レグは脳天気な妹分に釘を刺しておく。


「お前な、月日は人を変えるんだぞ。特にオレの場合は冷遇されるわ暗殺されかけるわ、仕舞いには報奨金ボーナス打ち切られるわで人格が歪むには十分過ぎる体験してるんだし」

「でもレグ兄、五年前くらいにうちに来て愚痴ってたよ? 虹星練武祭アーヴェスト・サークルで活躍したせいでモテすぎるようになって困る、って。だからこんな町外れに住んでるんでしょ?」

「…………まあ、外れではないな」


 ちなみにモテると言ったのは女性だけじゃなく、チームを組めという男の騎士エストや他国からの勧誘といった様々なパターンがあって、全然嬉しくない誘いが多々あった。そのせいでスパイと亡命の疑惑までかけられて、いっそ城ごと灰燼と化して出奔してやろうかとかなり本気で思ったくらいだし。

 ともあれ、正解に近い答えを出してきたんだから、それ以上悪ぶっても仕方ない。

 やれやれだと息を吐いたレグは、普段自分が使っているイスに座るよう手振りで示すと、自分は壁に背を預けて寄り掛かる。


「……ま、正直なところ、遠からずお前は来ると思ってた。ついでに言えばすぐに来るとしたらお前だけで、他の連中は踏ん切りが付かないだろうともな」

「えっ、どうして? あたしは昔から知り合いだから?」

「というより、あいつ等はオレのことをまだ信用していないからだ。姫さんは反抗的、パッツン槍娘は恨みさえ抱いてそうだし、一番マシな大砲少女はって願望の段階だろうな。何の躊躇いもなく来るのはチビだけだろうと踏んでいた」


 信用も信頼もない状態なら、男の家に一人で来るなんてまず有り得ない。そこで行われる事態を予想出来るなら尚更だ。

 ……まあ、今回の場合はレグがわざとそれっぽく言ったせいもあるが。


「お前の予想通り、教える体で強引に迫ろうだなんて思ってねぇよ。ただ、それくらいの覚悟があるなら試せる方法が増えたってだけだ」

「そうなのっ!? 今のやり方よりもっと良い方法があるのっ?」

「確実に、とは言わないけどな。成功例はあるし、失敗したとしてもリスクは大してないから試すだけでも価値はある」

「そうなんだぁ……でもでもっ、そんな方法があるならもっと早くにやってくれれば良かったのに。説明をしたらリアちゃん達もきっと――」

「それは無理だ。最低でもオレを信用していなければ失敗確実だし、そもそも方法を説明した段階で非難囂々だっただろうからな」


 どうやらレグが意地悪をしていると思ったらしいミレイに、一応補足で教えておく。

 昨日の訓練後にああ言ったのはその時の勢いというかタイミングだが、こんな方法があると告げても無駄だろうとは前々から思っていた。

 ただ、それでも、


「……ま、個人的にはオレを殺したいくらい憎らしく思いながら、それでも嫌々来る気概は欲しかったけどな。思春期で血の気の多い連中には酷かもしれんが」

「み、皆強くなりたいって本気で思ってるよ! 来ないのは、ほらっ、身持ちが硬いってことだよいいことだよ!」

「そんなに必死のフォロー入れなくてもいいぞ。オレだって無茶を承知でああ言ったんだから、これで印象がマイナスになりはしねぇよ」

「そ、そうなの? 良かったぁ……」


 安堵したように胸に手を当てて大きく息を吐き出すミレイの姿を見るに、本当に心配だったらしい。日頃から減点だの何だの言っているせいかもしれないが、それを差し引いたとしても仲間思いで優しいヤツだ。その辺りは昔から変わらない。

 ――だからこそ、レグに違和感が残る。


「けどな、チビ。もし教導員コーチがオレじゃなくて他の男で、全く同じ事を言われて誘われたとしても、お前は来ていたんじゃないのか?」

「……へっ? レグ兄、何を……」

教導員コーチ役が面識のない男だったとして、あからさまに怪しい誘いだったとしても――万が一の可能性に賭けて乗ったんじゃないか、って言ってるんだよ」

「あはは、レグ兄どうしちゃったの? あたし、そんなの絶対…………そんな訳…………え、あれ……?」


 笑って否定しようとしたミレイだが、途中で様子がおかしくなる。言い切れない自分に戸惑っているようで、笑みが強張って不安げな表情になっていた。

 この反応にレグはため息を吐いて、やれやれだと首を横に振る。

 やっぱり、そこまでの自覚はなかったらしい。

 ――チームの中でリーダー格なのは先導したがるリアだろうが、かろうじてチームとして纏まっているのはムードメーカーのミレイのおかげだ。明るく振る舞い、時に空気の読めない発言をし、それでいて予選突破を諦めない姿勢が、バラバラの四人を細い糸で繋ぎ止めている。

 それぞれ強い気持ちで虹星練武祭アーヴェスト・サークルの予選に臨もうとしている……が、中でもミレイは焦りが強い。それを押し隠して和を保とうとしているが、昔から彼女を知っているレグにしてみれば違和感があった。


「昨日も言ったし初訓練の日にも言ったが、お前等は数年も訓練を積めば間違いなく虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出られるだろうし、努力と切っ掛け次第では本戦でも活躍出来るだろうよ。焦らなくったって強くはなれる」

「……でもっ、それだと今年の虹星練武祭アーヴェスト・サークルには間に合わないよ! 急いで強くならないと、予選を突破出来ないもん!」

「逆に訊くが、何で今年に拘る? 年齢的にはまだ何年も余裕が、」

「――今年の虹星練武祭アーヴェスト・サークルが光夜アスニアであるからだよ!」

「…………っ」


 辛そうなミレイのその一言で、レグは全てを理解してしまった。

 つまりこの優しい少女は、他の参加者のように単に強さや騎士エストとしての栄誉を欲して虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ようとしているのではなく。自らの目的を果たす為に、その手段として虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ようとしている訳だ。

 その目的というのは、


「……お前、あいつを探しに行くつもりだったのか?」

「そうだよ! お姉ちゃんがいなくなった村に行って、現地の人達に訊くの! お姉ちゃんはどこに行ったのか、どこで戦ったのかって!」


 夜の森に響き渡る大きな声に……その思いの強さに、レグは顔を顰める。

 ――ミレイの姉、ジーナが消息不明になってからもう五年以上経つ。

 レグより五歳上の彼女は共に虹星練武祭アーヴェスト・サークルを戦ったチームメイトで、持ち前の明るさと思い切りの良さ、そして豪快な剣技と高い魔力で若手の中でも有望な騎士エスト候補生だった。

 そんなジーナがレグとチームを組んだ理由は、何ということはなく、前々からの知り合いで、レグには他に組む相手がいなかったからだ。虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出られる規定年齢になったばかり、しかも男のレグを迎え入れてくれるチームはなく、実力を確かめて貰う機会すら与えられなかった。

 ジーナはジーナで、早々にチームを組むと決めた相手がフランベルという厄介な人物だったので、チームメイト集めは難儀していたらしい。他の二人は極度のお人好しと、完全に人数合わせだけで参加して貰ったという酷い寄せ集めっぷりで、戦力になるのはジーナとフランベル、そしてレグの三人だけというとんでもないチームになった。

 それでもジーナとフランベルの実力は他国の本戦出場者に劣らず、レグに至っては男相手に当然の戦術として『吸収アブソーブ』を使う相手を逆にカモにし、三人だけでも予選は余裕で突破した。本戦でもレグは大活躍だったが、決勝では中堅戦で引き分け。残りはジーナが一人を倒し大将に競り負け、フランベルが悠々と止めを刺す形となった。

 そして虹星練武祭アーヴェスト・サークルを制したジーナは正式な騎士エストになり、初任務で他国へ行き……そのまま、帰って来ることはなかった。

 聞いた話では、目的の都市に向かう途中で立ち寄った村で、剛魔獣ヴィストが現れたらしい。他に戦える人間がいない状況で、村人達が逃げるまでの時間稼ぎにジーナが名乗り出て……破壊の限りを尽くされた現場には、血の痕があるだけで誰の姿もなかったという。

 当然、現地で捜索はされたらしいが、何の成果も上がらなかった。

 その報をレグが聞いたのはフランベルからで、感情を読ませない声音と腫れた目が冗談でも何でも無いと告げていたのをよく覚えている。

 遺体は、見つかっていない。遺言も遺品もない。他国、それも閉鎖的な国柄の為に、簡単には入国さえ出来ない。

 だからレグは勿論、遺族であるミレイ達も、最後に戦ったとされる場所を見ることさえ叶っていなかった。

 ジーナが消息を絶った国――それが今回の開催国、光夜アスニアだ。


「…………あいつが消息を絶った村は、虹星練武祭アーヴェスト・サークルが開催される都市からはかなり離れているんだぞ。探しに行くのは許可されない」

「でもっ、あの国の人達に話は聞けるはずだよ! それに優勝したら国内の色んな所でやる行事に参加しないといけないんでしょ?! その時に近くを通るかもしれないもん!」

「…………」


 無理だ、と一刀両断することはレグにも出来なかった。

 ミレイの言うことは概ね正しい。他国の騎士エストが自国内で死ぬなんて大事件が起きたのだから、知っている騎士エストや貴族は多いだろう。そして優勝した際に王城を含めたいくつかの場所に連れて行かれて面倒な思いをした体験がレグにもある。

 だが、ここで一番可能性が低いことは、ジーナの事件を知っている人達がいるとか現地に行けるかもしれないとかそんなことではなく、


「……お前、優勝するつもりなのか? 予選も危ういような、その様で」

「無理かもしれないけど、する! だから頑張って強くなるの!」

「強くなるって……優勝するなら、最低でもオレと戦えるレベルになるってことだぞ? たったの二ヶ月かそこらで、そこまで強くなれると思うのか?」

「思えなくてもやるの! 頑張って、それでっ……レグ兄に強くして貰うの!」

「…………そこまで気合い入れておいて人任せかよ、おい……」


 予想外の返事にぐったりと脱力するレグだが、ぐっと近付き顔を寄せてきたミレイは至って真剣な表情で、


「頼るよ! だってあたしだけで頑張っても、レグ兄には全然歯が立たなかったもん! 頑張るだけじゃダメだって、それは流石に分かってるもん!」

「…………妙なところで現実を理解してやがるなぁ……」

「……だって、二年前にお姉ちゃんを探す為に虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ることを思いついて、それから家の手伝い以外の時間は殆ど使って訓練して……去年ようやく創撃武装リヴストラを出せるようになったけど、お姉ちゃんに比べたら全然弱いって自分でも分かるから。魔力量はお姉ちゃんより多いって言われたのに……後悔しているの」

「何をだ? 姉みたいにもっと小さい頃から強くなる為の訓練をしていなかったことか?」

「……レグ兄に相談しなかったことを。もっと早くから教えて貰っていれば、今よりはずっと強くなれていたはずだもん」


 俯き加減のミレイの顔は悔しげで、両手は強く握り締められていた。普段の明るい姿からは想像出来ない、深刻な後悔の色が滲み出ている。

 だが、レグは知っている。姉と違って争い事にはまるで向かない性格で、明るいだけでなく気配りの出来る心優しい少女だった。

 だから虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ることを、騎士エストになることを決めたのに、レグの元に顔を出さなかった理由は――


「チビの癖に余計な気を遣うからだ。どうせオレにジーナや虹星練武祭アーヴェスト・サークルの話題を出すのを躊躇ったんだろ?」

「だ、だって……ルールが変わってレグ兄は虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出られなくなっちゃったし、お姉ちゃんのことを上手く忘れられているなら思い出させるのも悪いし……」

「アホか。オレが出ないのはオレの勝手だ。んでもって、仮にも仲間とその妹を蔑ろにするかよ。余計なお節介を焼く気はないが、もっと頼れ」

「……うんっ、だからお願いするの! レグ兄に、強くなる方法を――虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出られるだけの強さを身に付ける方法を教えてって!」


 ちょっとらしくない発言をしたなと思いはしたものの、ミレイが目を輝かせて改めて決意を語るのを見て、レグは小さく息を吐くに留める。

 良く言えば豪放で天真爛漫なジーナとこの妹はそこまで似ていないと思っていたが、全然だ。強い意志を感じさせる目はそっくりで、ちょっとやそっとじゃ折れないと容易く分からせてくれる。

 となると、レグのやることは一つしか無い。

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