011 思い入れを深くしイメージを固定化する

「――さて、飯も食ってたっぷり休んだところで、一つ面白いことをやるか」


 午後になり再び集まった四人に向かって、寝台に腰掛けたレグは足をぶらつかせながら軽い口調で告げた。

 これに真っ先に反応したのはリアで、不機嫌さを隠しもしない王女様は腕組みを解いて鼻を鳴らす。


「フン、ようやく実戦訓練か。このまま延々と走るだけで悪戯に時を過ごすのかと思っていたぞ。予選まで時間もないというのに――」

「おし、ぐだぐたうるさいから減点一な。ああ、忘れてたけど午前にも一回楯突いたから合わせて減点二で」

「なっ?! わたしは当然の文句を言っただけではないかっ!?」

「だからダメだってリアちゃん! レグ兄は頭より体で覚えろってタイプなんだもん、理屈よりとにかく実行なんだよ。そういうところはお姉ちゃんと、」

「――チビ。追加減点で今日はもう解散するのと、終わった後でぶっ倒れるまで筋トレするのと、どっちがいい?」

「……ううっ、ヤブヘビだったぁ…………すっごく嫌だけど、筋トレでお願い……」


 涙目で肩を落とすミレイだが、チームを優先させたのは立派だ。

 小さい頃から知っている妹分の成長にレグは小さく頷き、


「よし、殊勝な心意気に免じて自力で帰れるレベルに抑えてやる。なんだかんだでオレも甘いな、全く」

「レグ兄の甘さって隠し味にもならないくらいだよ……あああ、これで明日の畑仕事は大変なことにぃ……」

「んじゃ、決まったところで早速やることの説明といくか」


 明日の地獄を想像してか早くも絶望的な表情になるミレイをさくっと放置して、レグは右手を前に出し、もう何十万回も呼んでいる武器の名を口にする。


「――来な、《咎断》」


 その呼び掛けに応え、瞬時に右手の中に黒剣が現れる。いつもとまるで変わらない、飾り気はないが綺麗な片刃の直剣だ。


「さて、そんじゃ……って、何だよ姫っこ。気まずそうな顔しやがって」


 すぐに始めようかと思ったが、リアが微妙極まりない表情でこちらの顔と黒剣に視線を注いでいる。ズカズカ物を言う少女にしては珍しく、何か迷うような顔だった。


「その、貴様……創撃武装リヴストラに名前を付けているのか?」

「は? んなの当然だろ?」

「と、当然だと……!? 子供じみた行為を当然と言い切るとは……」


 愕然として何やら恐ろしいものを見るような目をしてくるリアだが、レグからしてみれば心外の一言だ。


「お前、錬技スキルを放つ時に変な技名叫んでたじゃねぇかよ。どういう神経でオレのことを批判しやがるんだ」

「あっ、あれは昔、そうやっていた人がいたからだ! 騎士エストの中にも錬技スキルに名を付ける人が多いと聞くから、だからであってだな……!」


 俄に赤面して言い訳するリアだけど、あれは絶対にノリノリだったと言い切れる。でなければもっと適当な技名にするだろうし。なんか活き活きとしてたし。

 年長者の情けでこれ以上は突っ込まないでやることにして、レグは続ける。


「知っているだろうが、創撃武装リヴストラは使い手の強いイメージで生み出される。ただしそのイメージが明瞭でなけりゃ具現化しないし、思い入れがなければ脆くなる。相性が悪いとどれだけ本人の能力が高くったって性能を発揮出来ないしな」

「だからいつも同じ武器にしろって教わったよ? レグ兄もずっと同じのだよね?」

「ああ。これにするまでの間に多少形や長さは変えているが、大体同じだ。使い続けていれば馴染んでくるし、力のロスもなくなる。今のお前等は十の力を使っているつもりが、実際に出せているのは六か七程度だな。しかも消耗するのは十だから、残りはただの無駄になっているだけだ」

「む……それはつまり、一朝一夕にはいかぬのではないか?」

「ああ。だから経験を積むしかない。んでもって、創撃武装リヴストラに名を付けるのは思い入れを深くし、イメージを完全に固定化する為だ。わざわざ思い浮かべなくても名を呼ぶだけで発現出来るくらいにまでなれば合格ラインだな」

「なるなる。だから名前を付けるんだ……そっかぁ……」


 何やらしみじみと頷いたミレイは腕組みをし、


「小さい頃、お姉ちゃんがいきなり創撃武装リヴストラを『アグニちゃん』って言い出した理由がようやく分かったよ……てっきり、変な趣味に目覚めたのかと……」

「誤解が解けて良かったな。つーか、人形遊びもしない女がいきなり武器に名前を付けるなんておかしな真似しないだろ」


 本人の名誉の為にもフォローを入れておくが、言ってみてからあんまりフォローになっていない気もしてきた。まあ、その辺りは『一応努力はしてみた』ってことで。


「つーわけで、創撃武装リヴストラに名前を付けてマイナスになることはねぇよ。お前等も自分の武器に名前は付けとけ」

「名前かぁ…………うーん……」

「それは後でも良かろう。今はもっと具体的に強くなる方法や鍛錬をすべきだ」


 偉そうではあるがリアの意見は尤もだ。ただしそもそもの原因はこの姫様なので、言われると少しイラッとくるが。

 それでもレグは不満を出すのは表情だけにして、態度のでかい姫様に次の文句を言われる前に行動に移る。

 手に持った黒剣の切っ先を地面に突き刺し、そこを中心にして円形に影を延ばす。これだけなら初日に戦った時と同じだが、違う点がある。それは何かというと、


「ふぁっ!? 何これ、影の中に沈んで……?!」

「ぬ、くっ……不意打ちとは卑怯な……!」


 騒いでいるのはミレイとリアの二人だけだが、動揺しているのは全員同じだ。無言の二人も、セーラは手をバタバタさせているし、シーリスは敵対心に満ちた目でレグを睨んでいる。

 四人の体がゆっくりと影の中に沈んでいくのを見ていたレグは慌てず騒がず、ぼんやりしている教え子達に呆れた顔をした。


「揃いも揃って慌てるだけか? 錬晄氣レアオーラを纏えば沈まずに済むってことくらい気付けよ」

「ッ、先にそれを――」

「言われなくても考えれば分かるだろーが。錬晄氣レアオーラを使って沈むのを防ぎ、そのまま停止してみろ」

「影の中に留まれってことか、です?」

「正解だ。ああそうだ、セーラは錬晄氣レアオーラに属性付け出来たとしてもするなよ? 今日のところは無属性のままにしろ」

「…………は、い……」


 素直に頷いたセーラだけでなく、四人はほぼ同時に錬晄氣レアオーラを使い出した。

 だが、結果はそれぞれバラバラだ。まあ、レグの予想通りになっただけだが。


「あ、ホントだ。こうすれば沈まない……そっか、影属性の技を錬晄氣レアオーラで防いでるってことだから……」

「沈まないどころか、ミレイ。其方、完全に浮き上がって周りの影も弾いておるぞ。セーラもだな」

「わわっ、ホントだぁ! でも錬晄氣レアオーラを使えって言ってたのに……」

「…………錬晄氣レアオーラが……強すぎる……?」

「そういうことだろうな、です。俺は浮きそうになったから弱めたら上手くいった、です」

「己は最初から上手くやれたぞ。足に触れた感覚でどの程度の錬晄氣レアオーラなら相殺出来るか分かるであろう?」

「そんなの全然分かんないよっ。えーっと、もっと弱めて……うわわっ、今度は沈むのが止まらないよ!?」


 もう安定した他の三人と違って沈みすぎたり完全に出てしまったりと悪戦苦闘するミレイだが、それでも何とか脛の辺りまで沈めたところで落ち着いた。

 ふへー、と間抜けな吐息を漏らして安堵の表情になる妹分に、レグは残念なお知らせをするしかない。


「全員出来たな。んじゃ、こっから影の濃度を変えてくぞ」

「えっ? あの、それって……?」

「強弱を変えまくるから、それを感じ取ってお前等も錬晄氣レアオーラを調節しろ。合格ラインは、そうだな……膝から足首までの間、ってところか。靴が見えたらアウトな。出ても数秒以内に合格ラインに戻せればセーフにしてやるから、気合い入れて頑張れよー」

「待て、何の為にこんなことを……っく、もう沈んで……?!」


 すぐに文句を言おうとしたリアだが、影の中に沈む感触に慌てて錬晄氣レアオーラの調節を始める。他の三人も同様に集中し始める……が、やはりというか、ミレイだけは強くし過ぎた錬晄氣レアオーラの影響で影から出てしまい

「あわわわ……!」

と声を漏らしていた。


「出たり沈みすぎたりしてもすぐに戻せよー。一人でも最後まで合格ラインの中で留まっていられたら次の段階に進めてやるが、代わりに一番駄目だったヤツは罰があるからそのつもりで張り切れよ」

「そっ、そういうのは先に言ってよぉ!? もうあたしアウトだよっ!」

「トータルでも判断するから、こっから頑張れ。おらおら、他のも油断してると今度は足が出ちまうぞ?」

「くっ……おのれ、ちまちまと……慣れさせないつもりか……!」

「流動的に調整する訓練なのに慣れさせてどうすんだよ。セーラは沈みすぎ、ミレイはテンパりすぎだ。もっと集中しろ」


 反抗的な目をしながらも錬晄氣レアオーラの調整にどうにか成功しているリアとは違い、扱いが下手なミレイと錬晄氣レアオーラの出力が大きすぎるセーラは苦戦している。

 だが、波のように変動する影を感じ取ってその都度調整するのは易くない。リアも視線を足下に向け、余裕なんて欠片も無い状態だ。

 ……と、この中では一番安定感のあるシーリスが、それでも額に汗を滲ませながら、


「っ……おい、これはいつまでやるつもりなんだ、です」

「んなもん決めてねぇよ。オレが飽きたら終了にするから、良いって言うまでやっとけ」

「なんだとっ?! それでは貴様の匙加減一つで、成功者など出ない可能性が……!」

「安心しろ、オレは飽きっぽいからな。慌てふためくヤツがいなくなって全員が安定してこなせたら、つまらんからすぐに止める」

「あのっ、あたし全然安定する自信ないんですけどっ!? 何かこうっ、アドバイスを!」

「知るか、体で感覚を掴め。っと、惜しい。もう少しでリアもアウトだったんだがな」

「…………ッ……!」


 反抗的な視線をまるで気にせず受け流し、レグは一定間隔ではなくランダムに影の強さを変えていく。

 四人全員が余裕ゼロで、失敗を悟った悲鳴やら悪態やら色々聞こえて来るが、それも全部無視だ。

 ――まだ誰も気付いていないが、これの攻略には裏技がある。影の発生源は黒剣なので、その切っ先が刺さった部分が影の強弱を変える時にほんの少しだけ反応がある。小石を水たまりに落としたような、本当に僅かな反応で、しかも黒いからかなり見え難いが、それさえ見えれば対応も簡単だ。

 だから本当の意味での合格は、その仕組みに気付くこと。そうすれば安定するし、他の三人に教えればあっという間にこの訓練も終わる。

 ……まあ、余裕ゼロで必死になって対応しようとしているんだから、まず気付くのは無理だが。合格に至るのはもうちょっと調整が素早く出来るようになってからだろう。


「おいチビ、さっきからずっと沈みっぱなしだぞ……っと、姫さんもアウトだな」

「なっ、待て! 己はちゃんと影の中で……!」

「しばらく靴が見えてたからアウトだ。おら、文句言ってる間に今度は膝上まで沈むぞ?」

「くっ…………おのれ……!」


 歯軋りが聞こえて来そうなくらいに奥歯を噛んで睨み付けてくるリアには構わず、レグは口元に笑みを浮かべ、


「もう慣れて来たか? そろそろ次の段階ってことで影を揺らすが、体勢崩して倒れたらアウトにするぞ。ああ、勿論影の中でのセーフ範囲はそのままだから、気を取られて錬晄氣レアオーラの調節を忘れないようにしろな?」

「ふぁいっ?! ちょっと待ってレグ兄、あたし全然慣れてないんですけどっ!?」

「おう、そうか。んじゃ、こっからもっと頑張れ」


 悲鳴混じりの抗議はさくっと無視して、レグは宣言通り影を操った。

 するとすぐにミレイ以外からも、足下を覆う影に揺さぶられバランスを崩しそうになって慌ただしい声が漏れる。

 不規則に揺れるだけでなく強弱も変わる影に、未熟な四人では対応しきれるはずもなく。

 全員がアウト判定を食らうのは、もう時間の問題だった。

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