012 おちこぼれの少女たち

「んじゃ、ここまでだな。思ったよりは粘ったが、まあ驚く程でもなかったな」

 端的に感想を言うレグに、怒気が存分に混ざった視線が突き刺さる。主にリアとシーリスからのものだ。

 影に波のような揺れを加えてから最後の砦だったシーリスが陥落するまで二分と掛からなかった。そこからは集中力が切れたかのように錬晄氣レアオーラの調整も失敗が増え、アウトの数がどんどん嵩んだ。

 結局、訓練時間はトータル三十分程度だったが、アウトが一桁で済んだ候補生はいなかった。最少のシーリスでも十三回、最もしくじりまくったミレイは六十七回という記録的な数字を叩き出していた。

 体力的な消耗はほぼないはずだが繰氣に集中しすぎたせいか疲れが見える四人に、創撃武装リヴストラを消したレグは空になった右手でざっくり柵で囲まれた遊牧地を指して、


「ちょっと休んだらそれぞれのペースでぐるっと三十周して、それで今日は終わりだ。錬晄氣レアオーラはなしでいいから……っと、ダントツでアウトが多かったチビだけは罰として錬晄氣レアオーラありでやれ。薄く纏うだけでいい」

「ううっ…………はぁい……」

「オレは向こうで新しい寝椅子の材料探してるから、自分でも他人でも体調ヤバそうなのがいたらひとまず休んでから言いに来い。そんじゃ、後は適当に――」

「待て。今日後は走るだけで終わるのか?」


 早速踵を返して林に向かおうとするレグを呼び止めたのはリアで、見ればあからさまに不機嫌と苛立ちに染まった表情をしていた。


「ああ、言った通りだが? 何か文句でもあるか?」


 いつも突っ掛かってくる姫様に一々付き合うのも面倒だが、他の面子にも不満やら不安やらが見え隠れしているので、レグは仕方なく付き合う。

 するとリアは整った顔を歪ませて、それなりに威圧感のある反抗的な目で睨んできた。


「文句、だと? そんなもの、あるに決まっているであろうが! こんなことばかりしていて本当に強くなれるのかっ?!」

「前にも言っただろ。強くなれるかどうかは実際にやるお前等次第――」

「それは理解しておる! わたしが言いたいのは、このような基礎的なことばかりではなく、実践的な訓練をすべきだということだ!」

「実戦的な、っていうのはどういう類のことを言ってるんだ? 威力のある錬技スキルを出せるようにするとか、対人戦での必勝法を教えろとかそういうのか?」

「夢物語のようなことを言うつもりはない! だが、このまま基礎能力を上げて、それで予選を勝ち抜けるのか? 己は同年代の候補生になら負ける気はせぬが、既に本戦を経験した騎士エストにはまだ及ばぬと思っておるぞ」


 意外にもリアは客観的な判断が出来ていたらしい。確かに、今の彼女達が予選に出たら、ほぼ間違いなく負ける。瞬殺か少し粘るか、どちらかの過程の違いしかない。

 それを理解しているのなら上出来……と言いたいところだが、こんな風に噛みついてくる辺り、やはり肝心な部分は分かっていないようだ。


「一朝一夕に実力を上げたり、短期間で格上を食える技や戦法を会得したり、そんなの十分に夢物語だぜ? ある程度の下地があるならともかく、お前等じゃそこにも至れねぇよ」

「なっ……では己達は何の為に修練を積んでおるのだ?! 基礎を高めて、それで予選で勝てると言うのか……!?」

「……まあ、半年あればある程度はいけるだろうな」

「予選会まであと一ヶ月半だぞ!? 全然足らんではないか!」


 正直に見込みを話してやったのに、何故かリアは激昂する。同じ王族ならフランベルの冷静さを見習って欲しい……が、あそこまでいくと凄まじく厄介なので、だったらこのままでいいかと思い直す。

 真剣とは程遠い呆れ顔をしたレグは、今にも飛びかかって来そうな剣幕の姫様に冷めた視線をやり、


「足らないのはお前等の力だ。オレは鍛えてやれるが、ないものを余所から持ってくるような魔法みたいな真似は出来ねぇよ」

「……なら、己達が貴様に教わることなど……!」

「ないって言うならいつ止めてもいいぜ? 他の誰かを教導員コーチとして、もしくは自分達だけの力で訓練をして、それで予選に勝てるっていうならそうすりゃいい。運が良ければ予選までならどうにかなるしな。ただし、本戦は絶望だが」

「……そんなこと、やってみなければ分からないだろ、です……!」


 ここまで黙っていたシーリスまで参戦してきた。まあ口こそ出していなかったが、ずっと前から怒気をぶつけてきていたので、満を持してという感もあるが。

 一見すると表情も硬く冷静そうに見えるのに、水面下でガンガン敵意を滲ませているシーリスに対し、こいつに何か恨みを買われるような真似したかなと不思議に思いながらもレグは答えてやる。


「やる前から分かりきってるから問題外なんだよ。大体、騎士エスト候補生になってから一ヶ月くらいは全体訓練だったろ? そこに虹星練武祭アーヴェスト・サークルに出ようって騎士エスト達が検分に来て、予選を勝ち抜く為にめぼしい候補生には声を掛けて自分のチームに誘うのが通例だ。お前等の時もそうだったはずだぞ?」

「……うん、来てたよ。何度も予選に出ている騎士エストさん達や、一昨年に本戦に出たって騎士エストさんもいたよ」

「有望な、即戦力に使えそうなヤツは引き抜かれる。んでもって、今年はまだしも来年には主力になりそうな候補生にも声が掛かる。だから本命視されているチームは予備員を含めれば十人以上の大所帯ってこともあるしな。んで、本命チームに選ばれなかった中で将来期待されている候補生で新たにチームを作ることになる」


 後半はフランベルから聞いた話で、レグの頃はもっと露骨だった。有力な候補生は金銭やその後の待遇をちらつかされて勧誘されるし、逆に本命チームに入る為に取り入ろうとする候補生もいた。

 もし先輩騎士エストに声を掛けられて断ったら、何の後ろ盾もない場合は潰されそうになったり他のチームに入る邪魔をされたりして、予選に出るのは難しくなる。

 ちなみにレグは正規ルートでチームに入った訳じゃ無かった。フランベルともう一人が中心になって作られたチームは人員不足で、だからこそ入れたと言って良い。他の騎士エストや候補生からは『幼い男や落第候補生なんて入れて、形振り構わずみっともない』と冷ややかな目で見られていた。

 ……まあ、当のフランベル達は全然気にしていないどころか、むしろ結果で連中を黙らせることを楽しんでいたが。

 ともあれ、青田買いされるのは今も昔も変わらないはずだ。

 そしてわざわざフランベルがレグを教導員コーチにするのも遅かった。候補生全体訓練から二ヶ月は経っていて、普通ならとっくにチームとして始動している。

 つまりそれまで放っておかれたということは……


「お前等に期待していた騎士エストや候補生はいない、もしくは疎まれて弾かれていた、ってことになるな。どっちかは知らんが、自覚はあるんだろ?」

「…………ッ……」

「…………ええと……」

「…………はい……」


 素直に頷いたのはセーラだけで、リアは苛立たしげに、ミレイは気まずそうに視線を逸らしてしまった。

 そして最後の一人は、


「……俺は誘われていたぞ、です」

「へえ? んじゃ、断ったのか?」

「当然だ、です。予選突破の本命チームでもない、弱い癖に偉そうな奴等に指図されたくないからな、です」

「それで総スカン食らったのかよ。まあでも、本命チームから除外されているんだから、他のと大差はないが」

「待てっ。言い訳などする気は無いが、己が選ばれなかったのは実力が原因ではなく――」

「あー、だからその辺はどうでもいいって。オレが言いたいのはつまり、お前等が揃いも揃って地力が足りないからここにいる羽目になってる、ってことだ」

「ッ……!」

「…………」


 リアとシーリスから殺意にも似た怒りの視線が飛んで来る……が、それだけで、反論はない。二人に共通するのは頭の良さだ。思考と判断力、どちらも速い。シーリスは分析力も高いように感じられる。

 だからこそ怒りながらも、こちらが言わんとしている正解が理解出来てしまったのだろう。


「予選で勝ち抜く本命と見込まれているチームは、他の国から弱小扱いされていようが、この国の若手ではトップクラスの騎士エスト達だ。そいつ等に見込まれていない奴等が、本戦に出て勝てる可能性なんてあると思ってるのか?」

「……でもっ、レグ兄は可能性あるって……!」

「ゼロとは言わねぇよ。だが、それはオレの予想を超える成長をした場合だ。少なくとも今のお前等程度の実力しかないのに取って付けたような錬技スキルや戦術を覚えたところで、本戦レベルの騎士エストに勝てるとは思わない」


 そうハッキリ言い切ると、全員が押し黙る。反射的に何か言おうとしたミレイも、声を忘れたかのように動かした唇からは言葉が出ない。リアとシーリスは唇を強く閉ざし、セーラは不安げな表情になっていた。


「……それって、つまり……あたし、才能がないってこと?」


 ぽつりと漏らしたミレイの言葉に、他の三人も反応する。リアは首を横に振り、シーリスは一緒にするなという目で見て、セーラは悲しそうな表情に。

 そしてレグは、妹分の出した結論を鼻で笑った。


「才能? んなもん、だろ」

「……………………えっ?」

「……どういう意味だ? 貴様の言い様では、己達が足りぬからだと……」


 キョトンとしたミレイだけでなくリアからも疑問が投げられるが、レグは不機嫌さを隠さずにむっとした表情で言う。


「あのな、才能ってのはつまり、後天的に伸ばせないもののことだ。じゃあ騎士エストにとって一番分かり易い才能は何だよ?」

「分かり易い……?…………ええと……」

「そんなの決まっているだろ、です。才能とは魔力の量だ、です」

「正解だ。ちなみに、そうだな……姫さんの魔力等級はどのクラスだ?」

「己は緑から黄になりかけていた。黄玉位トパーズクラス)とまではいかぬと判断され、|翠玉位《エメラルドクラスだと言われた」


 やや不満げに聞こえるのは、本来はもっと上のクラスだと言いたいらしい。

 この国では十六歳までの間に魔力量の測定が義務づけられている。方法は魔力を吸収アブソーブする性質のある魔幻石と呼ばれる黒い石を持ち、そこに魔力を注ぎ込んで色の変化で魔力の総量を測るというものだ。

 最初は黒だが魔力量に応じて次第に青、緑、黄、赤と変わっていく。騎士エストになる最低限の魔力量は青とされていて、赤まで変わるのは大陸中を探しても数十人しかいないと言われている。赤の次に白もあるが、単独で白まで変えたケースはないらしい。

 まあ騎士エストの約半分は青にしかならない青玉位サファイアクラスなので、姫様の魔力量はそこそこ多い方だ。少なくとも、レグからしてみれば。


「オレは青玉位サファイアクラスで、緑には程遠かったな。まあ男の騎士エストなら大体はそんなもんだが」

「な、に……? だが、その程度の魔力であのような錬晄氣レアオーラは……」

「逆だ。オレは魔力が少ないから、あの程度しか出来ない。オレと同じくらい錬晄氣レアオーラの扱いに長けたヤツが|黄玉位《トパーズクラス)なら、恐らく城も一発で半壊レベルに吹き飛ばせるぜ」

「…………な……」

「…………そんなの化け物じゃないか、です……」


 愕然とする四人だが、レグが言いたかったことはちゃんと伝わっていないらしい。

 だから舌打ちしたいのを堪えて、もっと分かり易く言ってやる。


「そんな化け物になれる可能性がお前等にはあるって言ってるんだよ。魔力の少ないオレには不可能に近いがな」

「…………本当に? あたし、レグ兄よりも強く――ぃだだっ!? れ、レグ兄っ、どうしてあたしの頭を鷲掴みに……?!」

「目をキラキラさせてんじゃねぇよ。誰より強くなるつもりだ、おら」

「ええいっ、止さぬか! 己達が貴様より強くなれると言ったのは貴様自身だろうが!」

「魔力が多ければ今のオレよりは色々出来るって言っただけだ! そう簡単にオレより強くなれると思ったら大間違いだぞ、お前等……!」

「……正気で言ってんのかよ、です……」

「…………大人気ない……」


 歯を剥いて威嚇するレグの本気を感じ取ったか、シーリスとセーラが引きまくりの感想を呟く。だがそんなこと関係無い。

 騎士エストの中では魔力に乏しいレグは、ずっとこうして自分を高めてきた。負けてたまるかという気持ち一つで、最強を目指している。


「言っておくが、魔力が多い方が錬晄氣レアオーラの制御は難しくなるからな。可能性で言えばオレと同じレベルで繰氣が出来るかもしれないが、そこに至るには四六時中錬晄氣レアオーラを纏ってその性質を理解して試行錯誤を繰り返して……どんなに早くてもオレと同じ十年か。それより早く至ることが出来れば、その時は天才だと自慢していいぞ」

「何? 貴様、そんな小さな頃から錬晄氣レアオーラを使えたのか?」

「ちょっと生まれ育った環境が特殊でな。早くに親が死んだから一人で生きていくだけの力も必要だったし……と、そんなことはどうでもいいか。問題はお前等だ」


 話が脱線しかけていたので、レグは全員の顔を見回して一睨みし、


「オレよりずっと魔力が多いお前等が束になっても勝てない、その原因は錬晄氣レアオーラの繰氣が下手だからだ。錬晄氣レアオーラが上手く使えなければ創撃武装リヴストラの能力だって上がらないし、高度な錬技スキルも使えない。小手先の技を覚えたところで、桁一つ違う相手には通じることなく終わるだけだ」

「……だが、貴様の言う通りに走り回って錬晄氣レアオーラの練度を上げたところで、予選に間に合わなければ意味がないであろう!」

「今年限りの話で言えば、そうかもな。正直、オレはお前等を強くする最善の方法を取っているつもりだが、最短で最高の効果が出る方法とは言わねぇよ。あと一ヶ月かそこらで予選突破レベルの強さを手に入れるだなんて、そんな都合の良い話…………」


 ある訳ないだろ、と言おうとしたレグだが、ふと思いついたことがあり黙り込む。

 何度も言っている通り、短期間で飛躍的に強くなるなんてまず無理だ。土台がしっかり出来ていれば無理も利くが、今はそこが出来ていない四人の土台を作っている段階で、前提条件が整っていない。

 ……だが。


「なくはない、か……一つだけ、様々な過程をすっ飛ばして成果を得られる方法があるな」

「ええぇっ!? れ、レグ兄ホント? 喜ばせておいてウソじゃないよね?!」

「……騙されるな、です。そんな上手い話、ある訳が……」

「ああ、当然条件付きだ。上手い話には何とか、って言うだろ?」

「…………どういう条件……?」


 不安げなセーラに、レグは薄い笑みを浮かべて返す。


「割と簡単だぜ? オレに体を預けて好きなようにさせる、ってだけだからな」


 かなりストレートなこの内容に、年頃の少女達の反応はというと――


「……ふあ……?」

「なっ……!?」

「…………外道め、です……!」

「………………?」


 分かっていそうなのが半分、分かっていなさそうなのが半分、といった感じだった。最年長と最年少が不思議そうな顔をしている、っていうのは変な構図だが。特に体つきはとっくに大人の仲間入りしている妹分は、純真なのはいいが簡単に騙されそうで不安になる。

 ともあれ、レグは彼女達に背を向けひらひらと手を振り、


「どんな目に遭ってでも強くなりたいっていうなら、訓練の無い日の夜にでもオレの家まで来いよ。ちゃんと綺麗に体を拭いてからな」

「ッ、誰がそのような――!」

「どうするかはお前等の勝手だ。んじゃ、とりあえず今日のところは走っとけ」


 伝えるべき事は伝えたので、前言通りに使えそうな木々を探しに林へと向かう。

 背中に怒りと侮蔑の視線が突き刺さるが、気にしない。むしろ分かり易すぎる反応で、つい笑いが漏れそうになるのを堪えるのが大変なくらいだ。

 まあ、レグもあんな戯言を鵜呑みにする人間がいるとは思っていない。これが原因で訓練に来なくなる者が出てもおかしくないかもな、と理解もしている。

 だが――強くなるというのは、そう甘く叶うもんじゃない。短期間でとなれば尚更だ。

 目標への想いでもいいし、暗い復讐心でもいい。どんな種類であれ、尋常じゃないひたむきな意志が必要となる。

 次の訓練日は三日後で、来週には現役騎士エストに交ざっての実地訓練もあるはずだ。それが終わればまだ見ていない最後のメンバーも合流する。

 予選までの短すぎる時間でどこまでやれるか、どこまで伸ばせるか――

 自分の力だけではどうにも出来ないこの仕事の難しさに、レグは疲れた顔でため息を吐くしかなかった。

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